セルチャード

方舟のキャンプ

 観察ファイルNo.2

 発掘者クリオ

 男性 17歳


 クリオには憧れのエクスカベーターがいた。


 クリオは幼い時から、なにか人より得意なことというものがなく、自分が生まれたキャンプの近くにある遺構へと潜り込んでは昔の人達の暮らしを妄想するような子だった。それでも他のキャンプ民と同じように、遺構で金を稼いで貧困から脱出しようと考えていたので、発掘隊が来るとそのおこぼれにあずかろうと後をつけたりしていた。


 そんなクリオは、自分には何の取り柄もないと自覚していたので他の民と違って堅実だった。


「一日1オーロ貯めれば、一年で400オーロ貯まる。五年続ければ2000オーロ、中古のアルマが買える金額だ。一日の生活費が10オーロだから、11オーロ稼げばいい。楽勝だね!」


 キャンプの民が暮らしていけるのは、一日に10オーロぐらい稼ぐのは簡単だからだ。10オーロが11オーロになってもそれは大した差ではない。ならばクリオのように堅実な貯金をすれば誰もが貧困から脱出できるはずなのだが、そうもいかないのが現実だ。


 まず大半の者はろくに計算ができないし、一年が400日だということも知らない。だから五年間毎日1オーロ貯めれば2000オーロ、なんていう計算はできない。クリオは確かに他の誰よりも優れた能力というものを持ち合わせていなかった。読み書きも、計算も、運動も、歌も、踊りも何一つ同世代で一番になれるものはなかった。だが、人より苦手なことも無かった。実際のところ、彼の能力は全てにおいて平均以上。何をやらせても三番目か四番目にはなるというオールラウンダーだった。総合力では飛びぬけて高かったクリオだが、子供はある能力において他の誰よりも優れていないと取り柄だとは認識しないものだ。


 計算ができる者も多くは高価なアーティファクトを手に入れて人生一発逆転を狙い、プアリムやガーディアンに見つかって命を落とした。それがキャンプに生きる貧民の現実なのだ。そもそも賢く立ち回れる者はこんな場所で暮らす羽目にはならないのだ、ここで生まれ育った者でもなければ。


「あれっ、あそこに落ちてるのは……」


 ある日、クリオは遺構で大きな金属製の部品を見つけた。何に使われる部品なのかは分からなかったが、見るからに高価そうなピカピカの金属――つまり鉄ではないので重要部位に使われるもの――で出来ていたから、恐らくプアリムと戦闘した発掘隊のアルマから落ちたものだろうと考えたクリオは持ち主を探して届けることにする。


 そんな部品を台車に乗せて遺構の入口から出てきたクリオを見た人々は、「あの小僧、上手いことやりやがった」と羨ましさと祝福のこもった目を向けた。発掘隊のアルマが落とした部品は、拾った人間が自分の物にしていいという暗黙のルールがある。それは貧民達の間だけでなく、エクスカベーターにとっても常識のようになっていた。だから落とし主もクリオを見て部品の所在が明らかになったとむしろ安心し、新しい部品を調達しないとな、痛い出費だ、と思うばかりで所有権を主張するつもりはなかった。探しにいく手間をかける必要がなくなったことを感謝するぐらいだ。


「これの持ち主はいませんかー」


 だから、クリオがこんなことを言いながら発掘隊に近づいていった時には、誰もが目と耳を疑った。


「おいおい、それは発掘で発生した損失だ、お前が持っていけ。5000オーロする姿勢制御装置スタビライザーだ。下取りに出せば安いアルマぐらいは買えるだろう」


 部品を落としたエクスカベーターがクリオに声をかける。発掘隊なら誰が落としたのかはすぐに分かることだ、変に知らんぷりをして余計なトラブルを生む必要もない。するとクリオは笑顔で返事をした。


「そんなに高価なものはいらないよ。オイラは一日11オーロ稼ぐって決めてるんだ」


 この言葉に多くの人が驚いた表情を見せたが、落とし主は興味深そうに質問をした。


「なんで11オーロなんだい?」


 そこで先述の計算を披露したクリオに感心したエクスカベーターはニヤリと笑って手を叩いた。


「じゃあこうしよう。今日はそれを拾ってきてくれたお礼に11オーロ支払う。それで、明日から俺と一緒に遺構へ行って11オーロ分だけ何か拾ってくるといい。こっそり後をつけるよりずっと安全に稼げるぞ」


「いいの!? えっと……」


「ああ、俺の名はスピラスだ。よろしくな」


 こうしてクリオはスピラスの発掘に同行することになった。プアリムに襲われる心配がなくなっただけでなく、スピラスはクリオを気に入って発掘に必要な多くの知識と技術を教えてくれた。クリオにとっては破格の待遇で、日々を楽しく過ごしていたが、キャンプに住む同年代の連中からはせっかくのチャンスを台無しにした馬鹿なやつという扱いだった。そんな連中は次第に命を落としていなくなっていくのだが。


 スピラスの駆るアルマは珍しい形をしていて、八脚式のタコ型と呼ばれるアルマだった。その中でも特に変わったところとして、通常のタコ型は胴体部分が丸いのに対して、スピラスのアルマ『クラーケン』は四角錐、つまりピラミッドのような形をしている。


「クラーケンは四面それぞれに武器を仕込んで、回転しながら射撃を繰り返すんだ」


「目が回らないの?」


「座席は回らねぇよ!」


 なんとも変わったアルマを整備しながら、子供のように笑うスピラスの姿はクリオが目指すエクスカベーターの姿になった。いつか一人前になったら、自分も八脚式のアルマに乗ろうと思っていた。この辺では珍しい、金髪に白い肌を持つスピラスは燃えるような赤い目が特徴的な若者だ。年齢はまだ二十代といったところで、お世辞にもベテランとは言い難いエクスカベーターだったが、それにしてはかなりの金額をアルマにつぎ込んでいる。性能も素晴らしいものだと思われるが、クリオの前で戦闘をしたことはなかった。11オーロ分のものを拾ったらすぐに帰らされていたからだ。


 そんな生活も長くは続かない。ある日スピラスがクリオに伝えた。


「俺達はメルセナリアに行くことになった」


「メルセナリア?」


「ああ、あそこは多くの発掘隊を受け入れているんだ。何でもここよりずっと大掛かりな遺構があるんだが、発掘の手数料が格安でな、発掘隊を相手にした商売で収入を得ている国らしい」


 どこの国も自国領の発掘を厳格に管理していて、正式な発掘隊の進入には少なくない額の手数料が取られる。それがメルセナリアではタダ同然なので、世界中から腕利きの発掘隊が集まっているということだ。それでも発掘しつくされない遺構は、なんとメルセナリアの首都近くにあるという。何もかもが普通ではない国の話を聞いて、クリオの胸も躍る。いつかは自分も行きたいと思うが、貯金はまだ1000オーロ、折り返し地点だ。


「お前がエクスカベーターになったらメルセナリアで会おうぜ。あと二、三年だろ。そのぐらいならまだ発掘を続けているだろうからな」


「分かった、約束だよ!」


 かの地での再会を約束し、スピラスと仲間達は方舟を後にした。クリオはその後も焦ることなく貯金を続け、ついには中古のアルマを購入して発掘デビューを果たしたのだった。

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