第4話 彼女はヒロインかヒーローか
レッドの正体が、自分だと伝える。
これを実行し、尊に受け入れてもらえなかった場合……愛は、きっともう立ち直れないほどに折れてしまうだろう。
そんな危険な真似は、できない。
「っ!」
「おい、どうした急に腹押さえて」
「な、んでもない……」
「でも、震えてんぞ」
尊はレッドに憧れている。その理由は詳しく聞いたことはないが、まあ男の子はヒーローが好きだから、と考えれば、不思議でもない。
ただでさえ尊は、子供っぽいところがあるのだから。
それに大人にだって、レッドのファンはいる。愛の父親もそうだ。
レッドの正体は、両親も知らない。知っているのは、自分をヒーローにスカウトした、博士のみだ。
他のヒーロー同士も、互いの正体は知らないだろう。少なくとも愛は、他のヒーローと会うときは常に赤スーツで、相手もスーツ着用だ。
「……も、もう大丈夫だよ」
「そうか?」
……尊に、レッドの正体が自分、柊 愛だと明かすことで、その尊敬の念は愛へと変わる……それは、可能性のひとつとしては、ありえなくはない。かもしれない。
尊の好きなレッドの中身は愛。よって愛のことも好きになる。これが完璧で究極の理想。
しかし、それは万に一……いや、億に一の可能性。
むしろ、そうはならない可能性のほうが、高い。
レッドの中身が、男でなかった場合。男の中の男をイメージしている尊を、がっかりさせてしまうことになる。
そんなことになったら……終わる!
『二度と近づかないでくれ、ペッ!』
尊はそんなこと言わない、と思いたいが……それでも、可能性を想像してしまうくらいには、レッドに対する尊の気持ちは大きい。
そして、そんなことを言われたら……想像しただけでこれなのだ。
実際にそんなことになったら、死ねる。マジで。
「俺も、いつかあんな風に強く……」
「あはは……」
好きな人が、自分の強さに憧れている……
なんだろう、これは。それも、素の姿ならばまだしも、正体を隠しているヒーローの姿に。
尊は普段、筋トレに勤しんでいる。というのも、レッドに近づくためだという。そのおかげか、運動神経は鍛えられている。
好きな人の筋肉が育つのはごくりだが、その理由が自分に憧れて……となれば、複雑な気持ちだ。
現実の愛は、こんなにも非力……いや、最近少し筋肉がついたような? いやだ。
ともかく、か弱い女の子なのだ。そんな自分に憧れられても、複雑以外のなにものでもない。
「はーい、ホームルーム始めるわよー」
それから、予冷がなっても尊による"レッドのここがすごい"を聞かされまくった愛の頭は、ショート寸前。
いったいどこまで、レッドのことを好いているのか……もはや、一ファンを通り越しているような気もする。
ガラガラ、と扉が開く。教室に入ってきた先生に注意され、ようやく尊は自分の席に帰っていった。
好きなものの話をした尊は、とても潤っていた。
……ヒーローはイメージが大事、と誰かが言っていた。
その気持ちが、今になってわかる。
尊だけではない……おそらく、クラスメイトも、友達も、先生だって、レッドのファンは多くいるだろう。
そんな彼らの、イメージを守る……それも、ヒーローの大切な仕事だ。
そして、今更愛には、ヒーローをやめる選択肢もない。
こんなに心苦しいのに、尊がレッドのことを語っている時の顔が、とんでもなく好きだから。
「はぁ……」
ヒーローを始めたときは、まさかこんなに思い悩むことになるとは、思いもしなかった。
ヒーローになったことを、後悔しているわけではない。わけではないが……もはや、ため息しか出ない。
まさか自分の好きな人が、あんなにもレッドを好きになるとは思わなかった。レッドは自分なのに、思わずレッドに嫉妬してしまいそうだ。
怪人を倒す、戦隊ヒーローのリーダー、レッド……その正体は、どこにでもいるはずの、平凡な女子高校生。
いや、平凡だった女子高校生。
彼女は秘密を抱えたまま、これから先も生きていくことになるのだろうか……
ブィイイイイ……!
ポケットの中のスマホが、鳴る。
これは、元々愛のスマホではない。ヒーローとして活動することになった際、愛をヒーローにスカウトした博士が、持たせてくれたものだ。
怪人の出現を察知し、スマホのバイブレーションで使用者に伝える。なので、肌見離さず持っていなければならない。
いや、聞いた話だと、スマホと連動して使用者にも伝わるようになっているのだとか。よくはわからない。
特殊なバイブレーションなので、自分のスマホと間違えることもない。
スマホを取り出せば、そこには怪人出現のメッセージが。愛はまたも、ため息を漏らす。
「……またかぁ。
先生、ちょっとお腹が痛いので保健室行ってきます!」
「え、またー柊さん……って、柊さん!?」
先生の静止も聞かず、愛は教室を飛び出す。
絶対お腹が痛い人の動きではないが、愛は気にしない。
直接会ったことはないが、校長先生も愛の正体を知っているらしい。なんでも、博士と知り合いなのだとか。
なので、向こうで学校の方の辻褄をうまく合わせてくれている。安心して、行けるわけだ。
今日も、町が平和でありますようにと、願いながら。
少女は、学校を飛び出し、変身しレッドの姿へと変化する。このスマホは、スピーディーな変身を可能とする。
そして……現場へと、急行していく。
……これは、幼馴染に恋する乙女が、ヒーロー活動に勤しんでいく、物語。
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