たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること

嶋野夕陽

おうち編

悪役貴族だと思う、多分ね

第1話 異世界転生したけど父上が悪役っぽいんだが

「先生、父上は悪い人なんでしょうか?」


 俺の質問に、老先生が目を見開いた。

 長く伸びた眉の毛の隙間から、青みがかった灰色の瞳が覗く。長いひげをしごきながら「ふーむ」と声を漏らした先生は、しゃがみこんで俺の顔を覗き込んだ。


「ルーサー様はどうしてそう思うのかの」


 この質問をルドックス先生にしたのは、何も考えなしのことではない。

 この世界の歴史を、世情を、仕組みを教えてくれる、ちまたでは『賢者』と呼ばれる先生を信用してのことだった。

 今いくつなのか尋ねてはぐらかされたことがあるのだけれど、父上の家庭教師もしていたと聞いたことがある。


 他の使用人たちと違って、俺のことを子ども扱いしながらも、ちゃんと一人の人として接してくれるからこそできた質問だった。


「父上は、母上と仲が良くないようです。最近ではますますお腹が出て、肉で目も鼻も埋もれてきてしまいました。使用人たちに乱暴こそしないものの、いつも怒ったような顔をしています。それなのにたまにくるお客様とは内緒話ばかりしています」

「相変わらず4歳児の観察眼ではないのぅ。ルーサー様はオルカ様が悪い人だと思っておるのか?」

「そうでなければいいと思っています」

「模範解答じゃなぁ」


 でもそうだと思っている。

 だって父上は、俺の知っている悪役貴族そのものだ。


 内緒話をこっそり聞いたところによれば、あちこちの貴族から恨みを買っているそうだし、よくやってくるのは悪人顔をした眼帯の軍人さんだ。母上とは長いこと会話をしていないようだし、あまり家にも帰ってこない。外に妾でも作っているのかもしれない。

 役職は国の財務大臣だし、俺が生まれた当初はすらっとしたイケメンだったのに、いつの間にかぶくぶくのお肉の塊になってしまった。俺もいつかそうなるのじゃないかと思うと、美味しい食事も普通の量しか喉を通らない。


 この魔法があってダンジョンのある世界でこの立ち位置。

 この世界に物語があるのだとすれば、父上は間違いなく悪役なのだろうと思う。

 そしてその後継ぎである俺もまた、役どころは悪側になるのだろう。


 きっと正義の勇者とかが現れて断罪されてしまうのだ。

 そうじゃなければ、魔王退治に行く勇者の噛ませ犬、もとい噛ませ豚にされるのだ。せめて俺は犬と言える容姿であるよう努めたいところだけど。


 そりゃあ俺だって、最初の頃は魔法があると知って、ワクワクしてしまった。毎日こっそりと、何度も意識を失うほどに魔法の鍛錬をした。ひどい頭痛に襲われるので、つらかったけれど、こんなものは小さなうちにやる方がいいと決まっている。

 成長率が良かったのか、体の中にとどまっている魔法の力が日に日に大きくなっていくのが楽しくて仕方なかった。


 一年もして自分の足で立てるようになった頃には、この世界の勉強を始めた。世話をしてくれるメイドさんにお願いして、あっちこっちと屋敷を案内してもらって書庫らしきものを見つけ、それからはいつもその部屋にこもっていた。

 まずはメイドさんに簡単な物語を読み聞かせてもらった。

 食事と昼寝と夜以外の殆んどの時間をそうして過ごした俺は、まだこの屋敷の異変に気付いてなかった。だって興味深いものが山ほどあるのだから仕方がないじゃないか、あとから誰と無しに言い訳をしたのを覚えている。


 ちなみに昼寝と夜寝の前には、必ずこっそりと魔力を使い切って気絶して眠ることにしていた。気絶してもせいぜい1,2時間もすると普通に目が覚める。

 昼寝だったら目が覚めればそのまままた本を読み続けるし、夜だったら一度目を覚ましてまた眠るだけだ。二日酔いが酷いときのような頭痛さえ我慢すれば、何の問題もない。

 

 自分で本を選んで読むようになったのが2歳。

 家庭教師としてルドックス先生が付いたのが2歳半。

 魔法への興味が強いことを先生に気づかれたのが3歳の頃で、そこからは魔法の勉強も追加されることになった。

 『神童』と噂されているのを知った時は鼻がびよーんと伸びそうになったけれど、先生の自在な魔法を見せてもらって、ぽっきりとへし折られた。ルドックス先生は本当に尊敬するべき素晴らしい先生だ。


 そして半年ほど前に気が付いた。

 父上がほとんど家にいないことや、母上がたまにひどく眉間に皺を寄せて俺のことを見ていることに。

 それから俺は色々調べたのだ。

 そして思い当たったのがこの結論で、ついに今日、先生に尋ねてみるに至ったというわけである。


「そうじゃのう……。小難しいことを言うのであれば、悪なんてものはどの立場からものを見るかによる。だが、父をそうだと疑うことも、子にそうだと疑われることも良いことではない。悪いか悪くないかよりも、ルーサー様がそう思っていることの方が問題じゃと、儂はそう考える。わかるかのう?」

「……しかし、その」

「難しかったようじゃな。心行くまで調べるがいい。子供のうちは何でもやってみることが大事じゃ。しかしどうしても困ったならば、また儂に相談するといい。一人で抱え込むようなことだけはしてはいかん。ルーサー様の味方はたくさんおるのだからな」

「……わかりました。先生、ありがとうございます」


 俺が座ったまま頭を下げると、先生はまた自慢の髭をしごきながら立ち上がり、老人らしくほっほっほと笑う。


「よい。子供はたくさん悩んだ方が成長するもんじゃ。神童と言えど、ルーサー様も人の子だったんじゃのう。儂は少しうれしい」

「恥ずかしいことを言わないでください。先生の魔法にはかないません」

「どうじゃろうな? ルーサー様はまだ儂に隠してあることがありそうじゃが……、まぁよい。無理せず頑張るんじゃぞ」


 片目を閉じた先生に見つめられると、何を見透かされているのかと緊張してしまう。しかし先生はくしゃりと皺を寄せて笑うと、そのまま部屋から出て行ってしまった。


 転生してきたせいで、俺はどうしても両親に甘えることができないまま育ってきた。よく接するメイドや乳母の方が長く一緒の時間を過ごしているくらいだ。

 味方かぁ。

 机に突っ伏した俺は、数人の顔を思い浮かべながら、次はどうするべきか考えるのであった。


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