サリーリ

楽園の噂

 観察ファイルNo.3

 貧民の娘リベルタ

 女性 16歳


「聞いた? どこかで救世主が現れたって噂よ」


「救世主ってなに? 知らないうちに世界が滅びそうになってたりするの?」


 ガラクタを拾い集めながら、一日中噂話をする日々。リベルタは自分の人生に世界情勢なんて何の関係も無いと思っていた。世界が滅びるのなら、自分の人生も終わるのだろう。だが人生なんて遅かれ早かれいつかは終わるのだ。自分より若い子が病気に倒れたことも何度かあった。同年代の子が砂漠でプアリムに食べられたこともある。キャンプに住む大人達も数日に一人は命を落として処理機械ハカバに送られている。


「なんか、有名な盗賊団を蹴散らしたり人類の夢を実現する手がかりを手に入れたりとか、とにかく大活躍なんだって。しかも私達と大して変わらない年代の女性だそうよ、少し上なぐらい」


「そうなの?」


 まるで自分のことのように誇らしげに語る友人の様子に、リベルタは首を傾げる。馬鹿にする意思はない。ただ理解ができないのだ、顔も知らない他人の活躍を嬉しいと思う気持ちが。


 日々の糧を得るためにガラクタを集めるのは苦ではない。その辺に落ちているものを拾って、毎日やってくる商人に渡すだけで生きていくのに苦労しない程度の収入が得られる。なんと恵まれた環境だろうか。その間友人達とする噂話は嫌いじゃない。世の中の真偽不明な多くの噂をここの女の子達はどこからともなく仕入れてくる。


 否、どこから仕入れているのかは分かっている。


 ニュースでも配信されない風の噂は、だいたい旅の発掘者エクスカベーターや商人達から聞いてくるようだ。彼女達は行きずりの男達と一夜を共にし、幾ばくかのお金と世の中の面白い話を手に入れる。お金はなんだかよく分からない化粧品や装飾品に変わる。キャンプの女達は、そうやって生きているのだ。それがリベルタにはよく分からない。別に知らない男に身体を差し出さなくたって、生きていくのに不都合はない。楽しい話は好きだけど、そこまでして手に入れる価値があるとは思えなかった。


 だから、せめて彼女達が得意げに話す噂話を楽しむことで彼女達の価値を少しでも保つようにしてあげようと思っていた。


「そういえば、人型アルマに乗って一人で旅する男の人がいるらしいよ」


「へえ、人型アルマに乗るのは特別な軍人さんだけって話じゃなかった?」


「そうなの、だから珍しいって話題になってるのよ。どこかの軍を抜け出してきたのかもって」


「ふうん」


 人型アルマは扱いが難しいと聞く。作業用の機械であるオペラ、戦闘用の機械であるアルマ。それらは皆無口なAIを積んでいて、操縦者の意思を酌んで勝手に行動を補正し、最適な動作を行うようになっている。その中でも人型アルマは操縦者と同じ形をしているために、操縦者自身の身体の動かし方を強くイメージしてしまい、行動補正が上手くかからない。要するに、操縦者が生身で戦うのと同じような動きで戦うようになってしまう。だから生身で強い軍人が使わないとあまり強くないのだ。弱い人間が乗るとそこらのプアリムにもあっさりやられてしまう。そんなわけで、人型アルマは普通に生産もできるのだけど、取扱店が一般人相手に売ることはまずない。


 それからもリベルタは色々な噂を聞いた。カエリテッラの大聖堂に近いところにあるクラーラという町が災害にあって壊滅したらしいとか、この世界のどこかには水と緑があふれる楽園のような場所があるのだとか。


「楽園ねー、こんな恵まれた土地に暮らしてる私達には必要のない噂よね」


「……そうだね」


 リベルタ達が暮らすキャンプはラトレーグヌという大国の一角に設けられた特別区の中にある。キャンプの横にある遺構は世界でも珍しい、地下に沈んでいない遺構だ。そして中には危険な生物も、機械仕掛けの番人もいない。石造りの塔になっていて、どうやら他の遺構とは時代の違う建造物らしい。それを毎日キャンプの者達が少しづつ登って、道中に落ちている何に使うのかも分からないガラクタを拾って国に指定された商人に売り渡している。特別区はラトレーグヌ軍が警備し、外から危険な生物や盗賊が入ってくることもない。完全に管理された地区だ。


 リベルタは自分の生活に不満を持っていなかったが、楽園のことはちょっとだけ見てみたいと思っていた。植物なんて地下の生産プラントか、その辺にたまに生えているサボテンぐらいしか見たことがない。水は時々降ってくる雨がとんでもない勢いで流れて人や物をさらっていく恐ろしいものとしか知らない。いつも飲んでいる飲料水は給水オペラから貰うものだ。


「楽園か……」


 友人達のように旅の男と寝る気はないが、16歳の少女であるリベルタにとって、見たことのない世界というものはやはり魅力的だ。食うに困らない今の生活を捨ててまで見にいくほどの勇気はない、というだけだ。


「今日はここまでにしておきましょ」


「お疲れ様」


 一日の作業を終え、ガラクタのいっぱい詰まった籠を背負うと、埃を吸わないために顔を覆っていた布を取る。まっすぐ歩いて家に帰る時には、布は息苦しい。ついでに頭を覆うフードも下げて、こもった熱を外に逃がした。塔の中は日差しも当たらないので肌を露出しても問題ない。小麦色の肌を晒し、緩くウェーブのかかった黒髪をなびかせて歩くこの時間が、リベルタにとって唯一自分の外見を気にするタイミングだ。リベルタは自他共に認める美少女である。だからこそ、自分の顔を男に晒さないように気を使っていた。自分の人生を他人に操られるのがとにかく嫌いな彼女は、力のある男に見初められるなんてまっぴらだと思っていた。


 そんな彼女のことを他の女達がどう思っているのかは考えない。せいぜい化粧品と装飾品で彩った身体を使って男を誘い、自分には価値があると思っていればいいのだ。他人に求められることでしか自分の価値を認められない女達を、自分とは違う生き物だと思っている。違う生き物なのだから、羨んだり見下したりすることもない。


 自分の人生は自分のものである。では、なぜラトレーグヌを支配するラトル家の管理下に置かれた生活を受け入れているのだろう。そんな悩みが、じんわりとリベルタの心を締め付けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る