第32話

「さあ、いよいよ魔法騎士団の入団試験が明後日に迫りました!」

「おおー!」


 意気込む私にアークが拍手をする。


 今日も騎士団の訓練場を借りて、最終確認。明日は軽くさらって、アドには早めに身体を休めてもらう計画だ。


「今日グレイは来ないのー?」

「流石に試験前だしね。グレイも準備を手伝ったりしてるらしいわ」

「ふーん」


 アークの質問に答えながら、この二ヶ月を振り返る。


 皆の協力のおかげで、アドは魔力のコントロールを物にしてみせた。完璧ではないけれど、詠唱学をものすごいスピードで吸収した。一番の課題をクリアした彼なら、明後日の試験も大丈夫だろう。


「ねえ、アドは?」

「ああ。今日は少し遅れるって――――」


 アークに返事をしようと振り返ると、訓練場の入口の眩しさに目が眩んだ。


「でん、か?」

「あ、アドだーー? えー、どうしたのー、それー?」


 入口には黒い髪から金髪へと変貌したアドが立っていた。


 驚いて立ちつくす私を置いて、アークが彼に走り寄る。


「ああ。明後日は俺の魔力のコントロールが本当に出来るようになったか見るためでもあるからな。まじないは解除だ」

「えー、アドの金髪初めて見たー! 本当に王子様みたいだね?」

「本当に王子だよっ!」


 はしゃぐアークに眉を釣り上げ、突っ込むアド。


(本当に王子様みたいだよ……)


 遠くから動けずに二人を見ていた私の鼓動が煩い。


 まだ少しあどけなく、少年っぽさのあったアドは、ただでさえこの二ヶ月ですっかり逞しく、男らしくなっていたのに、金色の髪が眩しく、余計に彼を大人っぽく見せた。


「ねー、ミューさんもアド、カッコいいって思ったでしょー?」


 アークからとんでもないボールが飛んできて、身を固くする。


「……そうね。本来の殿下の姿に戻ったのよね。あなたは王族だもの」


 金髪は王族である証。努めて冷静に。


 きっと先生らしい答えができたはず。


「先生、それ、わざと?」

「へ?」


 気付けば目の前にアドがいて、私に影が落ちる。


「わざと突き放すこと言ってるように聞こえる」

「んなっ!?」


 眩しい金髪がさらりと私のすぐ目の前で輝く。


「まあ、いいけど。試験に受かったら覚えとけって言ったこと覚えてる?」

「覚えてるけど……」


 顔の近いアドを凝視出来なくて、つい目線を逸らしてしまう。


「褒美をくれって言ったのは?」

「お、覚えてる……よ?」


 顔の近いアドにドキドキしながらも答える。


「ふーーん」


 近い! 近い! と思いながらも私は冷静を保とうと必死になる。


「なら、いい」


 アドは私を凝視した後、ぱっと離れた。


 その距離にホッとする。


「覚悟しといてね、先生」


 少しいたずらっぽく笑ったアドにどきりとしつつも私は安心した。


 アドに告白された翌日から、私たちの間には微妙な空気が流れていた。それでもしっかりと試験に向けて真面目に取り組むアドに、私もちゃんと先生であろうとした。


 築き上げてきた信頼はある。それでも、少し溝ができてしまったようで寂しくて悲しかった。その溝が少しだけ埋まったようで嬉しかったのだ。


「……あからさまにホッとした顔すんなよ」

「えっ?」


 アドが小声で何か言ったので聞き返す。


「俺を魔法騎士団の副団長にするまで逃げないでね、せんせ」

「に、逃げないって言ってるじゃない!」


 反射的に言い返して、アドと目が合う。


 にかっと笑ってみせたアドは、いつもの彼だった。


「俺が先生を国一番の家庭教師にしてやるから」

「……私も殿下を立派な魔法騎士として送り出すから」


 最初にした約束。


 アドはずっと覚えてくれていたんだ。


 そのことに胸の内から喜びが溢れる。


 それだけでいい。


 アドにはきっと、年も身分もお似合いの婚約者が決まるのだろう。


 イリスに言われたことがずっと胸に引っかかっていた。でも、私が望むのは、アドの家庭教師であること。この役目だけは絶対に譲れない。


「はー、なんか拗れてない?」

「いーんだよ」


 アークが溜息混じりにアドに言った。二人はわけの分からないことを言い合うと、アドがこちらに視線を向けた。


「明後日の試験までできること全部やっておきたい。よろしく、先生」

「う、うん!」


 まだ見慣れない金髪のアドが真面目な顔で言うので、私は気圧されつつも返事をした。



「おー、懐かしいなあ!」

「隊長さん!」


 アドとアークが打ち合っているのを見ていると、隊長さんが訓練場にやってきた。


「アドの金髪姿をまた拝めるなんてなあ!」


 隊長さんは懐かしそうに目を細めた。


(そっか。剣の指南役だった隊長さんは小さい頃からアドを知ってるんだもんね)


 私はふと気になったことを隊長さんに聞いてみた。


「アドの魔力が高いのはわかるんですが、どうして魔法具で抑えることになったんですか?」


 魔力の暴走、と聞いていたけど、コントロールできないにしても、暴走させる程のことがあったのだろうか。


「あー……そうだな。ミュー嬢には話しておこうかな」


 隊長さんはアドに向ける視線をそのままで答えた。


「あいつの母親……王妃殿下が亡くなってからだな」

「えっ……そんな幼い頃から?」


 驚く私に隊長さんは続ける。


「あいつの魔法量は小さい頃から凄くてな。王妃殿下が亡くなってから塞ぎ込むようになったアイツは、王宮で魔法を暴発させたんだ」

「何で……」


 深刻な私とは対照的に隊長さんは明るく話す。


「ヘンリー殿下と比べられることに母親を引合いにされたからだな。あいつの母親はいわゆる、第二王妃ってやつでな。身分の低いご出身で、心無いことを言われることも少なくなかった」

「そんな……」


 知らなかった。


 いくら社交に疎いとはいえ、そんな大事なことを知らなかったなんて。


(だからアドは身分で線を引かれるのが嫌いで……)


 アドの知られざる苦労や苦悩を思うと、胸が痛んだ。


「まあヘンリー殿下はアドのこと弟として本当に大事に想っているし、国王陛下もやり方はあれだけど、アドをヘンリー殿下同様愛しているんだぜ」


 隊長の言葉に頷く。


 たった一回お会いしただけだけど、お二人とも、心からアドを心配しているように見えた。確かに国王陛下は極端すぎて怖かったけども。


「まあそれで、魔力を抑えられてからもアドはあの癇癪で当たり散らしてたってわけだけど、最近は全然無いよな。誰かさんのおかげで」


 にやりと含みのある笑顔を向けた隊長さんに、私は返事に困った。


 私の影響が少しでもあるなら嬉しい。


 でも、それはアドの努力の賜物ではないのだろうか。


 どんどん男前に成長していく教え子の王子様。


 アークと剣を交える姿を見れば、その精悍な顔つきに胸のドキドキが治まらなかった。

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