第26話

「よし、これでいいだろ」

「……ありがと」


 今日は魔法騎士団に偵察という名の魔法稽古の相手になりに行く日だ。


 そろそろ魔力が減っているだろうと、アドがネックレスの魔法石に魔力を込めてくれたのだ。


 おでこが付きそうなくらいの近い距離で詠唱を唱えるアドが、綺麗な「男の人」で。改めて彼のイケメンっぷりに不覚ながらドキドキしてしまった。


 魔法石のくすんだ緑が綺麗なエメラルドグリーンに変わり、魔力が込められたことがわかる。


「それにしても、魔法石に魔力を込めるの、初めて見たわ!」


 確かに私がイリスに助言した通りの詠唱で行われていた。


「ミューは一緒に納品はするけど、完成形は見たことないものね」

「だって、これ、極秘機密事項じゃない!?」


 魔法騎士団に納品のあるイリスはついでにと、私と一緒に来てくれていた。


 私は改めて、そんな大層なことを目の前でさらっとやってのけたアドに焦る。


「ミューは共同開発者だからいいって言ったでしょ? それに、魔法石をきちんと扱えるのなんて、魔法騎士団とミューくらいよ?」

「へっ……」


 イリスがやれやれ、と言う。


「ははは、俺の剣も、魔法石を施してあるんだぜ? 学生時代、ミュリエルにちゃんと詠唱学を教わっといて良かった〜」

「脳筋のグレイが魔法騎士団でちゃんとやれてるのはミューのおかげよね」

「ははは、そうなんだよな〜」


 辛辣なイリスの言葉に、顔色を変えずにグレイが笑う。


「……今は俺の家庭教師だからな」

「? 俺、そこまでバカじゃないですよ殿下。わかってます」

「〜〜〜〜!!」


 グレイとの噛み合わないやり取りにアドが苦い顔をしている。


「殿下、グレイにもミューにも、直球じゃないと伝わりませんよ」

「何で私まで!? 」


 ふふふ、とアドにしたり顔なイリスに私は思いっきり顔を向けた。


「グレイ、何をしているんだ。ミュリエル嬢をお前が案内すると言うから待っていれば……」

「あ、兄貴」


 魔法騎士団の入口の前でわちゃわちゃとしていると、グレイのお兄さんであるクラウド魔法騎士団長様がやって来た。


(わわわ!)


 いきなり魔法省のトップが現れて、私は一気に緊張する。


 魔法騎士団である印の眩しい金色のローブには団長だけの紋様が入っており、グレイより背も高く、逞しい身体つき。キリッとした灰色の瞳が穏やかに笑い、私に向けられた。


「ミュリエル嬢、我が魔法騎士団のためにわざわざすまない。殿下の家庭教師もあるというのに」

「いっ、いえ!! これは私やアドのためにもなりますので!!」

「アド……」


 緊張で頭を下げつつ、ついいつもの呼び方でアドを呼んでしまい、固まる。


(しまった! 騎士団長様の前で……!)


「……殿下が心を許せる相手を増やせるのは良いことかと」


 焦る私を他所に、騎士団長様はアドに視線を向けると、穏やかに笑って言った。


「来月の入団試験、楽しみにしていますね」


 騎士団長様は穏やかな口調で続けたが、アドはじっと彼を睨んだまま何も言わなかった。


「殿下も大人の余裕を身に着けないと」

「うっ、うるせえ!」


 イリスが誂うように言って、アドが眉を釣り上げる。


「ああ、イリス嬢、グレイや魔法騎士団がいつも世話になっているね」


 イリスに気付いた騎士団長様が優しい顔で彼女を見た。


「特にグレイはお世話しないと、何やらかすか心配ですから」

「ははは、イリスがいないと俺、ダメダメだからなー」


 義理の兄妹でもあるクラウド団長様とイリスの仲も良好なようで。いつもの調子のイリスと笑い合う二人にホッとする。


 イリスはあまり人とは関わろうとしないため、彼女の理解者がいるのは嬉しい。


「ミューはお義兄様のこと憧れているのよね」

「ちょっと、イリス!」


 イリスが急にニヤニヤと言うので私は焦る。


「本当ですか? それは光栄だな」


 止めに入った私に顔色を変えずに騎士団長様が穏やかに微笑む。いたたまれず、恥ずかしい。


「おっ前……隊長といい、年上が好きなのか!?」

「はあ!?」


 ジト目のアドが割って入り、とんでもないことを言うので、私は思わず声をあげた。


「ミュリエルは年とか立場とか関係なく人を見る奴だよな」

「そうそう。ミューはお義兄様の人間性に惹かれているのよ」

「いやあ……照れるな。ありがとう、ミュリエル嬢」

「えっ、えっ!」


 グレイとイリスが畳み掛け、騎士団長様はにっこりとお礼を言うので、私は真っ赤になって恐縮してしまう。


「おっ……まえらなあ〜」


 それを見ていたアドが、なぜか怒り出す。


「殿下、お義兄様は既婚者ですのでご安心を」

「にゃろ……俺を誂ったな!?」


 アドに何かボソボソと囁くイリスに、彼が怒っていた。


「……殿下、ダメですよ。イリスは俺の婚約者です」


 そんな二人にまた心がチクッとしていると、グレイがイリスをアドから剥がして言った。


「あ、あんたは急に何言ってんのよ!?」


 イリスの顔が赤い。


「俺はこいつに、懸想なんてこれっぽっちもしていない!!」


 アドがイリスを指差しながらグレイに怒鳴る。


「私も殿下なんて願い下げですよ」

「そうなの? 良かった〜」

「だからあんたは、何を言ってんのよ!」


 二人のやり取りにグレイがホッとした表情で言った。イリスの顔は真っ赤だ。


(いいなあ……)


 真っ直ぐに気持ちを言葉にできるグレイが。

 

 真っ直ぐに想われるイリスが。


 そんな二人の絆が羨ましい。


 私の先程抱いたちっぽけな感情が、恥ずかしくなるほど、二人は想い合っているのがわかる。


「おい、ミュリエル、お前は誤解すんなよ!?」

「う、うん……」


 この感情が何なのか。


 私はわからないまま、アドの言葉に酷くホッとしていた。

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