ショートショート・『ホットケーキ』

夢美瑠瑠

(これは2020年の「ホットケーキの日」にアメブロに投稿したものです)



掌編小説・『ホットケーキ』


 私は13歳の中学1年生で、熱田佳妃(アツタ・ケイキ)といいます。

 

 本当は「佳樹」なのですが、私はいわゆるSID、性同一性の障害で、肉体は男性ですが、心は女性なのです。

 女性人格であることをできるだけ強調したいのでこう名乗っているのだ。

 えー…ですが、不幸だとかそういうことは全くなくて、「オンナオトコ」生活を満喫しています。

 惹かれて、好きになるのは男の子ですが、女の子の体を見るほうが、昂奮します。    

 

 自分では男性にも女性にも好感を持つことができるので、二倍得だ、と思うことにしています。まあどちらにせよ中学生なので、これから自分の人生がどうなっていくかとかは想像の外なのですが、未知数ということには無限の可能性や豊かさという意味もあるのだ、父にはそう言われています。

 好きになった異性の性別によって自分を合わせていけばいいのかもしれない…だけどやはりこれも成り行きに任せるしかしょうがない問題かと思います。


 今日は、日曜日なのですが、例によって自粛期間中なので、家族そろっての外食はあきらめて家でピザの宅配を頼むことにしました。

 ピザを注文するのは初めてなので、郵便受けに差し込まれていた「ウーバーピザ」というオリジナリティにかけるネーミングのお店のチラシを見て注文することにしたのですがメニューのほうには創意工夫があって、いろいろと珍しい名前のピザが並んでいる。

 「苺ケーキピザ」とか、「海鮮ピザ」とか、「スパゲティピザ」、「アップルパイピザ」、「羅針盤ピザ」、「ちらし寿司ピザ」、「デザートコーヒーピザ」等々等、どんなものやら想像もつかないのが多い。

 つまりアイデアメニューで勝負しているお店らしい。

 最近は客が入らないので普通のレストランが宅配ピザに衣替えしたのかもしれない。それでどういう経緯かわからないが、アイデアを出し合った挙句にこういう総花的な?珍妙なことになったのだろうか…あんまり意味不明なのも怖い気がしたので、父と母と私の三人で、特大の「ホットケーキピザ」というのを頼むことにした。これなら無難だ…そう思ったのですがいざ届いてみると困ったことになった。


 くだんのピザは5つに切り分けられていて、ピザの生地にホットケーキがミックスされて、ひとつひとつのピースにクリームの薔薇の花、イチゴとメロン、サクランボ、蜂蜜が乗っている。

 美味しそうですが、三人家族なのでどう分配すべきかが問題になる。ひとつずつ取って、残りの二つを切り分けたらいいのかもしれないが、トッピングが多いのでややこしい。

 両親も私もどっちかというと優柔不断な性格で、誰もテキパキ采配を取れない。結果、プンプンと美味しそうな匂いをさせているピザを挟んで、三人がグダグダと話し合うことになった。


「お父さんと佳妃がひとつずつ取りなさいよ」

「いや、それじゃママが可哀そうだ。残り二つを平等に分け合おうよ」

「トッピングが多いからうまく切れないよ。もっとスマートに分け合おうよ」

「あとひとつ注文して…」

「10個になってもやっぱり一つ余る。」

「あと2つ注文したら5個ずつだけどね。そんなに食えないな。大きいから」

「お父さんが家長だから二つ余計に食べたら」

「おれは糖尿病だ。カロリーが心配だよ」

「あたしもママもダイエット中だし…」

「2つは冷蔵庫に冷やしといてお腹が減った人が自由に食べようか。どうせみんな家族だから」

「隣におすそ分けしたらどう?ホットケーキなのに早く食べないと冷めちゃうよ」

「これ1500円だぜ。ちょっと勿体ないな」


 …喧々諤々けんけんがくがくという感じになって…だんだん会話がおかしくなってきた。三人とも優柔不断な割に偏屈なので適当に妥協するということが苦手なのだ。


「将来のある子どもと甘いものが好きなママに譲るよ。ママは今日も家事で忙しいから栄養をつけろよ」

「夫婦仲よく一個ずつ、でいいじゃないの。私が一つとるとなんだか食べはぐれたどっちかに悪い感じ」

「佳妃への愛情が強いほうがご褒美に一つとったらどうだい?家族の絆というものをこの際に再確認して今後に生かそうじゃないか」


…おかしなことになってきた。


「どういう意味?愛情の強さなんてお昼ご飯に関係ないじゃない」

「いやわれわれには佳妃がSIDだということでそれぞれ葛藤があるんだ。親としての愛情が不足していて、それで佳妃のアイデンティティが不安定なったんじゃないかな?これからは両方が存分に愛情を注ぐことにしよう、そう話し合ったんだ。これを皮切りに生活のあらゆる面にS-R反応を応用して行動療法を実施していくことにしたい」


…父は心理学者なのだ。


「バカバカしい。女性の性に憧れるのはつまり感情移入するべき父親の不在です。パパがもっと家庭を顧みて父親らしくなれば済む話だわ。私はそう思っている、S-R反応なんて…モルモットと一緒にしないで」

「ケンカしないで。私が女の子の人格なのは生まれつきよ。パパのせいじゃない。愛情の不足でも執着のせいでもないわ。そういう風に病気みたいに言われるのが一番つらいんだから…」

「おれが家庭を顧みないだと?おれは佳妃が生まれる前から周到に準備して、無数の医学書を読破して、育児についても一家言を持っている。お前が馬鹿だから佳妃が歪んだだけだ」

「馬鹿ですって? なによ、EDのくせに。SIDのほうがよっぽどましだわ」

「じゃあお前はなんだ。更年期障害のPMSが。あれだって立派な障害だよ。ペニスもっと症候群、か」

「なんですって」


 私も母もしまいにはわあわあ泣き出して、お昼の食卓は惨憺たる有様になってしまった。

 皆さん、ピザを頼むときは家族の数とピースの数をちゃんと確認して合わせておくようにしてくださいね。


Yours Sincerity


<了>








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