クラスメイトと一日一時間、恋人になる話

ハルカ

一日一時間の恋人

第1話

「……痛い。ホント容赦ないな、あいつ」

 やつに蹴られた背中を撫でて、僕、榊原さかきばら あきらはため息をこぼす。

 今僕が在籍しているのは少し名が通った、風評もそこそこの進学校。

 ——のはずだった。

 二年生にあがってから、知らず知らずのうちに、僕はいじめの対象になった。時には殴られ、時にはカツアゲされて、教室では誰から話しかけることもなく。まさにカースト最下位。

「まあ、殴られるのもカツアゲするのも同じやつだけどな」

 何か悪いことをしたわけじゃないのに。恨みでもあるのか、僕に。

 普通に暮らして、普通でありたい。信条としてそれを掲げる僕に対し、これらのことははっきり言って面倒くさいし嫌になる。

 蹴られたどころがあんまりにも痛いから、いっそのこと体育の授業をサボった。こういう時だけ真面目になるのは損になる。

「別に…今日は特別だし、体育の授業終わったら帰るから」

 ぽつりと呟いて、屋上にいる僕は、目を細める。

 気持ちのいい日差し。春風は頬を撫で、僕をまどろみへと誘う。

「……」

 …………。

「……くん」

 ?

 誰かの声がする。ていうか、寝たのかな僕。

「……んん」

 目を開けたいが、あまりの気持ち良さで瞼が重く感じる。

 ——誰かに触れた。柔らかくて、暖かい。いい香りがする。花の香とは少し違う、もっとこう……そう、女の子の香りだ。

 誰かな? いや、違う——

 どうしてこんな時間に人が? 授業時間なんだけど。

 思わず目を開く。

「あらら。起こしちゃった? ごめんね。でも授業はもうすぐ終わるから、起こさなきゃね」

 残念そうな声だ。女の子の声。

「……だれ?」

 日差しが眩しくて、相手の顔がよく見えない。

「おはよう。よく眠れた?」

 鈴のような声。いや、覚えはあるぞ。確か同じクラスでよく……

「……かたくら……さん?」

 同じクラスの片倉かたくら あかねさんだ。でも、どうして彼女はこんな時間に、ここにいるのか。

「そ、片倉茜だよ。あなたのクラスメイト」

 日差しに慣れて、ようやく見えたのは、片倉さんの微笑む顔。そして気付く、彼女はいま、僕に膝枕をしている事実を。

 あまりの気持ち良さで気付かなかった。

「わあっ!」

 驚くの余り、思わず叫びだす。

「わわっ。どうしたの、急に」

 片倉さんは不可解な顔をする。

 いやいや、聞きたいのは僕の方なんだけど!

 どうしてクラスで一番人気の片倉さんが、僕に膝枕してくれてる? 教室で一度も話したないのに。

「……どうしてここに?」

「気になるから。榊原くんが教室から出て後いなくなったじゃん」

「体育の授業をサボるくらい別に。それに君は……」

 僕と無関係じゃないか、と言いかけただが、やっぱりやめた。

「君は?」

「……何でもない」

「ま、いいけどね。でもここにきたのは、別に体育の授業をサボった君を𠮟りに来たなんかじゃないから」

 強く否定する片倉さん。

「なら……」

「蹴られたんでしょ?」

 そう言って、片倉さんは僕の背中を触る。先ほどまで痛かった背中は、暖かい温もりを感じた。

「…そうだけど」

 どうやら見られたらしい。まあ確かに、あれはひどかった。飛び蹴りで背中に命中だなんて、普通はなかった。

「心配だから。あれ、痛かったよね」

 片倉さんの表情が少しばかり、悲しく見えた。多分本当に心配しているだろう。僕としてはすごく嬉しい。でもこの状況がまったくわからん。

「……心配しても膝枕は普通しない」

「したいから。駄目?」

「駄目……じゃないけど」

 火が出るほど顔が熱くなった。なにこれ、まさかドッキリなんかじゃないよな? 明日ネタにされたら僕、立ち直れないかも。

「ならいいじゃん」

 なんか楽しそうに、片倉さんは笑った。

 ますますわからん。でも、先ほどやつらに蹴られたどころ、もう何事もなかったのようになった。

「……ありがとう、来てくれて」

 そう言って、僕は体を起こし、片倉さんから離れた。

「どういたしまして。あ、もういいの?」

「もういい。片倉さんこそ、足、痺れない?」

「全然。あ、そうだ榊原くん」

 立ち上がった彼女は服のしわを整えて、そして何か思いついたように、僕を呼び留めた。

「今度の体育授業、まだここに来てくれないかな」

「どうして? サボりじゃないか」

「話、あるから」

「何の話?」

「大事な話。必ず来なよ」

 大事な話? 本当に何から何まで分からなくなってきた。頭がぐちゃぐちゃで、整理が付かない。

 でも片倉さんの顔は真剣だから、「はい」としか答えなかった。

「よろしい。じゃ私は教室に戻るから」

「忘れないでね」って言って、彼女はその場を後にした。


「あれはなんなんだろう…」

 夜。自室。夜ご飯を食べた後、僕はベッドに転がり込む。

 あれから僕は教室に戻り、片倉さんに話しかけることも、かけられたこともなく授業を受け、放課後を迎える。

「大事な話、そもそもそんなのあるかな」

 ——交点はないから、僕と彼女。

 もし彼女から話しかけるがなければ、きっと平行線のままで卒業を迎えるだろう。

 何から何までがおかしい。わけわからない。

「……宿題やろう。くだらないことは置いた置いた」

 宿題に没頭する僕は、結局その夜、寝付かなかった。

 翌日。

 朝ご飯食べて、支度して、家から出る。

 ——相変わらずだ。

 そう、相変わらずなんだ。

 教室に入り、席に着くまでの道も相変わらずだった。

 そしていつものように、僕の前に立つ有瀬ありせ 修二しゅうじ

「よお。昨日は大丈夫かい? ひどかったでしょうな」

 皮肉の言い方で僕に話しかける有瀬は、いったい何を考えているだろう。こういう人がを理解できない。どういうリアクションを取らせたいかな。

「……」

 無言だ。こういう時はやっぱり無言でいい。面倒が省ける。

「……ったく。つまんねえなぁ」

 言葉通りつまらなそうにしている有瀬は、僕のすねに軽く蹴りを入れた。

「……」

「無言すんなよ。ちっ」

 もう一発蹴りを入れる有瀬。

 僕は最下位で、どうでもいい存在。それにこれを大事にはさせたくないし、先生が介入するのも、親が呼ばれるのも、いいことなんて絶対にない。

「先生が来るぞー」クラスメイトの誰かの声だ。

「昼休み、わかってるよな」

 有瀬は言い捨てて、僕から離れて席についた。

 やっぱりいつも通りだ。変哲のない、僕の学園生活。

 僕は顔を上げて、前に向く。

(……え?)

 最前列の窓際席で、片倉さんが……

(僕を見てる、かな?)

 でもすぐ、彼女は顔を背け、授業の支度を始めた。

 ——きっと気のせいだ。

 教科書を取り出し、僕は考えをまとまった。

 そして、いつものようにチャイムが鳴った。


 昼休み。

 言われた通り、購買で昼メシを買って、有瀬に届ける。

 今日は殴られずに済んだから、ほっとした。痛いのが嫌だから。

 後は自由時間。

 こういう時、屋上に上がることに限る。

 こういう開放感たまらなく気にいった。

「はあー」

 深く息を吐いて、そして吸う。

 そう言えば——

(ここで、片倉さんが膝枕をしてくれたんだな)

 なんか夢みたい。

 いや、あれはきっと夢だ。

 寝ぼけて見た白昼夢だ。

(体育の授業、明日だよな)

 明日……か。

 明日になれば、全てが分かるかも。

 そう思って、僕は仰向けになって、目を閉じた。

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