レンコント
フレスヴェルグは町の手前で地面に降り、人型に変形した。人型になっても猛禽であった頃の面影は残っており、嘴のように尖った顔面パーツや細い脚、そして何故か背中に翼の形をしたパーツがついている。まるでこのまま空を飛びそうな姿をしているが、フレスヴェルグは自信満々に人型だというのでリベルタは深く考えないことにした。
「ここはなんて町なの?」
『レンコントの町ですね。ラトレーグヌの首都ステリストからは離れているので文化レベルはさほど高くありませんが、流通の要となっているため多くの旅人が集まる町です』
レンコントは隣国ターリオとの国境と首都ステリストの中間地点にある町だ。ターリオとは良好な関係を築いているため、主に人材交流で人の行き来が多い。
別の方向にあるカエリテッラとは世界の覇権を争う間柄なので、良好な関係の隣国は貴重だ。
『レンコントとは現代人が神話言語と呼んでいる過去の言語において〝出会い〟を意味する言葉です。多くの旅人が集まることから名付けられたようですね』
神話言語というものも初めて聞くが、出会いの町と言われるとなんとなく気持ちが盛り上がってきた。
「外の人間って商人かエクスカベーターしか知らないから、ちょっと気になるなあ」
『ターリオと行き来する人間はこの世界でも善良なタイプが多いらしいですよ。ターリオ国民が世界でも有数の善良な人々だそうで』
そんな話を聞くとターリオに向かいたくなるが、当面の目標はあの黒い肌を持つ男と再会することだ。最終的な目的は楽園と呼ばれる場所に行くことだが、同じ場所を目指しているらしいし、また会いたいという純粋な好意もある。
「とにかく、町で補給とかするんでしょ。早く行きましょ」
リベルタはそう言って歩き出した。人型フレスヴェルグの操縦法は、ラタトスクのそれと同じである。謎素材のボディスーツに身を包み、身体を動かした通りにフレスヴェルグも動く。確かに簡単だと感じた。同時に、これでは戦闘技術を持ち合わせていない人間が操縦してもろくに戦えないだろうと納得している。現代の人型アルマはこんな操縦をしないが、リベルタはそんなことも知らない。
そのまま町の門までたどり着くと、強固な城壁に圧倒される。巨大なプアリムが襲ってくるから頑丈にしているのだと、門番の男が気さくに教えてくれた。
「エンブレムのない人型アルマなんて珍しいね。プアリムやサソリが襲ってきたら頼っちゃおうかな」
プアリムは知っているが、サソリというのはよく知らない。図鑑的な意味で知るサソリは、プアリムと同列に語られるような巨大生物ではないはずだが、と考えながら当たり障りのない返事を通信で返す。
『サソリというのは、有名な盗賊団ですね。砂漠を砂の海と捉えて〝砂海賊〟と呼ぶことが多いようです』
「ええっ、そんなのと戦えないよ!」
プアリムとも戦える気はしないが、人間の盗賊となったら別の意味でも戦いたくないと思った。それに対してフレスヴェルグの返事は呑気なものである。
『大丈夫ですよ、現代のアルマが相手なら負けることはありません』
そういう問題じゃない、と思いつつリベルタは門をくぐって町に入った。
レンコントの町は文化レベルが高くないと聞いたが、リベルタの目には見たこともないような大都会に見えた。城壁の内側を埋め尽くすようにずっと続く家屋の群れはリベルタの知る日干し煉瓦ではなく、コンクリートでできている。恐らくアルマの戦闘が町中で発生してもいいように頑丈な作りをしているのだろう。
大きな中央通りを多くのアルマやオペラが行き来している。通りの左右には見慣れない緑色が並ぶ。街路樹として大天回教も認めているサクロの木だ。もちろんこれもリベルタには初めての光景である。
『少し先に補給品店があります。そこの駐機場まで歩いて行きましょう』
フレスヴェルグの案内に従い、小型のオペラを踏んでしまわないかと(そんなことはあり得ないが)おっかなびっくり進むリベルタだった。
◇◆◇
「おや、またエンブレムのない人型アルマかい。珍しいこともあるもんだ、君で三機目だよ」
門番がロキに指向性通信で話しかけてくる。操縦する男は品行方正な態度で相手をするロキに任せながら、怪訝な顔をして呟いた。
「三機目……? あの空飛ぶアルマの他にもう一機いるのか?」
『ジャン、この町には多くの者が集まります。思惑もそれぞれ……退屈しなくてすみそうですね』
丁寧な口調の中に、トラブルを好む態度を隠そうともせずに伝えてくる。退屈するのは嫌いなようだ。ジャンと呼ばれた男は呆れたように息をついた。
「お前な、俺達の目的を忘れたのか? 行く先々で面倒ごとに首を突っ込みやがって」
『ジャンも楽しんでいるでしょう?』
抗議の言葉もどこ吹く風といった様子で、ロキは町を見回している。
『楽園なんて、そう簡単に見つかりませんよ。そんな噂を聞いたら誰だって行ってみたいと思うでしょう? でも未だに場所の手掛かりすら聞こえてこない』
「でもお前は楽園から来たんだろ?」
『そうですね……誰かが私の重要な記憶に鍵を掛けているみたいで。そこで見守っている天使の仕業でしょうかね』
「なんだそりゃ、機械のくせに宗教にかぶれてるのか?」
ジャンはロキの言葉をいつもの軽口と流す。そのロキは、何もない――少なくとも、人間の目にはそう見える――空間を見つめ、クククと小さく笑い声を響かせた。
『宗教というのは、往々にして事実をもとに作られているものですよ』
「ワケのわからんこと言ってないで、例の同種に会いに行くぞ」
ジャンに促され、ロキは足を踏み出した。
『ええ……実に楽しめそうです』
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