第15話 別行動

 15 別行動 


 残りの銀貨は4枚。

 明日の宿で銀貨1枚、王都の入場税で1枚残しておくとして、使えるお金はあと銀貨2枚に小銭の残りの銅貨。

 マジックバッグから空の革袋を出してそこに銀貨1枚入れてフェルに渡す。


「少なくてほんとに申し訳ないんだけど、銀貨1枚フェルに渡しておくよ。これで必要なものを揃えて。残ったお金はフェルが持ってていいから、その残ったお金は今日の果実水みたいなものを買うときに使ってよ。足りなくなったら教えてね。追加で渡すから」


 フェルは最初は受け取るのを渋ったが、最終的には受け取ってくれた。

 やっぱり買いたいものがあったみたいだ。もっと早くこうすれば良かった。


「じゃあちょっと別行動して、お互い欲しいものを買いに行こう。僕もじっくり料理道具とか見たいんだ。フェルに気を使わないでちょっと時間をかけて選びたいから、1人の方が都合がいいんだ」


 それでは護衛が、とぶつぶつ言い出すフェルを説得して宿を出た。部屋のカギはフロントのおばさんに預かってもらった。

 店の場所を宿の人に聞いてから行くと言うフェルを残して僕はさっきの市場に出かけた。


 さっきは素通りした市場の中の道具屋街を見て回る。

 他の店に比べて質の良さそうなものが並んでいたお店で、小さめのフライパンと果実を絞る器具とおろし金をかった。


 全部で銅貨40枚を店のおじさんにお願いして銅貨30枚にしてもらう。

 

 「次はもっといっぱい買ってくれよな」

 

 店を出るとき声をかけられた。

 おじさんに手を振って店を出た。


 そのあと宿を教えてくれたおしゃべりなおばちゃんの八百屋で桃を2個買って宿に戻った。あとでフェルに果実水でも作ってあげよう。


 フロントに鍵が残ってたから、まだフェルは帰って来て無いようだ。

 今のうちに体を拭こうと思ってフロントのおばさんにお湯が欲しいことを伝えれば、「うちは全部の部屋にシャワーがついてるよ」と言われた。

 

 シャワー!あるのか!


 急いで階段を登って部屋に戻るとトイレがユニットバスのようになっていた。

 

 風呂か!湯船もあるのか!


 着替えを用意してさっそく入る。

 シャンプーはなかったが、石鹸は備えつけのものがあった。

 

 石鹸!村にはなかった。

 

 体を濡らし石鹸で体を洗う。

 あまり泡立たなかったので、一度流してからもう一度体を洗う。今度はちゃんと泡立って汚れが落ちていく感じがする。

 石鹸で頭も洗った。

 最初に石鹸を流したときお湯が少し黒かった。シャワーなんて村にはなかったもんな。僕ってかなり汚れてたんだな。

 2回洗って、少し髪がギシギシ言うがかなりスッキリした。シャンプーが欲しかったけどこの際贅沢は言ってられない。

 そして最後はお湯を溜めて湯船に浸かる。


 今世で初めての入浴に涙が滲んでくる。

 村を出てほんとに良かった。


 用意していた着替えを着て、風魔法で髪を乾かす。長年の修行の成果で、僕は少しぬるい風を出せるようになっている。

 ドライヤーの魔法だ。

 水浴びした後など体を乾かすのために練習してできるようになったけど、そこから先どう頑張っても風の強さや温度が上がらなかったことで、僕は魔法の才能のなさを痛感した。

 髪を乾かしていたらノックの音がする。

 ドアまで行ってフェルを出迎えた。


「先に風呂に入っていたのだな。宿の奥さんに風呂がついていると聞いて店で石鹸とシャンプーを買って来たのだ。宿で石鹸を仕入れている店を教えてもらってな。奥さんに教えてもらったと言ったらだいぶ安くしてくれたぞ」


 うれしそうに話すフェル。

 やはりあったかシャンプーも。

 もう驚かないぞ。


 フェルが、買い物袋からシャンプーの入ったガラス瓶を取り出して僕に渡してくる。

 けっこう高級な感じがする。


「大丈夫だった?お金足りた?」


「宿の奥さんからいろいろ良い店を紹介してもらってな。これも奥さんの友達の店で安く譲ってもらえたのだ」


 見ればフェルは腰に茶色の小さなポーチがついている。フェルはそこから僕が渡した革袋を取り出して僕に見せた。


「見ろ!いろいろ買ってもまだ銅貨40枚以上残っている。こういうふうに人に教えてもらったりすればいろいろな得する情報が手に入るのだな。改めてケイの事を見直してしまった」


 財布を振ってジャラジャラ音を立てながらはしゃぐフェル。

 他にも必要なものがいろいろ買えたみたいだ。


「フェル。ご飯の前にお風呂にする?それともちょっと早いけどご飯にしちゃう?」


「少々疲れたのでな、少し部屋で休みたい。風呂には食後にゆっくり入ろう。久しぶりに髪も洗いたいしな。さっきからケイがやってるそれは風魔法か?風呂から上がったら私にもやってくれ。私は風魔法が苦手なのだ」


 フェルの話を聞きながら、片手で風を髪に送っていた。長年の修行の成果で、両方の手から風を出せるのだ。ぬるい扇風機程度の風が限界だけど。


「じゃあ果実水でも作ろうか?あのおしゃべりな八百屋さんのところで桃を買ったんだ。見てよこの部屋、冷蔵庫もあるんだよ。水を冷やしておいてあるから冷たくてきっと美味しいよ」


「れいぞうこ?ああ、保冷庫のことか。冷たい果実水はいいな。作ってくれ!」


 シャンプーはシャンプーなのに冷蔵庫は保冷庫なんだ。言葉って難しい。じいちゃんもときどき僕の言う言葉がわからなかったりしたことあったのかな?ずっと家では冷蔵庫って呼んでた。本当は保冷庫って言うんだね。

 王都に行ったらもう少し言葉に気をつけて話をするようにしよう。


 もしかしたらもともとこの世界にあったものと、後から誰かが広めたものでその名前に微妙な違いがあるのかもしれない。

 

 この世界の住人が開発したものはその人がそれっぽい名前をつけて広まって行き、僕の記憶にあるような名前のものは、あらかじめその名前を知ってて名付けたとか。


 思えばこの部屋のユニットバスも変だもんな。ビジネスホテルによくある形にそっくりだ。転生者っていうのか、あるいは転移して来た人がいるのか、僕の前世の知識にあるようなものが普通に使われている。 

 冷静になって考えてみれば、王都が近づくにつれて、文化がいびつに感じられることが多くなった。

 

 僕はできるだけ目立たないで生きていこう。

 すごい発明なんかして、それであの嫌な街の貴族みたいなのに目をつけられたりでもしたら、一生奴隷のように働かされちゃうよ。


 決めよう。チートはなるべくしないで、目立たず無難な生き方をする。

 

 そもそもチートなんてないんだけど。


 かわいい奥さん。もちろん第一候補はフェルなんだが、フェル以外考えられないんだが。


 いつかかわいい奥さんと結婚して、静かで平凡でも幸せな暮らしをするんだ。

 これが僕のやりたいこと。目標だ。フェルには絶対相談できないけど。

 その目標に向けて頑張っていこう。

 フェルに嫌われないようにちゃんと、自制して、たとえ一緒の布団で寝たとしても襲い掛からないんだ。

 鋼のような…鉄壁の決意……なんだろな、その、それっぽい心でフェルと一緒に暮らすんだ。


 前世の僕はどうやら語彙力が足りなかったらしい。

 あんまり難しい言葉や文章は昔から苦手だった。


 決意を固めた僕の顔はちょっと変な顔になってたんだろう。フェルは不思議そうに僕を見つめて果実水を受け取った。


 桃は最終的にスプーンで果肉をほじくり出したので、おろし金は必要なかった。

 まあこれから何かに使えるからいいのだけど。


 桃の果肉を入れた果実水は冷たくて美味しかった。昼の屋台の店より美味しく作れたことはフェルの表情から充分伝わってきた。本当に幸せそうに果実水を飲むフェルが可愛くて仕方ない。

 

 カメラだ。


 この子の写真を撮るカメラが欲しい。前言撤回だ!チートの人どこにいるんだ。絶対会いたく無いってさっき思ったけど、フェルの写真を撮れるカメラが手に入るなら会いに行ってもいい。


 果肉を潰して飲んだ方が美味しいので、フェルにもスプーンを渡す。

 スプーンで桃の果肉を口に運んで、その度にコロコロ変わるフェルの表情を見ながら、これ何時間でも見てられるなと思った。













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