第17話 サンダル
17 サンダル
交代でユニットバスの中で着替えをして、準備ができたら部屋を出る。
なんだか今日はフェルの機嫌がいい。
久しぶりに髪を洗えたからだろうか。
朝食を食べてお茶を頼む。僕はコーヒーをフェルは紅茶を頼んだ。
コーヒーはコーヒーなのか。
名前についてあんまり深く考えるのはやめよう。そういう物だと受け入れよう。
誰が名前をつけたんだとか調べ出したりしたらなんか危険な気がする。
お茶とコーヒーは別料金だったけど、1杯銅貨2枚でゆっくり朝の時間を過ごせた。
時間がきたので門に向かうとまだ出発の15分前なのにもうみんな揃っていた。
明日はもう少し早く集合場所に行こう。
御者のおじさんに割符を見せて馬車に乗り込んだら、間を置かず護衛の人も乗ってきて馬車が動き出した。
昼休憩はリンゴを食べた。朝食をしっかり食べたので、僕もフェルもあまりお腹が空いてなかったのだ。
馬車は昼休憩の後、2時間ほど馬車に揺られて次の街に着いた。
この街でも身分証のチェックがあった。
少し緊張したけど、馬車の割符を見せればいいと言われ、見せたら特にお金は取られなかった。
あの嫌な街とは大違いだ。
目についた宿屋何軒かに飛び込んで宿の設備と料金を聞く。風呂付きの宿はちょっと高かった。
4件目に飛び込んだ宿は、設備を聞くと、わざわざ部屋を見せてくれた。
清潔な部屋で、風呂は付いてないがこの宿に決めることにした。
ツインルームでひと部屋と、親切そうな宿の主人に伝えると、ツインルームがよくわかってなかった。おじさんが困ったような顔をする。
「ダブルでひと部屋、食事付きだ」
そうフェルが言うと、おじさんはほっとして料金の説明を始める。
食事をつけても2人で銅貨50枚。
お湯は廊下にある水の魔道具から好きなだけ汲んで使っていいそうだ。
大銅貨1枚をおじさんに渡して部屋の鍵をもらった。
ツインは駄目だけどダブルは通じるんだ。
何者かの悪意を感じる。
王国の宿にはツインルームはないのだろうか。
残りのお金は銀貨3枚と少し。フェルに渡した分は計算に入れてない。
部屋に入って僕はベッドにフェルは椅子に腰掛けた。
ベッドに座って、そのまま後ろに倒れ込み腕を広げて体を伸ばす。
気合いを入れて起き上がるとフェルが苦しそうな表情でブーツを脱いでいる。靴下が血まみれだ。
「どうしたの?フェル。足ケガしたの?」
「なに大したことではない。たまにこうなるのだ。回復魔法をかければほら、傷も残らん」
靴下を脱ぐと足に傷はついていなかった。
「私の靴は少し小さくてな。たまに歩き続けると靴に足が擦れてすりむいてしまうのだ。大したケガではないぞ、少しだけ派手に見えてしまうだけのことだ」
そう言いながら脱いだ靴下にフェルが浄化の魔法をかけるとみるみると血が薄くなり靴下が綺麗になる。
「いつから?痛かったでしょ。そのブーツ、フェルがずっと履いてたやつだよね」
そう言えば、フェルを助けた時、靴を脱がせたら靴下が血まみれだったことを思い出した。
特に足に傷が見当たらなかったので、その時は特に気にしなかったけど、きっと最初に飲ませた中級ポーションで足の傷は治っていたんだ。
「傷の痛みは大したことはない。気づいた時に回復魔法をたまにかければ良いだけのことだ。この靴は丈夫だしな、まだまだ履けるぞ。新しい靴なんて必要ない」
お金のことを心配してるのか、フェルはまだ自分の靴が履けることを強調して言う。
「だめだよそんなの!体に靴があってないんだ。そのままにしてたらもっと大きなケガに繋がるよ。今から靴を買ってくるから大人しく待ってて!靴って大事なんだよ!ちゃんとした靴を履かないと病気になったりするんだから!」
なんだかわからないけどお金のことでフェルに我慢をさせていたのが腹立たしくて、大声で喚き散らして宿を飛び出してしまった。
そして街の中心の方にずんずん歩いていく。
靴屋ってどこにあるのかな。誰かに聞けば教えてくれるかな?
あれ、フェルの靴のサイズ知らないや。どうしようかな?
歩いているうちに少しずつ冷静になっていく。
でも今更戻ってフェルに足のサイズとか聞けないよ。どうしよう。
市場の入り口に小さな靴屋を見つけた時にはすっかり冷静になっていた。
靴屋に入るのを少しためらってしまったけど、いまさら後には引けないと、静かに店の中に入った。
「あのー」
僕は体を小さくしながら、奥にいるいかつい感じの店主に話しかける。
「おう、にいちゃんいらっしゃい。どうした?そんなにちぢこまって」
いかつい顔をした店主はその顔に似合わない優しい声で僕に声をかけた。
サイズもわからないのに絶対靴なんか買えないよ、と思いながら言う。
「靴が欲しいんですけど」
「おう。うちは靴屋だからな。在庫にあればいいが、うちはほとんどオーダーメイドでやってるんだ。にいちゃんの靴だな。足を出してこの台に乗せてくれ。大きさを測ってピッタリのを作ってやるぜ」
「いや、僕のじゃなくって、女性用の靴なんですけど」
「なんだ?贈り物にするのか?確かにそういう注文するやつもいないことはないが。それでー、贈る相手の足の大きさとかわかるか?履いてる靴とか持ってくるのでも構わねえぜ?お袋さんにでもあげんのかい?内緒で渡したいんなら家に帰ってこっそり靴を持ってこい。片方じゃだめだ。両方あった方が足に合わせたいい靴ができるぜ」
「いや、今の靴が体に合ってないから、新しい靴を買ってあげたくて、履いてた靴を持って来ても、それは違う靴だから。それで身長はこれくらいで、足の長さはここまであるんです。体型は痩せ型なんですが、出るところはちゃんと出ているって言うか……」
「ち、ちょっと待てにいちゃん。俺は足の大きさはどれくらいだって聞いてるんだ。靴っていうのは安くない。だが体に合った靴を履くのは大事なことだ。せっかく靴を作るんだから、きちんと足に合ったものにしようぜ。大事に履けばうちの靴は一生ものだ。履いてて靴底がダメになってきてもうちに持ってくりゃただで直してやる、まぁ、うちで買った靴に限ってのことだけどな」
少し慌てて靴屋の親方が言う。親方の口調は優しかった。
「大きさは……ちょっとすぐにはわからないんです」
「にいちゃん。贈り物は内緒で彼女さんにあげんのかい?悪いことは言わねえ、贈り物を内緒にするのをあきらめて、その彼女を連れてくることはできないのかい?」
「いや、彼女じゃなくてですね。僕なんか恐れ多いって言うか、美人で、可愛くて、とにかくいい子なんです」
「にいちゃん。にいちゃんの好きなやつが美人さんだってことはとりあえず置いておこう。いいか。ここは靴屋だ。残念だけど美人でかわいいってだけで靴は作れないんだ」
そりゃそうだ。恥ずかしい。ほんともう嫌だ。何言ってるんだろ僕。もう帰りたい。
ふと目を逸らせば大きな箱にいくつかサンダルや靴が入っている。
「あのー、そこに置いてある靴は……」
「あー、それは売れ残りの処分品だ、履いてみて足に合えば安く譲ってやるぜ。
にいちゃんの足だと、ちょっと待ってな。いい革のブーツがあるんだ。素材もいい素材使ったんだぜ」
そう言って親方が、箱の中の靴を取り出し始める。
箱から放り投げられる靴の中からサンダルを掴んで。
「このサンダルいいですね!僕これが欲しいです!」
そう親方に言う。
「あーそれか?にいちゃんには少し大きいと思うぜ。まあサンダルだからな。少し大きめのやつがいいって買ってくやつもいるくらいだ。
ちょっと履いてみるかい?」
「いえ!大丈夫です!気に入ったのでこれください。いくらですか?」
「いいのか?返品は受け付けないぜ?そうだな。なんかにいちゃんおもしれーから特別に銅貨5枚でいいぜ」
財布から銅貨5枚を親方に渡して逃げるように店を出た。宿の近くまで走って、買ったサンダルを見ると男性用で、けっこう大きめのサイズだ。
ちょっと痛んでるし、デザインも無骨だし。
フェルになんて言おう。無駄遣いしちゃった。親方は格安で売ってくれたけど。
ため息が止まらない。泣きそうだ。
10分ほど宿の前でサンダルを持ってうろうろしていると、宿のおじさんが出て来て僕を中に入れた。
「どうしたんだいお客さん。彼女とケンカでもしたのかい?もしも自分が少しでも悪いと思ったら、素直にそのことを言って謝るんだ。時間はあまりかけない方がいいぞ。とにかく正直に話して謝るんだ。そしたらたいていの女の子は許してくれるから」
宿の主人がなぐさめてくれる。
「彼女部屋にいるんだろ?もう部屋に戻りなさい。そして心から謝るんだ」
おじさんに背中を押されて部屋前まで来た。
ノックして声が聞こえたので中に入る。
フェルは優しく僕を迎えてくれた。
靴は履いてなかった。
「あのね、フェル。靴屋に行ったんだけどね」
やばい。涙が出そう。
「ごめんなさい。サイズがわからなかったから靴が買えなかったんだ。王都に着いたらちゃんとした靴を買うからそれまでこれで我慢して」
そう言って後ろに隠していたサンダルをフェルに差し出す。
少しの間があってから、フェルがそれを受け取り、サンダルに足を通した。
フェルの顔が恥ずかしくて見れなくて、僕はずっとフェルの足元だけを見ていた。
不意にその足が近寄ってきて、フェルに優しく抱きしめられる。ふわっといい香りがする。
だんだんとフェルの腕に力が入って、気づけば強く抱きしめられていた。
そしてフェルが背中の僕のシャツをぎゅっと握る。
ずっとしばらくそうしていた。
日が沈み、部屋の中が暗くなった頃、やっとフェルが僕を抱きしめるのをやめた。
部屋の明かりをつけてフェルの顔を見ると頬に薄く涙の跡がある。
僕もちょっと泣いちゃったからおあいこだ。
その後2人とも一切会話をすることなく、廊下で顔を洗って静かに食堂に向かった。
席に座るとすぐに料理が運ばれて来た。夕食のメニューは1種類しかないので、頼まなくても料理が出てくる。
どうしよう。フェルになんて言ったらいいかわからない。
前世の記憶もこんな時どうしたらいいか教えてくれない。
事情がよくわからない宿のおじさんがこちらをときどき心配そうに見てくる。
2人とも同時に食べ終わり、無言のまま部屋に戻った。
気まずい感じはまだ続いていて、沈黙に耐えきれなくなった僕はさっさと着替えてベッドに入った。
しばらくして髪を解かし終わったフェルが布団に入ってくる。
そんなに一緒に寝てるわけじゃないけど、いつもフェルは僕の右側に寝てた気がする。今日はその逆でフェルが左側にいる。
なんか違和感があるな。そんなことを考えてたら急にフェルが僕の左手をとって自分の頭の下に置く。
腕枕をしている感じだ。
そのまま無言でフェルは僕の胸に顔をぐりぐりと埋めてくる。
どうすればいいんだろう。
しばらくそれは続いて、なんか動かなくなったな、と思ったらフェルは静かに寝息を立て始める。
ちょうど僕の心臓があるあたりにフェルの左手が置かれていた。
その手を優しく握れば、きゅっと握り返して来た。
明日はフェルと普通に話せるようになりたいな。
フェルの体温が暖かくて、気持ちよくて、いつの間にかそのまま眠ってしまった。
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