第10話 出勤要請

「合同訓練、ですか?」

「毎年恒例でしょう? あぁそうだ、カレンは半年前に王都へ来たばかりで知らないのね」


 ある日の昼休憩後、食堂の職員を束ねる統括責任者がひょっこりと顔を出した。

 統括責任者の彼女――マーリルは四十がらみのベテランで長らく食堂職員として勤めており、今でこそ当番表の調整や人材確保に奔走しているが、かつては食堂で今のカレンのように働いていたという。

 初めて登城しソフィアと共に挨拶を交わした後、マーリルはこう言ってくれた。


「あなたの身上はリース院長からご連絡いただいているわ。慣れないことばかりでしょうけど、焦らず頑張って」


 元貴族であることを知っていると告げられて、カレンは驚いてしまった。

 しかし、たかだか数ヶ月しか市井の暮らしを経験しておらず、ましてや給金を得るための仕事に就くのは初めてのこと。器用に暮らす市民に比べて圧倒的に能力不足であることを鑑みれば、リースの事前の説明はありがたいものだと思えた。


 離籍届の提出自体は公にならないと聞いている。

 犯罪行為や庇いようのない醜聞で名が知られてしまった者が離籍届を提出された場合には、信用回復のために家から大々的に発表するらしい。

 カレンの場合を考えたとき、屋敷から逃げ出す前に聞いた父の言葉を思い出す。


『我がイノール家に娘はいない。病に臥して帰らぬ人となった』


 離籍届受理の通知はイノール家にも届くので、死者として扱われるに違いない。

 『二度と顔を見せるな』とも言われたので、彼らはこれで溜飲を下げてくれるだろうか。

 その答えは半年経った今でもわからないし、この先もわからないだろうけれど。



「第一団から第五団まで騎士団が編成されているでしょう? 各団から選出された団員が王城前広場で訓練を行うのよ。だから合同訓練」


 過去に飛び掛けていた意識がマーリルの説明によって引き戻される。

 第一団から第五団――真紅、深緑、紺青、紫苑、白の制服を身に纏った騎士たちが思い浮かんだ。それぞれに受け持つ任務は別らしいが、食堂にはいずれの団員も訪れるので馴染みがある。

 しかしマーリルの話す内容には今ひとつ理解が及ばないので曖昧な頷きしか出来ない。それすらも織り込み済みなのか、彼女はカレンの様子に構わず説明を続けた。


「王族や市民を守る立場である騎士の威光を示すのが一番の目的ね。実際に武器を使っての攻防を間近で見ることになるから、騎士が生半可な立場では務まらないと理解してもらえるのよ」


 これには非常に納得した。

 酔っ払いに絡まれそうになったあの日、カッツェとレグデンバーの登場によって事なきを得たことを身を以て体験しているからだ。


「もうひとつの目的が人材発掘のためね。勇ましい騎士たちが闘う姿に憧れて志願してくる若者は少なくないのよ」


 なるほど、とまたも納得した。

 こういった機会を設けないと一般市民には騎士という存在に漠然とした印象しか持てないのかもしれない。

 事実、カレンの中でも騎士と言えばよく食べる人たちという印象だ。実際に闘う姿を見れば、よく食べる理由も腑に落ちるのだろう。


「その合同訓練が行われるのですか?」

「そう、来週にね。ソフィアには聞いていない?」

「はい、一度もそのような話はしておりません」


 頻繁に顔を合わせて雑談するのはソフィアくらいなもので、その彼女から合同訓練の話題は出ていないので全くの初耳だった。

 知らずにいても問題ないようにカレンには思えたのだが、マーリルにはそうではないらしい。


「そうだったのね。じゃあ突然の話で驚くかもしれないんだけれど、合同訓練の当日にお手伝いに出てもらえないかしら?」

「お手伝いに?」

「えぇ。騎士団の方から要請があったから、当日非番の職員にお願いしたくて」


 マーリルの談によると合同訓練は市民向けの催しのため、当日は広場に露店が多く立ち並ぶという。しかしあくまで観覧に来る市民のための店で、訓練に参加する騎士が利用することは出来ない。

 騎士団員に向けた軽食や飲み物は別口で取り扱うことになっており、本来ならば騎士団員が管理するのだが、今回は人手が足りないとのことで食堂職員に手伝いを請われた。

 食堂は合同訓練の日も通常の業務を行うため、非番の一人であるカレンへの声掛けに至ったという話だった。


「仕事の要領はいつもの食堂と同じと考えてくれていいわ。ただ人出が多いから、混雑や騒がしいのが苦手なら無理は言わないわ」


 ぼんやりと床を見つめて思案する。

 改めて人出が多いと聞かされるとなると常日頃の食堂よりも上を行くのだろう。採用された当初は押し寄せる客の数と勢いに恐れ慄いたものだが、今ではいくらか慣れてきて立ち話を交わせるくらいになっている。

 この先も仕事を続けていくのであれば、またこんな機会が訪れるかもしれない。だとすれば挑戦するのは早いに越したことはない。

 ただただ純粋に合同訓練に興味を惹かれたのもある。


「私で良いのでしたら」

「まぁ本当に? ありがとう、ちゃんと手当は出るから安心して」


 にっこりと艶の良い笑顔でそう言うとマーリルは当番表に何やら記している。


「明後日までには合同訓練当日の詳しい日程表と臨時勤務の確認書類を作って渡すわね」

「はい、わかりました」

「助かったわ。ありがとう、カレン」


 きっかり二日後、マーリルは書類を携えて再び食堂に訪れた。

 受け取った書類にソフィアの名前はなかったため、特に二人の間で合同訓練が話題に上ることもなく。

 日は流れて合同訓練当日を迎えた。

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