リベルタの覚悟

 ジャンとロキが門番に加勢した地点の上空では、トリ型のフレスヴェルグが旋回しながら戦況を見守っている。スコーピオン襲撃の報を受けたロキが提案し、リベルタも門番の男を助けたい一心で協力した。空からの襲撃を予測する者などいないから確実に成功すると語ったロキの言葉をフレスヴェルグが肯定したこともあり、深く考えずにジャンの乗るアルマを運んで空を飛んだリベルタだったが、ここに来て己の行動の危険性に気付いたのだった。


「これ、物凄く目立ってるよね」


『そんなことはありませんよ。現在空を飛ぶ機械は公的には確認されていませんから、空に注意を向ける者はほぼいません。マスコミのカメラも砂の上で戦う〝砂塵の鉄機兵〟を捉えることしか目的にしていませんからね。もし砂埃の中でもアルマを映せるあのカメラが空を剥いていたら、今頃私達が世界中のニュースを賑わせているでしょう』


 フラスヴェルグがリベルタの懸念を否定するが、現在空を飛んでいるということは、どこかで降りなくてはならないのだ。何より、眼下の砂漠ではロキがあの危険なサソリと対峙している。離れたところにはもう三機いて、そいつらもどうやら加勢しようと動き出したようだ。


『どうしますか?』


 リベルタの逡巡はフレスヴェルグにも伝わっている。短い言葉で尋ねたのは、ロキに加勢してサソリと戦うか、それともこのまま空で傍観を決め込むかの選択を彼女にさせるためだ。ロキは世界に名が轟く凶悪な盗賊のアルマ四機を相手にすることになる。だが警備隊のアルマが到着するのも間もない。このまま安全圏で見守っていても、ロキは無事に帰ってこれるかもしれない。


――それでいいの?


 誰かの声が聞こえた気がした。あるいは自分の心の内から生まれた声だろうか。そう、リベルタが悩んでいるのは、ロキとジャンの身を案じてのことではない。他ならぬ自分が、この状況で助けに入らないでいいのかという葛藤だった。戦いに参加するのは怖い。経験がないのだから自信がないのは当たり前だが、命を失うのを恐れていることに戸惑う。自分はいつ死んでもいいつもりで生きていたのではなかったか。


 空で傍観者を気取っていれば、安全ではあるだろう。だが、それでは危険な戦いを終えて帰ってきたジャンの前にどんな顔をして現れればいいのか。警備隊の加勢も見込めるのだ、やはり不慣れであっても参戦しなくては。リベルタは操縦桿を握り、トリの目を通して地上の黒蠍を睨みつけた。


「――違う!」


 いざ敵を目の前にして攻撃の意思を持とうとした時、自分の考えが間違っていたことに気付いた。自分は今、人間が乗るアルマを攻撃しようと思った。それはつまり、人を殺そうと決めたことに他ならない。それに気付いたとき、先ほどまで強く感じていた恐怖が改めて襲い掛かってきたのだ。


『……』


 フレスヴェルグは黙ってリベルタの決断を待つ。彼女が自分の意思で決めなくてはと考えていたことも、やはり伝わっていた。この状況は自らの主に重大な決断をしてもらうのにとても好都合な場面だと思っている。はっきり言って、ロキとジャンがどうなろうとフレスヴェルグにとってはどうでもいい話だ。自分を数千年の眠りから覚ました主のことだけを考えればいい。手を汚すか、それとも卑怯者とそしられようとも清い身のままでいるか。どちらを選択しても、それが主の決めた生き方なのだ。自分は全力で支えればいい。


 地上ではロキと黒蠍が戦闘を開始している。敵は名のある戦士だが、真のアルマであるロキが後れを取ることはないだろう。巧みな動きでロキに隙を作ろうとする黒蠍を、からかうような動きであしらっている。ただ、本気で攻撃しようとはしていない。恐らくあちらもリベルタの決断を待っているのだろう。


「私は……私が自由でありたいから、他人に自分の人生を決められたくないから。だから、他人の人生にも干渉したくなかった」


 あえて口に出すことで、自分の気持ちを整理しようとするリベルタ。言うまでもなく、殺人は究極の干渉である。他人の人生を勝手に変化させる行為の最たるものだろう。殺された相手はそこで人生が終わるのだから。


 だから、リベルタが人を殺したくないという気持ちは、倫理観とか信仰心によって生まれる罪悪感とはまるで違う。


 生まれてからずっと、自分の人生を他人に決められてきた。そんな自分が、自分の足で立とうとしている時に。


 他人の人生を決めてしまっていいのだろうか。


 理屈で考えれば、自分が自由に生きるということは自分以外の人間の自由を阻害することにもなり得る。だから、自分の人生に干渉されたくないリベルタが他人の人生に干渉することは間違いではない。人生のあらゆる選択が、他人の人生に影響を与えるのだ。そのことから逃れるためには、本当に誰もいない場所に行くしかない。だがそれは、それこそ自由とは反対の生き方だろう。


――自由っていうのはね、お気楽なものではないんですよ。


 また誰かの声が聞こえたような気がする。自分が覚悟を決める後押しをしてくれたように、リベルタは感じた。


「――フレスヴェルグ、変形して着地!」


『了解』


 戦う。アルマで戦ったことはないし、戦い方を教わったこともない。でも、戦うことを決めたのだ。覚悟を持って地上に降り立つ。そのリベルタに向けて、先ほどからサソリの攻撃をあしらい、加勢してきた連中からも逃げ回っているロキが指向性通信で直接話しかけてきた。


『人間の乗っている機械を倒すからって、別に中の人間まで殺さなくてもいいんですよ』


「え?」


 リベルタが散々悩んで、やっと決めた選択を容易く否定してみせるロキである。だが、その言葉はリベルタにとって神の福音のようにも感じられた。

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