第216話 休暇明けの挨拶回り

 夏季休暇がそろそろ明けるということで、寮へ戻ることになった日。

 エヴァは目を潤ませながらも泣くのを我慢したが、直前までニコニコ笑っていたはずのルークが大泣きしてちょっとだけ困った。

 毎日顔を見ていたお兄ちゃんとお姉ちゃん、ついでに遊んでくれるクルーブまでしばらく帰ってこないと気づいて急に悲しくなってしまったらしい。

 レーガン先生は屋敷に残ると話したら、逃がさないとばかりに足にびったりと抱き着いてしまった。ちょっとずつ剣の訓練でもしてやってほしい。


 聞き分けの良い子に育ったエヴァをたくさん褒めてから寮へ戻ると、半分以上の生徒がすでに寮へ帰ってきていた。

 ヒューズとかアウダス先輩とかはすでにいたけれど、殿下だけはまだ王宮で色々お仕事をしているようだった。忙しそうだ。


 久々にアウダス先輩と剣で手合わせをしてみたが、相変わらず負け。

 ちょっとは腕が上がったと思ってたんだけど、アウダス先輩の肉体がさらにたくましくなっていて押し負けてしまった。

 休みの間もしっかり体を鍛えていたんだろうなぁ。


 忙しい大人ならともかく、俺たちはまだまだ学生だ。

 休みとなれば騎士志望の先輩たちは皆しっかり修行を積んでくる。

 誰一人として夏季休暇前よりもちょろくなっている人はいなかった。


「休みの間、結構頑張ってきたつもりなんですが、悔しいですね」


 素直な気持ちを告げると、ちょうどいま手合わせを終えたばかりの天パことシグラト先輩が笑いながら俺の背中を叩いた。


「相変わらず生意気だな! 俺たちだってお前に負けるわけにはいかないって頑張ってきたわけよ。卒業までそう簡単には勝たせないから、覚悟しておけよ」

「……まぁ、その方がやりがいもありますけど」

「ホントこの、この!」


 横目で見ながら言ったら頭をぐしゃぐしゃにかき回された。

 折角のサラサラ髪になにすんだこいつ!

 他の先輩たちもゲラゲラ笑っている。


 多分貴族たちから見れば下品に思われるんだろうけど、俺は気安い感じのこの先輩たちが結構好きだった。

 夏季休暇明けからしばらくしてからは、先輩たちの後輩、つまり結局俺たちの先輩も混じったり、イスとアルフも参加するようになったので、前よりも大所帯となった。

 来年にはシグラト先輩たちがいなくなると思うと、実は結構寂しい。 

 それまでに全員に勝ち越しておかないとな。


 本格的に講義が再開して数日。

 一応夜の秘密部屋で殿下たちと休暇中に会ったことを共有。

 ゾーイ様のことを話すと殿下は随分と驚いた様子だった。


 小さな時は結構構ってもらっていたけれど、最近はすっかり顔を合わせることがなかったそうだ。ただし、陛下との仲は外で聞くよりもずいぶんといいらしい。

 それから、サフサール君の件についても情報共有をしておいた。

 皆も一緒に遊んだ仲だから、同じように気にしてくれていたらしい。

 というか、これまでも気にしてくれていても話題に出さなかったのは、俺たちにとってそれが相当センシティブな話題だと気をつかってくれていたようだ。


 思い出してみればその事件と先生の葬儀以来、俺たちは随分と長くふさぎ込んでいた時期があった。それを気にして話題に出さずにサフサール君の件はそれぞれで調べていてくれていたとか。

 もしかすると俺たちも、この間の王誕祭の日まで、気付かないうちに心のどこかに蓋をして気にしてしまっていたのかもしれない。これだけ時間が経って、いよいよ自分たちでも何かができるとなったから、ようやく向き合うことができた感じがする。


 殿下の話によれば、式典には顔を出していることがあるらしいが、当時俺たちといた時のような朗らかな雰囲気はまるでないとか。これは実際に見たわけではなく、諜報員筋からの情報なので、他言しないようにとのことだけれども。

 とりあえず無事でいるだけで一安心だ。


 ちなみにベルはなんだかまた少し背が高くなっていて、美人に磨きがかかっていた。俺もちょっと背が伸びたはずなのに、いつになったらベルの身長に追いつくんだ?

 中身は相変わらず甘えん坊で、イスを寄せてぴったり近くに座ってきた。

 なんというかベルは、うちのエヴァとかルークと変わらない感じでかわいいんだよなぁ。


 寮生活でいうと、帝国の皇子様であられるメフト先輩は相変わらずだった。

 テラスでかかっているBGMは「フンッ、フンッ」という一生筋トレをしている先輩の気合いの入った鼻息だ。

 筋肉先輩も元気そうで何よりです。

 この先輩、アウダス先輩よりも腕とか足とか太いからね。

 マジで丸太だよ。肩もラグビーボール入ってるんじゃないかっていうくらいぼっこりしてる。ちなみにたぶん自分で持ちこんだであろう鏡が立てかけてあって、たまに下着だけになって自分の筋肉にほれぼれしているので、多分そういう人なのだと思う。

 俺はまっすぐに屋上まで上がって、寝転がっているメフト先輩の近くに座る。足を屋上から下ろしていると、外の景色を眺めているような体だ。

 今後ろから押されたら俺は落ちて大けがすると思うけど、この先輩のことだからそんなことはしないだろう。


「ひと月ぶりです。退屈でしたか?」

「まるで自分が大層な人物のような言い方だね」


 相変わらずひねくれた物言いするなぁ。


「僕はしばらく顔を見なかったのでちょっとだけ寂しかったですよ」

「だからあまり懐くんじゃないよ」


 たまにご飯を食べにくる猫みたいな先輩だ。

 懐いてるのは俺じゃなくて先輩の方だと思う。

 こちらも割と好き。


「そちらの陛下はお元気そうですか?」

「悲しいことに病状は芳しくないようだね」

「それは心配ですね」

「まったくだ」


 多分振り返ればメフト先輩は笑っているのだろうけれど、俺は前を向いて神妙な顔をしたままプラプラと足を動かすのであった。



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