俺の彼女が担任になりました
でがらし
4月 赴任
第1話 新学期のスタート
3月のある日曜日の午後、東京は渋谷の道玄坂に在るカフェでテーブルを挟んで見詰め合う男女がいた。
春の陽気に合わせながらも落ち着いた装いの美女には違いないのだが、見ようによれば女子高生が大人っぽく振る舞おうと背伸びしているかの様に見える女と、落ち着いた雰囲気を持ちながらも無理して若作りしているかの様に見える男が、誰の目も憚る事なく見詰め合っている。
「ねえ
「転勤?」
「うん。でも引っ越しとかする訳じゃないの。降りる駅が変わるだけなんだけどね」
「それじゃ、こうして
「うん、変わらないよ。私が天翔くんの彼女な事には何の変わりも無いわ」
「そして俺が美月の彼氏である事にも変わりは無いんだな」
「うん!」
「そうだ!美月の転勤祝いで遊びに行こう!」
暫し見詰め合った後、素晴らしい事を思い付いたかの様に天翔が言い出した。
「転勤祝い?」
「バイト代も入ったしさ!」
バイトと聞いて美月はこう思う。
『バイト代って、やっぱり天翔くんは学生ね』
そして転勤と聞いて天翔はこう思った。
『美月って確か就職して2年目だって言っていたよな。もう転勤か。デカい会社に勤めているのかな?』
実のところ天翔は美月の、美月は天翔の事を殆ど知らない。更に言えばお互いの年齢もハッキリとは知らない。ハッキリと知っているのは名前だけだ。
この2人、お互いに隠しておきたい事が有った為、聞くに聞けなかったのだ。ブーメランは避けたい2人だった。
この2人、それぞれお互いの事は会話を通して得た情報から推測するしかなかった。
それだけの情報で恋人と言えるのか、世間一般的には甚だ疑問ではあるが、2人がそれぞれを恋人だと思ってから半年になる。
『美月は(高校を)卒業して就職して2年経つって言ってたから20歳か。今度21だから、今度高校2年生の俺より4歳上か』
『天翔くんは今(大学)1年生って漏らしてた事があったから、ストレートなら19歳よね。大学を卒業して2年経っている私の最大で5歳下ね。浪人していたとしても私が年上よね』
『4歳差か。あまり年下だと思われたくないけどギリセーフか。年下として扱われたくないし、もう少しこのまま隠しておきたいな』
『5歳差か。あまり年上だと知られたくないな。でも5歳までの姐さん女房なら何とか許容範囲内よね! でも、もう少し隠しておきたいな』
見詰め合う2人の笑顔は次第に、何処かぎこちなくなっていく。
この2人、互いに相手を20歳前後にしか見ておらず、それぞれ勝手に許容範囲内と思い込んでいる。
「でも美月が新しい職場に行くとなると彼氏としては心配だよね。美月が綺麗で可愛くて」
「そんな事無いって!」
美月は大慌てで否定する。右手を顔の前まで上げて左右にブンブン振る仕草が更に天翔の心を掻き立てる。
「いや、美月は女神の様に美しいんだよ。性格だって最高だ。だから俺だけの美月でいて欲しいんだよ!」
「褒めすぎよ。でも、ありがとう」
興奮気味の天翔では、照れて俯く美月の言葉も声が小さくて最後は聞き取れない。
しかし実際に美月は待ち合わせの時間に天翔が遅れようものなら、たちまちナンパのターゲットにロックオンされる。
美少女を思わせる顔立ちは実年齢よりもかなり若く見え、ふんわりとウェーブの掛かったしなやかで長い髪、スラリと長い手足に細身の身体。
天翔が「女神」と言うのも、過剰な程に心配する事も無理はないのかも知れない。
「そうだ! 美月は綺麗過ぎて心配だから新しい職場には変装をして行ってくれ。例えばダサい伊達眼鏡を敢えて掛けるとか髪型を変えるとか」
「えっ?」
「ダメか?」
「天翔くんがそう言うなら」
俯き小声で答える美月を天翔は更に愛おしく思った。
それから2人のデートは、ダサい服と伊達眼鏡を購入する為に渋谷の街を回る事になった。
目的は兎も角、美月は天翔と居たかったし、24歳にして初めて出来た彼氏の言う事に従いたかった。
「ダメだ。ダサい眼鏡を掛けても美月が可愛く見える!」
「でも眼鏡ってそんな効果有るの?逆効果じゃない?」
「場合によるかな。俺も学校ではそれこそ分厚い眼鏡をしてる。人間関係がうざくて敢えてダサくしているんだ」
「それじゃあ、この顔の天翔くんは私だけが知っているのね!」
天翔の放った答えに疑問を抱かなくもないが、自分だけが知っている天翔の一面が有る事が美月には堪らなく嬉しかった。
しかし不必要な人間関係を築きたく一心から、学校では暑苦しい眼鏡を掛けている。これで少なくても容姿を根拠に交友する者とは関わらずに済む。
今日の様に美月と会う時には外しているのだが、うっかり美月とデート中に逸れてしまうと妙齢の女性に逆ナンされる事も珍しくない。
天翔自身は逆ナンして来る女性に対して興味は1ミリも無いのだが、その現場を遠目に見た美月が可愛く拗ねる姿を拝めるので、逆ナンはそういう意味で重要なイベントだ。
そんなこんなでこの日のデートは、オシャレアイテムとしての眼鏡とは程遠い大きな黒縁眼鏡と色気も何も無い服を数点買ってショッピングは終了した。
「仕事大変かも知れないけど美月は頑張れる人だって俺は知っている。こうして会った時でも電話でも愚痴でも何でも言ってくれ! 幾らでも聞くから。美月が愚痴をこぼす事に疲れるまで。それ以外でもどんな事でも何でも美月の力になってみせるよ!」
「ありがとう天翔くん。頑張ってみるね」
○▲△
数週間後、ソメイヨシノが殆んど散ってしまった東京は目黒区に在る公立高校の始業式に2年生の蒼井天翔は臨んでいた。
「それでは新たに本校に赴任された先生方を紹介します」
天翔は、教頭に促され赴任の挨拶に壇上に上がる数人の教師の中の1人を見て、どうしようも無い違和感を感じた。
「えっ、あの、
壇上でしどろもどろになりながら挨拶するその女性英語教師は、天翔の選んだ大きな黒縁眼鏡を掛けていた。
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