第42話 パーソン・ライク・ザ・ムーン!
噂のお客様は、二十代後半の男性だ。
四角いメガネ、黒い短髪、黒いTシャツに黒いスキニーパンツ。
不健康なくらい痩せていて、やや猫背なのも気になる。
なんていうか偏見マックスで言うと、ものすごく暗そうな人だ。
黒づくめの男は佐原さんに軽く会釈をすると、私とは目を合わせることもなくカウンター席を通り抜け、一番奥の席に座ってしまった。
「あ、あの……」
「外で話は聞いてる。なるべく早く終わらせて」
やはり目を合わせず、突き放すように言い放つ。
「すまないね、蒼井さん。一杯目はサービスするからさ。いつものでいいよね?」
黒づくめの男……蒼井さんが黙って頷くと、高そうなノートPCを開いて何かの作業をし始める。
趣味ごとというより、仕事をしているような雰囲気だ。
こういうのってカフェとかでよく見る光景なので、なんとなくその見分けがつくようになった。
なにもこんなところで仕事をしなくても……と思うのだけど、このバーは隠れ家的な雰囲気もあるし、ああいった干渉されたくないタイプの人には落ち着くのかもしれない。
私がそうして観察をしていると、またガチャリと扉が開かれた。
入ってきたのは和装ロックのマユさんと、カメラと三脚を担いだ浅田さんだった。
極力音を出さないよう、気を使っての入店だ。
「佐原さん。最初はこちらで勝手に撮影していきますので、いつも通りにしていただければ……」
マユさんが佐原さんに頭を下げながら、浅田さんに視線を向けて合図を送る。
すると浅田さんが、黙ったままカメラを構え出した。
「すみません。少し音、鳴らします」
浅田さんが……たぶん蒼井さんに向けてだろう、そう言ってシャッターを切り始めた。
しかしこんな空気でお酒とか飲んで、楽しいのだろうか。
私の勝手な意見だけど、そこまでして居座らなくてもいいのにと思ってしまう。
と、今度はポケットの中でスマホがブルっと震えた。
出来る限りこっそりとした動きで確認してみると、マユさんからの通知だった。
“ゴメンね。ちょっとトラブった”
あぁ〜声出して話せないから、トークアプリでってことか。
つつい〜と、マユさんが横歩きで近づいてくる。
そして二人の腕がぶつかったところで、もう一度スマホが震えた。
“とりあえず物撮りは社有車の中で撮影。こっちは店内と佐原さんを撮って、そのあと私も撮って終了。あとは合成なりで、なんとかする”
ちらりと見ると、マユさんが頭をヘコっと下げてみせた。
さーせん……って、ジェスチャーで言ってるようだ。
“全然マユさんのせいじゃないし。何なら佐原さんのせいだし。ていうかあの客、なんか嫌な感じだし”
“まぁそーなんだけどー、わりと影響力のあるお客さんだから、しょうがないの”
“影響力? インフルエンサーか何かですか? そうは見えないですけど”
無言でスマホ会話を続ける、私とマユさん。
あんまりやってると、これはこれでバレそうだ。
“とにかく穏便に。佐原さんに迷惑をかけずに。この取材が没にならないように、ね”
“そうですね。無事終わらせましょうー”
私が笑顔を向けると、マユさんは少し安堵の表情を浮かべて頷いた。
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