―31― てぇてぇ
「ユメカがおかしくなった!」
我はスマートフォンを握りしめ、叫んだ。
おかしいとしか言いようがない。ユメカがは「ポーションの妖精がぁああ!!」と、ひとりで叫び続けている。
ポーションの妖精ってなんだ?
ポーションの妖精と言いながら、さっきからユメカはポーションを飲み続けているんだが。
【wwwwwwwwwwww】
【wwwwwwwwwwwww】
【ユメカやば】
【頭おかしい(褒め言葉)】
【ポーションの妖精www】
【ポーションの妖精なんて見えない】
視聴者たちもポーションの妖精は見えていないようだ。
我はユメカにポーションを飲ませた後、スマートフォンのカメラ機能で配信を開始した。ゲーミングツチノコを見つけたのだから、配信しない手はない。
しかし、結果的にはゲーミングツチノコよりもポーションの妖精のほうが注目を浴びてしまった。
【どうみても幻覚症状がでている】
「幻覚だと!?」
コメントに答えがあった。
なるほど、幻覚か。そういうことなら、ユメカの奇異な言動も納得がいく。
「キシャアアアアアアアッッ!!」
突如巨大なゲーミングツチノコが大きな口をあけて鳴いた。
【まずいっ!?】
【ゲーミングツチノコってこんなにでかいんだ!】
【このままだと食べられる!】
【助けてあげないと】
慌てて闇魔術を発動しようとしたが、闇ギルドの魔術光源のせいで、闇魔術が阻害されてしまう。まずい、このままではユメカがゲーミングツチノコに食べられてしまうかもしれない。
「な、なにが起きているんだ……?」
ユメカが食べられることはなかったが、代わりに奇怪な光景を見るはめになったのだ。
【え……?】
【いったいなにが?】
【なんだ、これは?】
視聴者たちも理解できないようで、さっきから困惑のコメントの嵐だ。
「ユメカとゲーミングツチノコが仲良く会話しているだと!?」
そう、なぜかユメカはモンスターであるゲーミングツチノコと会話していた。といっても、ゲーミングツチノコが言葉をしゃべられるはずがなく、ただ鳴いているだけ。それに対しユメカも「シェー、シェー」と一緒に鳴いていた。
これが会話でないならなんというべきだろう。
【まさか幻覚を共有しているのか】
なんだと!? コメントを見て驚愕する。まさか、モンスターと人が幻覚を共有だなんて。どんな幻覚を見ているのか想像すらできないな。
「ゲーミングツチノコさん――ッ!! そっか、わたしたちもう友達なんだね!」
【友達wwww】
【モンスターと友達になった初の人類だろwwww】
えぇ……、もう我にはなにが起きているのかわからない……。
「だったら、わたしのために死ねぇええええええええッッ!!」
と言ったユメカがゲーミングツチノコを切り裂いた。
「って、友達じゃないのかよ!」
あまりの急展開に思わずつっこんでしまう。
「ヌルちゃぁあああああん、見てぇえええええ! 無事に、ゲーミングツチノコを倒したよぉおおおおお!!」
ゲーミングツチノコを倒したユメカがこっちに走ってきた。
「ユメカの頭がおかしくなった――!!」
ともかく、これで無事ゲーミングツチノコを討伐したわけだし、当初の目的を達成することできた。本当は生きて捕獲したほうが報奨金があがったのだが、こればかりは仕方がない。
「えへへ、ヌルちゃああああん。ユメカ、がんばったよー」
「おい、貴様。我にくっつくな」
あとはどうやってこのラリっているこいつを連れて、地上に戻るか考えないとな。
「えー、ヌルちゃん、照れてるんだー。そうだ、ご褒美ちょうだいご褒美。そうだ、キスしよう、キス」
「おい、やめろ。我のヘルメットをとろうとするな」
【てぇてぇ】
【てぇてぇ】
「なにがてぇてぇだ。くっそ、いいかげんに正気に戻れ!!」
百合展開があるとてぇてぇといって喜ぶクソ視聴者がうちのリスナーにもいたとわな。
てぇてぇ、とは尊いから派生したネットスラングで、百合展開があるとそれに喜ぶ視聴者でてぇてぇと大量に書き込むのだ。まぁ、ユメカとの百合営業なんて、我はまっぴらごめんだけどな!
「あぁ~、ヌルちゃんのおっぱい、やっぱり小さいなぁ~ もみもみ~」
「やめろ! 服の中に手を入れるな。胸を触ろうとするな。おい、誰かこいつをとめるやつはいないのか!」
そんなやついるはずがないのに、思わずそう叫んでしまった。
「「グォオオオオオオオオッッ!!」」
うなり声が聞こえると同時、今まで倒れていた闇ギルドの連中が起き上がったのだ。
彼らは両手を前にして、ゆっくりとした歩調でこっちに近づいてくる。目はうつろで口は半開き。どうみても理性が残っているとは思えない。
この姿はどうみてもゾンビのそのものだ。
「闇ギルドの人たちがゾンビとして復活したんだが!?」
コメントが嵐のように流れていく。きっと盛り上がっているんだろうが、コメントの内容を見るような余裕なんてなかった。
「おい、ナンバーワンなんとかしろぉ!?」
ユメカの頭を掴みながら、我は訴えった。けれど、ユメカは状況を理解していないようで、未だに我からヘルメットを奪おうとしている。
「嫌だぁ! ゾンビが本当にきちゃうぞ! ユメカぁ、なんでもするから、我を助けてくれ!」
「今、なんでもするって言った?」
ふと、ユメカが正気を取り戻したかのような口調でそう呟いた。
「あぁ、なんでもするから、どうにかしてくれ!」
「じゃあ、キスとかお願いしようかな?」
は???? 思考が停止する。この期に及んでこいつはなにを言っているんだ!?
「ヌルちゃんがユメカにキスをしてくれたら、助けてあげようかな」
恥ずかしそうな口調でユメカがそう口にする。さながら恋する乙女の表情だ。
こいつ、ふざけているのか? 目の前に「グオォ……」と迫り来るゾンビがいなければ、ビンタでもしていたのに。
怖い。ゾンビが迫ってくるこの状況が本当に怖いのだ。
なんせ我はゾンビ映画が大の苦手なのだ。現に鳥肌と涙がとまらない。
「ほ、ほんとうにキスをすれば、助けてくれるんだよな?」
「うん、もちろんだよ! ヌルちゃん」
ユメカが肯定する。理性のある受け答えにホントにラリっているのか疑問を覚えるが、それよりも今はゾンビだ。
「わ、わかった、するぞ」
そう口にすると、コクリと首を縦に頷いたユメカは目を閉じて唇をすぼめた。ユメカの唇にうっすらと血管の青色が見えて、それが妙に艶めかしかった。
なんで我がドキドキしなきゃいけないんだ!?
どういうわけかさっきから心臓の音がうるさい。同性の配信仲間にキスをするというだけなのに。
緊張してか、思うように体を動かせない。
【あくしろ】
【あく】
【早くキスしろ】
コメントで急かす視聴者。
徐々に迫り来るゾンビだち。
こうなったらもうやけくそだ。
「やればいいんだろ。やれば!!」
そう叫んではユメカの唇に唇を重ねた。唇は柔らかくて温かくこそばゆかった。
いつまでキスをしていればいいんだ!?
キスなんて初めてなので勝手がわからない。だから、やめるタイミングがわからず、ただただキスをし続けた。そして、このままだと息苦しくなると思ったとき、初めて唇を遠ざけた。
【キタァアアアアアアアアアアアアア!!】
【てぇてぇ】
【尊い!!!!】
【うぉおおおおおおおお!!】
阿鼻叫喚となったリスナーたちのコメントが溢れる。
「ユメカ! キスをしたぞ。早く我を助けろ!!」
すでにゾンビたちが目の前に迫っていた。一刻も早く助けてもらわないことには手遅れてになってしまう。
「ヌルちゃん、最高でした」
幸せそうな表情をしたユメカがそう言ったと思った次の瞬間、大量の鼻血を噴き出した。
「ぎゃぁああああ!!」
突然の鼻血につい、悲鳴をあげてしまう。
そして、ユメカの鼻血に共鳴するように、ゾンビたちも次から次へと鼻血を噴き出す。
その度に、我は悲鳴をあげるはめに。
【てぇてぇすぎて、ゾンビが興奮したんだ】
よくわかんないがそういうことらしい。いや、やっぱり意味がわからん!
【てぇてぇゾンビの誕生だ】
誰かがそうコメントを書き込む。
途端、リスナーたちが【てぇてぇゾンビ】と同じ文章をコメントしまくる。
それを呆然と眺めつつ、いくらゾンビたちが鼻血を出したとはいえ脅威がなくなったわけではない。
そう思って身構えた途端、新たな異変が起きたのだ。
ゾンビたちが次々と倒れ始めたのである。
【ゾンビが貧血で倒れたんだ】
誰かの書き込むが視界に入る。
つまり、鼻血を出しすぎたゾンビが貧血になって気絶したらしい。意味がわからないが、他にこの状況を説明することもできないので、そういうことなんだろう。
【てぇてぇでゾンビを倒すとは】
【暴力を使わずに敵を倒した最初の人類】
【てぇてぇは世界を平和にする】
【てぇてぇ万歳!】
【てぇてぇ万歳!】
【てぇてぇ万歳!】
【てぇてぇ万歳!】
【てぇてぇ万歳!】
【てぇてぇ万歳!】
【てぇてぇ万歳!】
【てぇてぇ万歳!】
いつの間にか、コメントが【てぇてぇ万歳!】で埋め尽くされていた。
もう、やだ。この配信……。
「ヌルちゃん……」
ユメカが弱々しい声で言った。
彼女も鼻血を出していたが、倒れることなかったようだ。しかし、貧血であることに変わりはなく、顔は青白くいつ倒れてもおかしくなさそうだ。
「な、なんだ?」
恐る恐る我は尋ねた。
「ヌルちゃん、結婚しよ……!!」
ユメカは突然言いだし、両手を広げては高く跳び胸に飛び込もうとしてきた。
反射的に我は口を開いた。
「近づくなぁあああああああああああッッッ!!」
叫びながら、し拳をユメカの腹に叩き込んでいた。
心の底からの拒絶だった。
後に我は知ることになるが、ユメカを殴った瞬間が最も視聴者数が多く、なんと同時視聴者数世界一を達成することになるのだった。
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