第245話 みんなで分け合って

 245 みんなで分け合って


 屋台を返却するのはフェルに任せて、僕は少し買い物をして帰る。

 フェルとはいつものようにエドさんの屋台で待ち合わせることにした。


 大きめの保存用の瓶を買い足した。デミグラスソースやトマトソースなどをたくさん作り置き出来るようにしておきたい。

 今日は思った以上に試作の料理を食べにきた人がいたからもっと多めに作っておこう。


 油紙を追加で買い足して店内を見て回る。ついつい欲しいものに目が行くけど、ゼランドさんの商会でも買えるかと思うと我慢しようという気になってきてしまう。

 便利なものはいっぱいあったけど買うのはもう少し考えてからにしよう。


 食器をもう少し買いたいな。

 そういえばサンドラ姉さんが独立するって言ってた。新しく始めるお店で使える食器を贈れば喜んでくれるだろうか。

 今度時間がある時にデイビッドさんのお店に行ってみよう。


 エドさんの屋台に急いで行ったらフェルはまだ来ていなかった。良かった、待たせるよりかは全然いい。

 エドさんと他愛のない話をしていたらフェルが戻ってきた。

 今日のオススメと前に買ったブドウとキウイの果実水を買う。


 部屋に戻って今日の帳簿をまとめると、シャワーから上がったフェルの髪を乾かしてあげる。

 髪の毛を乾かしながらフェルといろんな話をする。

 

 そろそろ夕飯を食べようかと思っていたらノックの音がして3男が来た。ガンツたちも一緒でみんなで夕食を食べに行く。


 食堂の席に着くと3男が大きな包みを渡してきた。


「これ、渡すの遅くなってごめんねー。実は母から持って行くように頼まれたんだー。遠慮しないで受け取ってくれる?どうしても持って行けって聞かなくてさー。帰ってきてからでいいじゃないとか言っても全然話を聞いてくれなくて、とにかく母が大騒ぎしてたんだよ」


 なんだろう。

 あとで部屋で開けてと3男が言うのでとりあえず食事を注文することにした。


「生の魚は今日は無いのかー。前に来た時は海鮮のトマト煮込みを食べたんだよー。あれは絶品だったなー」


「それも美味しそうだね。でも最近お米の料理を出すようになったんだ。この魚貝のリゾットなんかはこないだ食べたけどすごく美味しかったよ。あとは鶏肉をつかった料理だね」


「鶏肉なんで王都でも食べられるじゃない。せっかく領都まで来ているんだから、普段食べられないものがいいよー」


 3男め。チェスターさんの鶏肉の味を知らないな。ちょっと困らせてやろう。

 

「その気持ちはよくわかるけどね。でも良いのかな。その鶏肉はエドさんの幼馴染が育てた、すごく味が良くて大人気の鶏肉なんだよ。人気がありすぎてなかなか食べれないんだよー」


「ケイくん……そんなこと言うなんてひどいよ。メニューを選べなくなってじまったじゃないか。本当にここの料理長の作るものはなんでも美味しいからねー。困ったな。ねーどうしたらいいと思う?2つ頼んじゃってもいいかなー?」


 3男が普段見ないような顔で悩んでいるのを見て思わず笑ってしまった。

 これ以上いじめるのも可哀想だ。


「3男、いくつか料理を頼んでみんなで分け合って食べることにしない?僕とフェルもよくやるんだ。ねえ、ガンツもそれで良いよね?」


「ワシは構わんぞ。むしろその方が酒のツマミにはちょうど良い」


 お弟子さんたちもフェルもそれで良いみたいだった。

 それを聞いた3男が嬉しそうにどんどん食べたいものを注文し始めるので、食べ切れる量にとどめるようにみんなで全力で説得した。


 まだ飲んでいくという3男とガンツをいつものように放置して厨房に向かう。

 厨房の一角を貸してもらってデミグラスソースの仕込みの続きからを始める。


 1番フォンで出た出汁がらとタマネギ、ニンジン、セロリ、赤ワインを入れてゆっくり煮込んでいく。ニンジンは丁寧に洗って皮をむかずに使う。タマネギはよく炒めて、セロリは軽く火を通すくらいで鍋に入れる。赤ワインを買い忘れていたので厨房でわけてもらった。

 煮立たせてしまうと台無しになってしまうから火加減には注意する。


 取り分けていた1番フォンは冷えて固まった油をざっくりと取ったら弱火で少し煮込んでおく。

 これも煮立たせてしまうとよくないから気をつけなくてはいけない。


 手早くソースの仕込みの支度をしたら鯛めしの試作だ。

 スティーブさんとデミグラスソースの仕込みをしながら今日の方針を話し合っていた。


 鯛の持つ旨みを引き出すこと。そして臭みはできるだけ抑えてその力強い出汁の美味しさをできるだけ前に出すようにする。


 スティーブさんが捌いてくれた鯛の頭、中骨、身の部分を丁寧に焼き目をつける。作業をスティーブさんに見てもらいながら焼き目をつけるやり方のコツを教えてもらった。


 鯛の頭の部分だけはしっかりと焼く。

 身の部分はお酒を少し振りかけておいて出汁が取れる直前に焼くようにする。

 中骨はスティーブさんの指導通りに骨から旨みが逃げないギリギリまで炙った。


 内臓は使わない。頭と、炙ってから少し手で折った中骨を使う。昆布出汁であとはざっくりと切った生姜と一緒に煮込む。

 余計な香草は使わない。足し算引き算とはまた違う考え方なんだと思う。

 素材の味を引き出す作り方。

 

 主題をおいて目指す味の方向を決めたら、下準備から入れる食材はその目的の味を際立たせるために調理を進めて行くのだ。

 これはきっと和食の考え方だと思う。本当は素材の吟味から始めるのだろうけど、幸せなことに領都の市場からいい食材を集めることができている。

 素材に感謝、というか関わってくれている皆さんに感謝かな。とりわけセシル婆さんの野菜にはハズレがない。おっちゃんのところの鯛も今日のは特別いいみたい。


 お米の準備をして合間にアクを取る。

 思い出すのは師匠から言われたことだ。

 一度ビーフシチューのアクをとりすぎて失敗してから、師匠が時々アクの取り方を実際に見せてくれる時があった。

 あの時は自分でやった時のことと、その都度師匠のやり方を横で見たことで感じたものを組み合わせて、自分のやり方を少しづつ修正していった。

 ただ、ぼーっと見てると怒られるから、何か他の作業をしながら必死に覗き見してたのだけれど。


 デミグラスソースを作りながら師匠の作り方を思い出していたせいだ。

 仕事の合間にちょいちょいっと師匠はデミグラスソースのアクをとり火加減を調節する。

 猿みたいにそのやり方を真似しただけなんだけど、やってみると実際、何か分かりかけてきたものが今、自分の中にある。


 並行してデミグラスソースも見ていたらスティーブさんが少し笑っていた。

 スティーブさんは仕事のやり方が僕が師匠にそっくりだと言う。

 

 失礼な。あんなに怖い顔してないぞ僕は。

 背中が似てるってどういうこと?


 鯛からとった出汁は薄く塩味をつけて、お吸い物にするには少し物足りないくらいの薄味にする。このくらいの味付けが仕上がった時に効いてくるはず。

 昨日ソースの仕込みを手伝ってくれたエミリオさんが、手が空いたからと言って調味料の分量を記録するのを手伝ってくれている。

 味見をしながらエミリオさんが鼻の穴を膨らませながら、なるほどー、なるほどーってさっきから繰り返し言ってる。


 鍋に浸水させておいたお米と出汁、鯛の切り身。その中に醤油をひと回し、隠し味程度だ、かけ入れて少し混ぜる。

 鯛の出汁の香りがいい。きっと美味しく炊けるはず。

 お酒とみりんを少しだけ足して鍋を火にかけた。


 ご飯が炊き上がるまではひたすらソースとの仕込みをする。もちろん明日屋台で使うものも準備しながらだ。

 はじめはみんなが手伝おうとしてくれていたけど、ひたすら作業に集中してたらみんな少しずつ離れていってしまった。なんか邪魔しちゃ悪いと思ったみたい。

 おかしいな、いつも店でやってるよりもゆっくり作業してるはずだけど。


「ケイくん……。王都のクライブの店は人が足りていないのかい?1人で5人分の作業をしているように見えるんだが……」


 スティーブさんが呆れたように言う。

 よくわからなくてきょとんとしてしまった。


「確かに……人手は足りてないかもしれません。でもそういうものじゃないんですか?新しく入ってきた従業員も見習いもいるけれど、基本的に僕が一番下っ端ですから。なので人より多く作業をこなそうとは思っていますけど……」


「あのね、うちの従業員は16人もいるんだよ。それぞれ役割を分担してお客様の料理を作っている。だけど宿泊するお客様の人数には限りがあるからね。客数で言ったら小熊亭より全然少ないんじゃないかな。それでもみんな一生懸命働いてやっと回せているんだよ」


「小熊亭は単価が安いですから。恥ずかしいくらいここと比べるとほんとに規模が小さくて。すごく混んでる日でも純粋な売り上げは銀貨15枚も超えないんじゃないですかね。お酒の分はよくわからないですけど、料理だけならそのくらいなはずです。だからいろいろやらないと間に合わないんですよ」


「そのうちクライブに手紙を書くよ……。あまりケイくんに無理をさせるなって」


「いやいや、無理なんてしてないですから。サンドラさんの方が仕事は早いし、段取りなんかは一つ上の先輩の方が上手だし。僕ががんばるところは少しでもみんなに負けないように手を早くするくらいで……」


「ぜひうちで働いて欲しいものだけどね。でも君はそのうち自分で店を出すだろう。クライブのところなんてすぐに窮屈に感じるはずだよ。たぶんうちに来たとしても、きっとすぐにそうなってしまうのだろうな」


「仕込みがどれだけ早くたって独立なんて簡単にできないですよ。僕はなんか……もっと、なんか揺るがない自信みたいなものが欲しいんです。師匠やサンドラ姉さん。それにスティーブさんみたいな……。自分の料理みたいなものがまだわからないというか……。先のことなんて全く見えてないんです。だけど、まあ、でもありあわせのものでお酒のツマミを作るのだけは上手くなりましたけどね。最近は師匠がいるのにめんどくせーからお前が作れって丸投げされてます」


「それはクライブが君を信頼してるからだろう?クライブはそんな簡単に人任せにするような奴じゃないぞ?なにせ『鉄壁』って名前がついたのは全ての攻撃を自分が引き受けるっていうあいつの覚悟を、冒険者のみんなが認めたから付いた2つ名らしいからね。その頑固者が任せるって言っているんだから自信を持っていいと思うよ」


 なんだかくすぐったい。ついデレデレしそうになってしまうけどすぐに師匠の怖い顔が浮かんで慢心する気にはなれなかった。

 

 作業しなきゃ。

 

 照れ隠しにフォンのアクを一生懸命取るフリをした。

 

 


 

 

 

 

 


 

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