米つぶヒーローマン

レモン奏ト

一合目

1膳目

「企業秘密って……お前、一体なにもんなんだ? 変な仮面被りやがって。ムカつくんだよ。腹正しいったらありゃしねー」


 餅のように伸び縮みする、純白の餅のようなもので拘束された男は僕を訝し気に睨む。



 米粒型のプラスチック製の仮面の額に、『米』と赤文字でかかれた鉢巻きをしているようなデザイン。

 両耳に引っかけて被るタイプのものらしい。耳が痛くならないための配慮なのか、引っかける箇所がガーゼで出来ているところに、作り手の優しさが感じられた。

 なんとも言えないデザインをした米粒型の仮面に、すっぽり顔を隠す僕は、声を荒げる男にビクリと身体を震わせる。

 表情はよく分からないだろうが、目の前の男を恐れすぎて、半泣きモードに入れそうだ。



「僕は……こ」

 僕は恐怖と戸惑いで言葉をつまらせる。



「こ?」

 ますます苛立ちを露わにする男は、僕の言葉を急かすようにオウム返しをする。



「こ、米粒ヒーローマンだッ‼」

 恐怖に背を押されるかのように、僕は大きな声で断言してしまう。


 嗚呼、悲しきかな。


 ネーミングセンスを疑ってしまうほど、ダサいヒーロー名を携えたヒーローが今ここに、誕生してしまった――。



 ◇


 真面目に授業を受けた帰宅部の僕は、本日も直行で帰宅する。

 土曜は家に引き籠り、日曜はお小遣い稼ぎとして親戚の子供の家庭教師をしている。

 学生の楽しき土日をそのように過ごしていることから、友達がいないことを想像出来るだろう。



 大学をコンセプトとして作られ、隣町から通う生徒が仲間入りする中学校。僕はそこでなにかが変わると考えていた。


 友達ができたり、部活仲間が出来たり、はたまた恋愛して彼女が出来る――そんなことを思い描いていた。だが現実は甘くなかった。



 ヘアスタイルを変えれば何かが変わるかと思い、軽い雰囲気のマッシュべーススタイルにしたものの、顔をさらすことには抵抗があり、前髪は目元にかかるほど長い。


 僕にとって前髪は精神的バリアのようなもの。ヴィジュアルの軽さより、心の軽さを重視する方が大切なのだ。



 髪型で何かが変わったかと言われれば、強い意志のないまま髪型を変えたところで、内から変わらないと大きな変化は起きない。と痛感する結果を得ただけだった。

 今朝だってそうだ。


 杖をついたお年寄りが辛そうに電車で揺られていたことを気づいていながら、席を譲ることが出来なかった。席を譲ろうと声をかけることを何度も試みたが、結局は出来なかった。喉で言葉が詰まってしまうのだ。



 掲示板に貼られてある、クラブ入会希望者募集チラシを何枚か見かけたが、自分から入ります! とは言えずに学校が終わった。


 学校は黙々と勉強に勤しむしかないため、塾に通っているのと同じだ。

 ありがたいことに、大きな外傷を及ぼすイジメはないが、空気と同じような存在でしかなかった。



 帰宅する際には、駅前で具合が悪そうな女性を見かけたものの、それまた声をかけられず、そのまま帰ってきてしまった。


 なんという駄目人間なのだろう。と自己嫌悪に陥る。



 小さい頃には、僕にも夢があった。



 ブラウン管の向こう側にいる、仮面を被ったヒーロー。


 誰にでも優しくて、困っている人にはサッと手を差し伸べられ、悪い人達をやっつけられてしまうほど強くて、カッコいい――そんなヒーローになりたかったんだ。


 そんなヒーローみたいな人になることが夢だったのだ。



「どうしよう……」

 学校帰りスーパーに寄っていた僕は頭を悩ませていた。両手には一番安いお米を抱えている。



 目の前には目立つ赤色の縦字で、【ヒーロー米】と印刷されていたパッケージのお米があった。



『期間限定の一点物。

 見つけた貴方は選ばれしヒーロー(仮)です。

 さぁ、これを食べて貴方もヒーローにッ‼』

 と言う謳い文句まで書かれていた。



 中学二年にもなって子供ぽいと言われるだろうが、幼い頃ヒーローに憧れていた僕にとっては、気になって仕方がない。



「ヒーローかぁ」

 零れた声がどこか切なげに響く。


 これを食べればヒーローになれる! だなんて微塵も思ってない。ましてや、期間限定品や一点物に目がないッ! というわけでもない。ただきっと、心のどこかで夢を捨てきれていないのだろう。



「これも、なにかの縁だし……」

 と理由をつけて購入に踏み切る僕は、手にしていたお米を手放し、ヒーロー米を抱えてレジへと向かうのだった。

「……」

 右手にしゃもじを手にした僕は、炊飯器の前で呆然と立ち尽くしていた。



 僕はいつも通りお米を炊いた。

 奇妙なことはしていないし、起きていない。だが今この瞬間、奇妙なことが起きてしまっている。



「だ、誰?」

 顔を引きつらせ紡ぎだした言葉は、驚くほどに震えていた。


 炊飯器の中では、炊き立てご飯の他に見たこともない物体が炊き上がっていた。



 腰辺りまで伸ばされた漆黒の髪。白米のような色白でツヤのある肌。牡丹の刺繍が美しく施された赤を基調とする十二単。小さな十二単に身を包む、小さな小さな女の子。


 おとぎ話から飛び出してきたかのような小さな小さな女の子は、ふかふかの白米をベッドのようにして、なんとも気持ち良さそうに眠っていた。

「んっ……」

 小さな小さな女の子は、か細いうめき声を溢しながら寝返りを打つ。

 思わず右手に握っていたしゃもじでファイティングポーズを取る。



「……目を、覚まさ……なければ」

 二度寝に入りそうな身体を無理やり起こし、重そうな目蓋を開けては閉じてを繰り返す小さな女の子。お米の上で眠っていたはずなのに、顔や着物には一粒もお米がついていない。



「ふわぁ~」

 綿菓子のようにふわふわした欠伸を一つ溢した小さな女の子は、のろのろと立ち上がる。



(ぉ、起きた……)

 緊張で生唾を呑み込む僕は、息を潜めながらその様子を見守り続けた。



「キャッ! なッ……なんなのですか⁉」

 僕に気がついた女の子は震えた声で言いながら、少し取り乱し気味に後ずさる。その声は鈴蘭のように小さく、とても可愛らしい声であった。



「ぃ、いや……それは、僕のセリフなのですが……」

 僕は苦笑いしながら冷静に突っ込む。



「貴方は、いったい何者なんですか?」

 と、これまた冷静な問いを付け足す。


 僕はけして肝が据わっているわけではない。むしろ肝を摂取したいほど肝が据わっていない。

 ただ今の現状はとても現実とは思えず、どこか夢の世界だと感じているのだ。

「ぁ、し、失礼いたしました‼ つい取り乱し我を忘れてしまい……」

 小さな女の子は恥ずかしそうに頬を赤らめて謝った。かと思えば、お行儀よく正座をして、乱れた艶のある綺麗な長い黒髪を手櫛でそっと整える。



「ご、ご紹介が申し遅れてしまいました。ご無礼をお許し下さい」

 小さな女の子は、お米の上で深々と頭を下げる。


 その一連の動作にはどこにも無駄がなく、とても優雅で美しい。

 その動作に目を奪われた僕は反応がおくれてしまう。



「いやいや、そんな、ご丁寧に……。お頭をお上げて下さいませ。米粒がお着物についてしまいますよ?」

 僕は恐縮したようにそう答えるが、小さな女の子の口調に合わせようとするばかりに、”お”が多い、少しおかしな言葉遣いになってしまう。



「では、失礼させていただきます」

「えっと、貴方はどういう人なのでしょうか?」

 僕は頭を上げた小さな女の子に不安げに問う。


「私は人ではありません。お米の妖精なのです。私に……」

「えぇッ⁉」

 小さな女の子の言葉を飲み込むかのように、僕の驚きの言葉が重なる。



「こ、米の妖精? え? 妖精ッ⁉ いやいや、嘘だって。妖精なんているわけない」

 身構えていたとはいえ、本当に“妖精”などというファンタジーパンチを受けてしまっては、必死に保っていた平常心は簡単に崩れ落ちる。


 僕は小さな女の子の言葉を最後まで聞かず、半ば叫ぶようにそう言いながら後ずさる。


 滑り止めのついていない灰色の靴下は、氷上のスケート靴のごとくフローリングを滑り、盛大に尻もちをついてしまう。



「痛ッ」

 芸人顔負けの尻もちに痛みに顔をしかめるが、意識はすぐに妖精へと向く。


「つ、疲れが溜まっているだけだ。妖精なんているわけない」

 そう自分に言い聞かせながら、ヨロヨロと立ち上がる。


 そろりそろりとした足取りでもう一度炊飯器に近づいた翔太は、恐る恐る中身を覗き見る。


 変わらずそこにいた小さな女の子は、可愛らしく微笑んで見せた。



「やっぱりいるーッ‼」

 両手で頭を抱えた僕は、この世の終わりだとばかりに叫ぶ。

 両親がまだ帰宅していなかったことが不幸中の幸いだ。



「そ、そんな大声出さないで下さい」

 ビクリと肩を震わす小さな女の子は不愉快そうに眉間にシワを寄せ、両耳に掌を当てて塞ぐ。



「よ、妖精がいる。嘘だろ? しかも話してるし……。あぁ、妖精……米、み、見える、妖精が……みえ……」

 僕の頭は混乱しすぎたようだ。


 眩暈をおこす翔太は徐々に平衡感覚を失ってゆき、バタンッ! という音と共に、仰向けで倒れてしまった。



 ◇





♪ピロン。ピロン♪

 気絶して五分後、スマホから通知音が鳴る。



「うッ……」

 小さなうめき声と共に意識を取り戻す僕は、這いつくばるように上半身を起き上がらせた。



「あれ? 僕なんでこんなとこで寝てるんだ? なんかしゃもじ転がってるし」

 上手く回らない頭を半ば無理矢理叩き起こす。打ち付けた背中や頭などを擦りながら、フラフラと立ち上がる。額からは冷や汗が流れており、まるで悪夢から目覚めたかのようだ。



「えーっと……。ぁ、そう。確かお米の妖精だかなんだかが現れたんだっけ! でもあれだね。あれは夢だったんだ。僕寝てたし。そもそも妖精なんているわけないもんね!」



「ヒーロー。ヒーロー(仮)死んでしまったのですか?」

 悪夢の数分間として自己完結しようとしたのも束の間、鈴蘭のような声音が響く。


 悲しきかな。

 これは悪夢ではなく現実だった。

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