陰謀

 ナンディは通常のアルマと比べてかなり大きい機体だ。あまり世間のことを知らないミスティカですら、自分の知っているアルマより大きいと感じた。


「一応、一通りの操作は習っていますけどね」


 操縦席に座り、ナンディを操作する段階になって、不安な気持ちが生まれてくる。この巨体で町の中を移動しなくてはならないのだ。旅に必要な水や食料なども、アルマに積み込む関係上これから買いに行かなくてはならない。


 とはいえ、アルマやオペラが衝突事故を起こすことはない。どんなに下手なパイロットが運転していても、機械自身が周囲の状況を読み取り、障害物を避ける。戦闘モード以外では人間などの生き物をはねることもない。それに、どうせ太陽と船のマークを見れば人々は勝手に道を開ける。


 意を決して、操縦桿を握った。するとナンディが頭を天に向けて咆哮を上げ、動き出した。


「ウォォォーン!」


「ひゃっ?」


 まさかアルマが獣のように鳴くとは思っていなかったので驚いてしまう。だがこれは、巨大な機械が動き出すことを周囲に警告する意味合いがある安全行動である。獣の咆哮を模しているのは単なる制作者の趣味だが。


 おっかなびっくり、ミスティカはナンディを走らせて目的の旅行用品店へと向かった。店の前には大きな駐機場があり、立ち並ぶアルマ達の横にナンディを停めた。他のアルマと比べて、明らかに大きい。倍どころの騒ぎではないが、大型アルマ用の駐機スペースがあるのでナンディだけが異常に大きいわけではなさそうだ。


「いらっしゃいませ、聖教徒様!」


 やはりここでも店主が愛想笑いをしながら現れた。周囲を見ると店員は少なからずいるようだが、聖教徒を相手するのはトップと決まっているようだ。


「宣教となれば、キャンプ……っと、失礼いたしました。辺境の地にも足を運ばれるでしょう」


「キャンプ?」


 聞き慣れない言葉だった。大聖堂の中では耳にしたことがない。キャンプというからには、人が集まる地点で町や村ほどの規模はないか、移動する集結地のようなものだろうと推測できる。だが、口にした店主の態度が気になった。


「大変申し訳ございませんでした。聖教徒様のお耳に入れるべき言葉ではありませんで」


「構いません。私は世界を回らなくてはならないのですから、特殊な言葉も知っておいた方が良いと思います。それで、キャンプとは何でしょうか?」


 良くない言葉ならなおさら知っておくべきだと考えた。知っていれば使うことを避けられるが、知らなければ相応しくない場面で使ってしまう危険性もある。


「……国境近くにある遺構の周りに人が集まる場所のことです。とても貧しく、遺構で発掘される古代の機械部品アーティファクトなどを行商人に売って日々の糧を得ている者ばかりなので、中央に住む者が彼等を蔑んで使うのがキャンプという言葉なのです」


「アーティファクトは高値で取引されているはずですが、なぜそれを売っている人達が貧しい暮らしをしているのですか?」


 純粋に疑問だった。カエリテッラは空飛ぶ船、つまり航空機ひいては宇宙船を作ることを目的としているため、アーティファクトの収集に力を入れている。そのため取引価格は高騰し、世界中から商人達が自慢のアーティファクトを買い取ってもらおうと集まってくるのだ。ミスティカにとって、アーティファクトは宝物と等しい意味を持っていた。


「そこが、蔑まれる理由でして……つまり、彼等は騙されているんですよ、商人達に」


「ああ……そういうことですか」


 自分達が売っている物の価値を理解していないから、はした金で買い叩かれているということだ。そして、その愚かさを中央の人々は嘲笑っている。彼等を救おうとは思わない。何故ならそれをすると自分達がアーティファクトを手に入れることが困難になるからだ。


 内心ため息をつきつつ、自分がやるべきことは弱者の救済ではないと割り切る。


「わかりました。今の話は聞かなかったことにします。ご安心を」


「寛大なお言葉、ありがとうございます」


 店で必要な物資を仕入れると、ミスティカはそのまま町を出る。いま聞いた話も、彼女の旅立つ理由を補強しただけだった。


 出入口の門を通過すると、辺りは一面の砂に覆われている。人の住む町は広大な砂漠の中に点々と存在する状態で、この広すぎる砂漠のことを砂の海、砂海さかいと呼ぶ者も多い。


「これが、砂海……」


 ミスティカがカエリテッラの首都から出るのは初めてだ。なお首都に名前はない。都とか中央とか聖地とか呼ばれている。それで十分通じるからだ。首都に名前がないこと、それ自体がカエリテッラの圧倒的な力を示しているのだった。


「遺構は国境付近にあると言っていましたね。まずはそこを目指しましょう」


 目的のためには、やはり古代の遺構を探るのが一番だろう。ミスティカは地図データを開き、国の外れまで進むルートをナンディに設定した。


 しばらく走り、首都が見えなくなってきた頃、地平線に不自然な砂埃が舞うのを確認した。明らかにこちらへ向かっている。


「ナンディ、エリアデータを取得」


『前方約1000、三機のアルマを確認。サソリ型です』


「スコーピオン!」


 スコーピオンに注意しろ、とは言われた。だが、いくらなんでも現れるのが早すぎる。この広大な砂の海ではいくら大型で目立つマークのついたナンディといえども、砂海賊とも呼ばれる盗賊団に捕捉されることは稀だ。それにスコーピオンがカエリテッラを恐れないと言っても、あくまで盗賊団。狙うのは価値の高いお宝を満載した商人のアルマが定番だ。


「水と食料ぐらいしか持たない宣教師を、わざわざ町の近くで襲う意味……なるほど、『スコーピオンに気をつけろ』とは、そういう意味ですか」


 ミスティカは自分の置かれた状況を理解した。この襲撃は偶然などではない。完全に自分を狙った暗殺だ。おそらく大天回教の幹部が、盗賊の仕業に見せかけて口封じをしようとしているのだ。


「そんなに大天回教は清廉潔白な宗教だということにしたいのですか……ならば、清廉潔白な組織運営をすればいいではないですか」


 操縦桿を動かし、スイッチを入れてナンディを戦闘モードに移行させる。だがここでナンディが足を止めた。パイロットの言うことを聞かない。


「ナンディさん!? ……ああ、そうですね。あなたを用意した店主が言っていたのでしたね」


 本当に、なんと自分は無知だったのだろう。あの町は大天回教の聖地なのだ。そこに暮らす人々は、大天回教の手の者に決まっているじゃないか。あの、指紋を消そうとしているかのように揉み手をしていた店主は、国家運営評議会カウンシルと通じていたのだ。だが、向かいの店主の羨望と嫉妬は本物だった。企みを知っていたらあんな視線は送らない。つまり、世間知らずのミスティカが足を踏み入れる店はここだと、完全に読まれていたのだ。


「動いて! このままあいつらにやられたら、あなたも破壊されてしまうんですよ!」


 諦めきれない。ガチャガチャと操縦桿を動かし、足でアクセル信号を送り、言葉で呼びかける。ナンディだって、ただ中の人間ごと破壊されるためだけに作られたわけではないだろうに。


 三匹のサソリがせまる。その背には大口径の砲身が見える。スコーピオンは重火力を好む連中だ。偽者であっても、信憑性を増すためと証拠隠滅のために徹底的に火力で蹂躙するだろう。もはやこれまでかと、諦めかけた。


――強制停止命令を解除。殲滅せよ、ナンディ。


「ウォォォーン!」


 咆哮を上げて、ナンディが砂を蹴った。ミスティカには何が起こったのかは分からない。だが、アルマが戦闘モードに入ったことは分かる。


「よし、やりましょうナンディさん!」


 ミスティカが、生まれて初めての機械戦闘を開始した。

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