第12話
「あ〜! おねーさんだ〜!」
翌日、私はアドに連れられて城下町の少し外れにある騎士団の常駐所までやって来た。
出迎えてくれたのは、あの夜に声をかけてくれた人懐っこい青年だった。
「何、何? どしたのアド〜? いつの間にあの時のおねーさんと仲良くなったの?」
「こいつは俺の家庭教師だ、アーク」
アークと呼ばれた青年は、アドより二つ年上らしい。背もアドより低くて、その人柄から、幼くも見える。
「あ、そうなんだ? よくわかんないけどアドのことよろしくね。アークです」
「あっ……ミュリエルです」
ニコニコと笑って手を差し出されたので私も手を差し出した所で、アドに手を取られる。
「アド?」
きょとっ、とアドを見ると、アークがにぱあ、っと笑った。
「え? アド、そうなの!? えっ! えっ!」
乙女のようにはしゃぐアークに、私の頭には疑問符がたくさん浮かぶ。
「アーク……隊長は?」
「あ、うん、奥にいるよ!」
アドが低い声でアークを睨むも、彼は気にせずニコニコしたまま奥の部屋を指さした。
「行くぞ」
「う、うん」
「あ、またね〜」
アドが私に視線を寄越し、奥の部屋へと進んだので、私も慌てて付いていく。アークは手を振りながら私たちを見送った。
途中、何人もの騎士たちとすれ違ったけど、その度に私のローブを見て驚いていた。でも嫌悪感を見せる人はいなくて。あの豪快で人の良さそうな隊長さんがまとめるだけあるな、と思える雰囲気の良さだった。
そもそも私たちが騎士団に来た理由は、昨日の会話にある。
『ところであんた、剣の方は大丈夫なんでしょうね? 私が何とか出来るのは魔法だけだからね』
『……明日、出かけるぞ』
『はあ?』
『俺の剣の腕、知りたいんだろ?』
そんなこんなで、今日の朝待ち合わせて、アドの用意した馬車で城下町の中心部までやって来て、そこからは歩いてここまでやって来た。
「隊長」
コンコン、と隊長室の扉をノックすると、「おー」という返事が返ってきて、アドはすぐさまドアを開けた。
「おお! あの時のお嬢さんじゃないか!」
書類が山積みになった執務机の天辺から、あの時の隊長さんが顔を覗かせて大きな声で出迎えてくれた。
「……俺の家庭教師」
アドの雑な紹介を睨みながらも、私は隊長さんに淑女の礼をした。
「ミュリエルと申します。先日はごちそうになり、ありがとうございました」
「まさかシルヴァラン伯爵家のご令嬢だったとは、いや〜驚き!」
「えっ」
シルヴァラン伯爵家は勘当されたので名乗れない。だから名前だけで自己紹介をしたのに、隊長さんは私が何者かすでに知っていたようだった。
「俺はライリー・デレルだ」
「デレル伯爵家の方でしたか……!」
名乗った隊長さんに私は驚いた。デレル伯爵家といえば、魔法騎士団の騎士を代々輩出する家だ。
(あれ、でも)
私がそう思った所で隊長さんがガハハ、と笑って言った。
「俺の魔力量はなけなしだったからなあ。それでも騎士団の隊長なんか任されてるんだから、ありがたいこった!」
(この人も魔力量が……)
そんな隊長さんに親近感を覚える。それでも立派に自分の隊をまとめているのだから、やっぱり……
「凄いです! 騎士たちをまとめてこの国を守って……勉強しか取り柄のない私とは大違い……」
気づけば口にしていた。
「……あ〜……、お嬢さんのことは噂で聞いているよ。俺も一応貴族なんで、社交って場に出るからね」
「あ……」
隊長さんには無能な上に婚約破棄されて家を追い出されたことは知られているようで、恥ずかしくて顔が赤くなる。
「噂っていうのは、大概でたらめだからなあ! クラリオン伯爵家の次男もバカなことをしたな」
隊長さんは立ち上がり、私の側までやって来ると、その大きな手で私の頭をポン、と覆った。
その瞳は優しくて、イリスと同じように私を心配してくれている目だった。
「クラリオン伯爵家の次男が何だって?」
横で見ていたアドの目が据わっていた。
「えっ? いや、婚約破棄されて――」
アドの圧に押されてつい口を滑らせてしまう。
「婚約!? お前、男がいたの!?」
「いや、だから婚約破棄されて、今は妹の婚約者だから!!」
何故かいかがわしい表現に聞こえるアドの言葉に、これまた言い訳じみた言葉のように私が叫ぶ。
「じゃあ、今はその男と関係ないんだな!?」
その辺りのことは調べられてなかったんだな、と思いつつ、私はアドに頷く。
「……そうか」
少しホッとしたような表情を見せたアドに、また彼を心配にさせたかな? と思った。
「私はアドの家庭教師だから、どこにもいかないし、途中で放り出したりしないよ? 婚約者がいようがいまいが……」
「だから! お前は、俺を子供扱いすんなっ!!」
……また怒られてしまった。
「へえ?」
そんな私たちを見た隊長さんがニヤリと笑う。
「ほー、へー、アドが、ねえ? ふうん?」
「うっ、うるさいな!!」
今度はアドの頭をぐしゃぐしゃしながら笑う隊長さん。アドは真っ赤になりながら怒っていた。
(おお、さすが隊長さん!)
二人の仲の良いやり取りを見て、年下の扱いというものが勉強になった。
(私も隊長さんみたいに、素敵な師弟関係目指すぞ!)
ニコニコと笑う私の考えを見抜いたのか、アドがブスッとした顔でこちらを見て言った。
「お前……
「酷いなあ、アド」
隊長さんを指差すアドに、彼がガハハ、と笑う。
(うーん、やっぱり私には難しいか〜)
二人の関係がうらやましいな、と思った私は何故か淋しく感じた。
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