第42話

「ミューってば、何でいつも知らないところで危機に陥ってるわけ?」

「うう……ごめん」


 あの後、アドは迎えに来たグレイと一緒に魔法騎士団へと向かった。私はグレイが連れてきたイリスと一緒に研究室に戻り、手当てをしてもらっていた。


「はい、終わり」

「ありがと〜」


 擦り傷を消毒して、包帯を巻いてもらった私はイリスにお礼を言った。


「はい、あとこれ。速攻直したから」


 イリスが目の前にジャラりとすっかり元通りのネックレスを差し出す。


「ずっと身に着けてなさいよ?」

「ありがと……そうする」


 私はネックレスを受け取り、すぐに首に通した。さすがに、もう襲われることはないだろうけど、魔力量の無い私が魔術師に対抗できる大事な物だ。


「……あんたの妹、辺境じゃなくて国外追放になるかもね。お父様も」

「うん……」


 イリスの言葉に私は表情を暗くする。


 結局、最後までわかり合えなかった。お父様も私を娘としてなんて見ていなかった。


 悲しかったけど、アドの存在が、言葉が、私の心を強くしてくれていた。 


「あんなでも家族だから、ミューは辛いわよね」

「うん……」

「ミューはずっと酷いことされてきたんだから、気にしなくてもいいのに」

「うん……」

「殿下、もうあんたのこと好きなの、隠さなくなったわね」

「うん……うえっ!?」


 深刻な話を突如、イリスが方向転換する。


「殿下もすっかり大人になったからね。身を任せてみても良いんじゃない?」

「なっ……」


 私は口をパクパクとさせ、顔を赤らめる。


 イリスのおかげですっかり暗い気持ちは消えたけど、こっちもこっちで悩みの種なのに。


「陛下との約束があるから」

「あーあ、ミューってば固いなあ!」

「ほんとだねー。ミューさん考えすぎー」

「アーク!?」


 私たちの会話に突如アークが紛れ込んで、私は驚いた。


「あ、私が呼んだの。アークも殿下の試験結果、早く知りたいだろうと思って」

「そうなんだ。魔法省は入口が皆一緒だから入りにくくなかった?」

「隊長が一緒だったから大丈夫!」


 アークに心配して聞けば、彼はにかっと笑って答えた。


「隊長さん?」

「うん! 隊長は魔法騎士団に向かったよ。元師匠権限だって。ずるいよねー、ミューさんだって家庭教師なのに!」

「私は謹慎中だから」


 頬を膨らませるアークに私は苦笑いで答える。


「さっきの話だけどさー、」

「ええ?」


 アークが唐突に話を戻す。


「ミューさんはどうしたってアドからは逃げられないと思うよ?」


 アークの言葉に顔が赤くなる。


 グレイと私以外は皆、アドの気持ちに気付いていたとイリスから聞いてはいたものの、ストレートにそんな話をされると恥ずかしい。


「そうそう。あのアドリア殿下が、はいそうですか、ってあんたと陛下の言うこと聞くもんですか」


 イリスがアークに乗っかって話す。


「二人とも……勘弁して……」


 私は赤くなる顔を押さえつつ、二人を制した。


「アドには私よりも相応しい人がいるよ」

「アドに相応しい人はミューさんしかいないよ!」


 アークが被せるように鼻息荒く言った。


「魔法は全ての人に平等、でしょ?」

「そうだよミューさん! アドとミューさんの間には何の障害も無いよ!」


 誂うように話すイリスと、力説するアーク。


「……そんな簡単なことじゃないんだよ……」


 二人のノリが軽すぎて、重要な問題のはずなのに、そうじゃない気がしてくる。


 ふるふると私は顔を振る。


「私は最後までアドの家庭教師でいたいの。王族と没落令嬢じゃ未来は無いわ」


 せめてあと一年、アドの側にどうしてもいたい。


 そう思った私はまた心の中で先生としての線を引く。


「あーーっ、もう!! このバカミュー! あんた、また後ろ向きになってるわよ!! せっかく最近のあんた、楽しそうでキラキラしてたのに!!」

「イ、イリス……?」


 急に怒り出すイリスに驚き、彼女を見上げる。


「ミュー、お願いだから、自分の気持ちから……幸せから逃げないでよっ……」

「イリス!?」


 イリスは怒りながらも、ボロボロと涙を溢していた。私は慌てて彼女に駆け寄る。


「ミューさんはさ、アドの幸せを考えてのことなんだろうけどさ。そんなの逆だよ。ミューさんが側にいた方があいつは幸せになるよ」


 泣くイリスをなだめながらアークを見ると、彼は眉尻を下げて笑っていた。


「あいつから幸せ、取り上げないでよミューさん」

「でも……」


 幸せ? アドが?


 アークの言葉を反芻しながら、躊躇する。


「試験が終わったらアドの話、ちゃんと聞いてあげて? あいつの顔を見たら、あいつにとっての幸せが何かわかると思うよ」


 私は、国王陛下にアドとちゃんと話をして欲しい、と願った。


(まさかアークに同じことを言われるとはね)


「陛下相手でも、私たちが味方になってあげるから、あんたは自分の気持ちに正直になりなさいよねっ!」


 宥めていたイリスがぎゅう、と私を抱きしめて言った。


「僕も……力は無いけど、二人のためなら力になるよ!」


 イリスをよしよしする背中越しに、アークがニッと笑った。


「はは……頼もしいなあ」


 二人に背中を押され、こんなに想われて幸せ者だなあ、と思った。


 家からも魔法省からも期待されない私が、今こんなにも充実しているのはアドに出会ったから。


 沢山のかけがえのない仲間を得たのはアドだけじゃない。私もだ。


 改めてこの二ヶ月で得た大きな物を噛み締めていると、研究室の扉がバターンと開いた。


「おーい! 殿下、合格したぞー! 早く魔法騎士団に来いよー! って……何か、取り込み中?」


 勢いよく入って来たグレイが、泣くイリスと抱き合う私を見て、間の抜けた声で言った。


「だからっ! あんたはいつも間が悪いよのっ!」


 久しぶりに聞くイリスからグレイへのツッコミに、私とアークは笑った。

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