第84話 ありがとう

 84 ありがとう


「フェル。ちょっとガンツに相談したいことが出来ちゃった。今からガンツのところに行くと、帰りがけっこう遅くなっちゃうかもしれないけどいいかな?」


 戻ってきたフェルと一緒に店を出て、歩き出す前に聞いてみる。


「それは構わないが、いいのか?明日は仕事の初日なのだろう?」


「うん。だからあまり遅くならないようにしようと思うんだけど、明日から仕事が始まっちゃったらガンツのところにも行けなくなっちゃうと思うんだ。休みの日まで待ってたら落ち着かなくて仕事にも集中できないよ」


「何があったかは後で聞くとして、まずは馬車に乗ろう。とにかく早いほうが良いのだろ?」


 中央から馬車に乗って西門で降りる。ガンツの工房はそこから10分くらい歩いたところにある。


 中央から西門まで、歩けば大体1時間くらい。お金のない僕たちはできるだけ歩くようにしていた。

 ちなみに今寝床にしているスラムからゼランド商会までは歩いて30分くらいだ。その途中にいつも行く公衆浴場があり、そこから10分くらい歩けば商会に着く。


 ガンツの工房には暗くなる前に着けた。

 よかった。ガンツは工房にいた。


「ガンツ!ちょっと相談があるんだけど」


「どうしたいきなり。ケイ、ちょっと落ち着け」


 僕はさっきゼランドさんの店で起きた出来事を話した。

 一通り僕の話を聞いて、ガンツが言う。


「なるほどの。まあいつかこうなるような気はしておったが……。何にもない田舎で育ったからかの、オヌシの発想は少し変わっておる。そのあたりの自覚はあるか?」


 そう言われて僕は黙って頷いた。

 本当は前世の知識があるおかげなんだけど。


「オヌシが言うあったら便利なもの、それは単純だが、今までになかった斬新な物が多い。精米器にしても、まるでそう言う道具を実際見てきたように当たり前にオヌシは話す。実際作ってみてわかる。新しい物を作り出す時にはな、多少の失敗を繰り返して、それなりに思考した痕跡が残る物なのだ。それが一切無い、実際に作ったワシが驚いたのはそのあたりじゃな」


 ガンツはなんとなく気づいているのかな?


「良いか、ケイ。オヌシにとって当たり前のことでも、ワシらにとっては斬新に感じられることがたくさんあるのだ。気をつけて欲しいのは話す相手を間違えるなということじゃ。王都だとゼランドか、まぁ、あの放蕩息子でもいい。ワシやライツでも良いじゃろう。ギルドマスターのアイツでも良い。とにかくそういう思いつきを話す時には人を選べ。さもないと余計な混乱を生むからな」


 そう言ってガンツは優しく僕の頭を撫でる。


「ワシはオヌシのことが気に入っておる。ワシはいつでも弟子にしてやる気持ちでおるが、オヌシは他にやりたいことがあるのじゃろう?金に目がくらんだ奴らに囲われて自由を奪われるのをオヌシはひどく怖れている」


 フェルは静かに聞いている。フェルも僕が変な奴だって思っていたのかな。そう思うと少し悲しい。


「ケイ。オヌシが便利だ、欲しいと思ったものはワシらにとっても便利で必要な物だ。ピーラーにしても、子供でも使える安全なものにしろと、あの時オヌシは言ったな。それは身寄りのない孤児でも厨房で何かしら仕事ができるという可能性を生む。見習いで厨房で働く子供も出てくるかもしれん。オヌシは何気なく言ったつもりじゃろうが、ワシは正直心が震えた。良い道具とは何かということを、あの時ワシは改めて考えさせられたのだ」


 そう言って、ガンツは立ち上がりお茶を淹れに行く。


「フェル。僕っておかしいかな?フェルから見て僕が気持ち悪いって思ったりすることあったりする?」


 フェルは柔らかく微笑んで、


「そんなことは一度も思ったことはない。ケイの思いつきは誰かを不幸にするようなことが一切ないのだ。私はそれをいつも感心しながら見ている。ケイの考えで進めたことは必ず誰かを幸せにする。これまでケイと一緒にいて、私はそう感じている。きっと性根が優しいのだな……そういうの良いと思うぞ」


「ありがとう。フェル。そう言ってくれて嬉しいよ」


 そう言ったけれど、前世の記憶のことはフェルに話していない。隠し事をしている後ろめたさで、上手く表情を作れなかった。

 ガンツがお茶を持ってくる。


「ケイ。ちょっとこの国の特許の話をしておこう。オヌシは少し常識を学んだほうが良い」


 失礼だ、ガンツ。人を非常識扱いして。でも確かに。けっこうな田舎にいたから国の決まりとか、実はよくわかってない。


 王国では優れた発明、発見を保護する目的で、特許が認められている。

 国で、というよりはその特許や新しい料理のレシピなどを商業ギルドが全て管理している。商業ギルドがある周辺国全体でその特許は認められているらしい。

 その特許のことを技術登録というそうだ。


 例えば誰かが画期的な商品を開発したとする。真似されないように、申請から10年間は、それに似たようなものを作った場合、特許を持つ人に特許料を支払うことになっている。

 特許料を高くすれば10年間は利益を独占できる仕組みだ。

 

 ところがその特許料は自分で自由に設定できるのだ。この特許料を最低額、ガンツが言うには銅貨1枚らしいが、そう設定することで、商業ギルドを通じて広く世界中にその技術や製法を広めることができる。

 こういった特許料を最低額にする人は一定数いるらしい。この技術は広く一般に広めたほうが良いと思ったら、そうやって特許の登録をするらしい。

 王国政府でも同じ意図で安く設定した特許をいくつか登録しているとガンツは言う。


 特許料最低額にしたとして、商業ギルドに払う手数料を差し引くと、実際入ってくる金額はそこまで大した額にはならないそうだ。それでもたぶん僕にとっては結構な額だと思うのだけれど。

 ちょっと僕の名義で特許申請は怖いな。


「ゼランドにもよく言っておく。ケイはこの思いつきで金を稼ぐ気はないのじゃろ?出来上がったものをもらえれば、それで良いと思ってるのではないか?」


「うん。もらうっていうか、ちゃんとお金を払って買うよ。だって注文したのは僕だから」


「そのあたりはゼランドとしっかり話す必要があるの。ピーラーと泡立て器、それと精米器はワシの方で申請しておいた。最低料金でな」


「ありがとう。なんか手間かけてしまってごめんなさい」


「良いのだ。その特許料が少しずつ入ってくるから、その金でまたお前に何か作ってやる。遠慮せずになんでも欲しいものがあればまた言うといい。オヌシが思いつくものは良いものだと、ワシはそう勝手に思っとる。誰かが幸せになるそういうものだとワシも思っておるよ」


 ガンツにそう言われると、嬉しくもあり、少し恥ずかしくもある。


「良いか?くれぐれも話す相手には注意するのだぞ。オヌシの周り全ての者がお前の味方ではない。今回はゼランドにワシが釘を刺しておく。ケイを商売の道具にするなとな。あの3男坊は良いじゃろう。彼奴はお前に迷惑をかけるようなことなど決してしないはずじゃ」


 そう言ってガンツが優しい顔で微笑む。

 ほんと、じいちゃんみたいだな。じいちゃんも僕の思いつきを真剣に聞いてくれた。

 一緒にいろいろ試行錯誤して料理を作ってくれたこともあった。僕の説明不足だったり、手先が思うように動かなかったりして、納得のいくものが作れなかったりしたから。

 でもじいちゃんはただの子供の戯言だと、無視せずに僕がやりたいことを真剣に叶えようとしてくれた。

 村に友達がいなくても、じいちゃんと一緒にいれば僕はそれだけでよかった。

 じいちゃん今頃どうしてるかな?そうだ手紙を書こう。いつ届くかわからないけど、ガンツとか、ライツとか、3男とか、いっぱい友達ができたよって書こう。それからフェルのことも。


 フェルはいつの間にか僕のそばにいて、優しく肩を抱き締めてくれていた。

 フェルの方を見て、できる限り優しい顔で微笑んだ。


 ありがとう。



















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