インフェロ

 カエリテッラ以外の国の首都には名前がある。単に「首都」とだけ言って通用するのは大聖堂があるあの町だけだ。


『間もなくインフェロに到着します』


 ラタトスクがアナウンスする。クリオ達三人は幾つもの国を通過し、この世界で最も危険な遺構があると言われるメルセナリアの首都インフェロに到着しようとしていた。道中で特筆するような出来事はなかったが、世の中ではスコーピオンに挑んだ男の話や緑化活動をする集団の話、それに人間と変わらない姿をした自律機械が発見されたという未確認情報の話題で盛り上がっていた。


「世間は何かと騒がしいな」


「私にとっては好都合です。変に注目されるのは困りますから」


「なんか国家シンボルの付いていない人型アルマで旅する男の噂があるよ。ホワイト先輩のことじゃない?」


「そいつはラトレーグヌで活動してるんだろ? 世の中、どこにでも変わり者はいるもんだ」


 彼等が自分達の目的に向かって進む間にも、世界は常に動きつづけている。それが彼等にどのような影響を及ぼすのかは誰にも分からないが。


 話しているうちにインフェロが見えてきた。方舟よりも大きな遺構の隣にある都市、とは言ってもここの遺構は地下に深く埋まっていて、方舟のように遠くから見える巨大なモニュメントの様相を呈してはいない。ただ外敵から町を守る巨大な城壁が囲っている地域と、その横に城壁で囲われていない不自然な煉瓦家屋の集団が見えるだけだ。そしてその煉瓦達に取り囲まれるようにドーム状の建造物が頭を出して不気味な光を放っている。方舟と同じ材質のようだ。


「首都の横でもキャンプがあるんだね」


「他の国とは事情が違うがね。あそこに住んでいる連中は発掘隊のおこぼれにあずかろうとしている貧民ではない。まあ他の国にもいることはいるが、あそこにいるのはほとんどが首都で問題を起こして城壁の中に入れなくなった犯罪者だ」


 そこは貧民街というより、暗黒街とでも言うべき場所だった。他国では発掘隊はキャンプ周辺に宿を取るが、ここでは首都インフェロの中に発掘隊を受け入れる宿場地区があり、世界中から集まった発掘隊がそこで寝泊りをしている。発掘料を無料同然にする代わりに彼等が落とす金で首都が潤うという、新しい経済の形が生まれていた。


「私達もインフェロに入って発掘の準備をしましょう。スピラスさんのことは宿場で聞けば分かるでしょうし」


 ミスティカは二人を促しながら、キャンプ育ちのクリオが「キャンプ」という言葉を自然に使っていることに疑問を抱いていた。この言葉は首都の人間が貧民を差別する意図で使われるのだが、現地の人間が気にしていないのなら変に意識する方が差別なのではないだろうか。差別語ではない言葉に差別の意味が込められることはよくある。それは口にする人間の態度や用法によって決まるものだ。ならばただの一般用語を忌避するのは過剰反応、言葉狩りなのではなかろうか。


「ところでここの遺構はなんて名前なんだ?」


 そんなミスティカの内心の葛藤をよそに、クリオは遺構に興味津々といった様子だった。


「カプテリオだとさ。誰が名付けたのかは知らんが、ろくな意味じゃなさそうだ」


「――罠」


「へっ?」


「神話言語というものが大天回教の一部に伝わっていまして、その言葉で『カプテリオ』は『罠』という意味になります」


 ミスティカはこの言葉をよく学んだ。その知識からここで聞く単語に不吉な意味が込められていることに気付いていたが、余計な不安を煽っても仕方ないと思い、あえて言わずにいた。


「へえ……面白そうじゃないか。ちなみに『インフェロ』も神話言語だったりするのかい?」


「……ええ。『インフェロ』は『地獄』を意味する神話言語です。同じく地獄を意味する一般名詞の『インフェルノ』と響きが近いので分かりやすいですね」


 地獄に罠。ここの遺構が世界で一番危険だと言われていることと合わせて考えれば、名付けた者に明確な意図があるように思える。だが、これを聞いた二人は、町と遺構の不吉な名前よりも神話言語というものに強い関心を示すのだった。


「神話言語って面白いな。もしかしてこの世界の色々な名称がその言語で付けられているんじゃないか?」


「確かに! 意味の分からない名前が一杯あるもんね。この星の名前からして『ステロ・ディオーヴォ』って舌を噛みそうな名前だし」


「そうですね。神話言語で『ステロ』は『星』という意味です。『ディオーヴォ』は『神の眠る場所』を指します。つまりこの星は『神の眠る星』ということですね。これが大天回教の教えと食い違うので昔から疑問に思っていました」


 大天回教の教えでは神はこの星にはいない。地球という楽園から人間の祖先を試練と称してこの星へ追いやったのだから、神は地球あるいは大天つまり宇宙に存在することになっているのだ。


「すげえ! 神話言語が分かるだけでも世界の秘密が見えてきそうだ」


「さすが聖教徒様だな。もっと知りたいところだが、いつまでもこんなところに留まっていたら砂に埋もれちまう。さっさと地獄に行こうぜ」


 そんな会話を交わして三人はインフェロへ入っていく。彼等は面白がっているが、これからこの町と遺構の名が示す事実と向き合っていくことになるとは思いもしないのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る