第35話
「諦めてんじゃねーよ」
「ア……ド……!?」
私の目の前に、綺麗な金色とエメラルドグリーンが降り立つ。それは幻なのか、走馬灯ってやつなのか。
「ちゃんと俺のこと見届けろよ、先生」
ちゅっ、と私の頭に唇が触れる。
(幻……じゃ、ない?)
「死ねえええ!」
目の前のアドを確認しようと手を伸ばした所で、アンリ様の魔法が放たれる。
「ダメっ! アンリ様! アドリア殿下が――」
クリスティーの叫びはアンリ様に届くには遅く、攻撃魔法はすでに放たれていた。
「大丈夫だミュリエル」
「えっ――」
久しぶりに私の名前を呼んだアドに顔を上げると、彼は手を前に差し出し、一気に詠唱を唱えた。
ドカン、と大きな音を立ててアンリ様の攻撃魔法が相殺される。
その爆風でアンリ様がクリスティーのいる方向へ吹き飛ばされた。
「アド……」
一瞬のうちに的確な詠唱を導き出し、魔法を放ったアドに、私は釘付けになる。
(ずっと見ていたはずなのに……)
アドの成長に改めて驚かされる。
練習じゃなく、こんな緊急の状況下においても冷静に対処するアドに、私は笑みが溢れる。
「試験……きっとバッチリだね」
「家庭教師の教えがいいからな」
アドはそう言って私に笑顔を向けると、魔法で私の拘束を解き、横抱きで抱え込んだ。
「アド!?」
「……さっきから呼び方戻ってるの、気付いてるか?」
「!?」
抱き抱えられ、アドの顔が近い。耳元で甘くそう言われれば、私の顔は一気に熱くなる。
「嬉しい……ミュリエル」
「ちょ、ちょ、ちょ……」
久しぶりな上に、アドの怒涛の甘い態度に私の心臓が煩くなる。
「アドリア殿下!!」
そんな私たちを見ていたクリスティーが叫んだ。
「……俺の家庭教師に手を出して、どうなるかわかっているのか?」
ギロリと睨むアドに、クリスティーは一瞬怯むも、続けた。
「わ、私は、あなたの婚約者になりますのよ!? そんな落ちこぼれのお姉様なんかにどうしてそこまでこだわるのですか!?」
「……お前なんかに教えてやる義理は無い」
「…………っ! 起きて! アンリ様っ!」
クリスティーは足元に横たわるアンリ様に治癒魔法を施すと、揺さぶり起こした。
「早くお姉様を殺して!」
クリスティーに呼び起こされ、アンリ様がゆらりと立ち上がる。
「俺に適うと思っているのか?」
「殿下は私の婚約者ですもの? 狙うのはお姉様だけよ」
クリスティーの言葉と同時に、私をめがけてアンリ様の魔法が飛んでくる。
「無駄だ!」
それをアドが素早く防いでくれる。
私を抱える逞しい腕に力をこめ、もう片方の手で魔法を放つアド。
守られるだけの自分が歯がゆくなるも、魔力量が無い私には何も出来ない。
アドからもらった魔法石はクリスティーの手中にある。
「アンリ様っ、これを使って!」
クリスティーがアンリ様にそのネックレスを手渡した。
「アドっ……」
アドの腕の中で私は彼のシャツをぎゅう、と握りしめた。
でも彼は慌てること無く、私に目線を落とすと、企むように笑った。
「ははは。これは良い! この力、俺が活かしてやるっ!」
ネックレスを受け取ると、前に差し出し、魔法を構築しようとするアンリ様。しかし、ピタリと彼が止まる。
「……クリスティー、これはどうやって使うんだ?」
「えっ!? 魔法具同様、身につけたら発動するんじゃないの!?」
アンリ様の質問にクリスティーが焦る。
『魔法石を扱えるのなんて魔法騎士団とミューくらいよ』
いつかのイリスの言葉が思い出される。
「本当にあれを扱える人って限られてるんだ?」
ぎゃあぎゃあ言い合う妹と元婚約者を眺めながら、不思議と冷静な頭で言った。
「それだけじゃない。他人に魔力を預ける意味、お前も知ってるだろ?」
アドがふっ、と笑みを浮かべる。
自分の魔力を他人に預けるということは、心を預けるということ――――
「それっは、私があんたの先生だからでっ……」
顔が赤くなるのを感じながら、私が答えようとすると、アドが私を地面に下ろす。
「もう、観念しろ」
向かい合ったアドの顔が近付き――――二人の唇が重なる。
「あれを扱えるのは、心を受け取った証でもあるんだよ」
急なことに目を見開き、固まる私にアドが言った。
「だから、返してもらわないとなっ!」
ドンッと急スピードで魔法を使い、アドがアンリ様と距離を縮める。
クリスティーと言い合っていたアンリ様は、急な対応をすることが出来ずに、その手に持っていたネックレスをアドから奪われた。
「くそっ……でも、油断したのは殿下の方ですよっ!」
顔を歪ませたアンリ様が私の方に向き直る。
(あ……)
アドから離れた私を狙うのは、当然のことだ。魔法を構築するアンリ様に身構える。
瞬間、アドと目が合う。
(あ――――)
アドが何をしようとしているのか、目線の動きだけでわかった。二ヶ月間、ずっと一緒に試験に向けて練習してきた。
何よりも、ずっと側にいたのは私だ――――
考えるより走り出していた。
私は詠唱を唱えながら、魔法陣を構築する。
アンリ様の攻撃魔法が迫っていたが、不思議と怖くなかった。
ドオン、と大きな音が響き渡る。
アンリ様の魔法を跳ね返し、私の攻撃魔法が屋敷の天井を壊していた。
すんでの所でアンリ様の目の前に落ちた魔法で床には穴が空いている。アンリ様は顔を青くさせ、その場にへたりこんでいた。
「さすが、俺の家庭教師」
離れた所で腕を上げでみせたアドに、私もガッツポーズで返す。
私の手の中には、アドからもらったネックレスが握られていた。
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