第3話
「なんとか納得させられましたね」
執務室に戻ってからナタリアはくすくす笑って口を開いた。
机には急ぎではないが確認しなければならない書類が積まれていて、アイラは現実逃避のため机をなるべく見ないようにした。
「一年半ほどは引き延ばせると思ったのに、一年以内に側室を迎えることになってしまった」
「いいではありませんか。陛下が譲ってあげたという形なんですから。それに容疑者の家の息子たちを側室にして、お互い蹴落とし合ってくれればいいんですから早い方がいいでしょう」
「ナタリアにはバレていたか。一言も説明していなかったのに」
「陛下が側室についてお調べでしたのでその位は予測していました。まるで、復讐のハーレムではありませんか。陛下が直接手を下さなくともお互いで傷つけあってくれるならば陛下の罪にはなりません。最高です」
「正確に言えば逆ハーレムだな」
側室を置くことは認めさせたが、結婚を引き延ばすことはできなかった。
側室は政権安定のためでもあるが、一番の目的はヒューバートを殺した犯人に復讐するため。犯人が見つからなくとも証拠がなくとも、疑わしい家の子息を傷つけることができるアイラが考え抜いた唯一の方法。我ながら鬼畜の所業だ。
誰か一人の側室を寵愛するフリをすれば、王配を狙う家はこぞってその側室を攻撃するだろう。
「これから側室の候補者選びが忙しくなりますね。陛下は側室たちをどのように扱うご予定ですか? 最初だけでも平等に接します?」
「そんなわけないだろう。父だって側室たちを全員大事にしていたわけではない。母が側室たちのせいでどれほど苦労したか。女王だからと全員愛さなければいけないことなんてないだろう」
「では、側室たちは頑張って陛下にアピールせねばなりません。これまで女性がその立場でしたが、男性と立場が逆転すると……ふふ。復讐を抜いても面白いです。いい気味です」
「ナタリアも歪んでいるな。男性に恨みでもあるのか」
「これまで歴代の積もりに積もった女性の悲しみと苦しみを男性が味わうかと思うと楽しいのは仕方がありません。ずっと、男性は女性を搾取してきました。これは女性からの大いなる復讐です。きっと女性から陛下への支持はより多くなるでしょう」
「そうだといいがな」
会議の疲れで頭が痛くなってきたので、結い上げた髪をほどこうと紐に手を伸ばす。ナタリアが気付いてほどいてくれた。
高い位置でくくっていた髪が肩と背中に広がり、アイラは遠慮なくこめかみをグリグリ押した。
「陛下はよろしいのですか? 側室を置けば誰か一人くらい抱いて子をなさなければいけません」
「私は王族に生まれた。女王になって王配を置こうと跡継ぎは残さなければいけない。私が女王になっていなければ異母兄弟に命じられてどこかに嫁がされて子供を作るだけだ。ヒューバートを亡くしたからといって神殿で過ごすわけにもいかない。私が女王にならないならばヒューバートは何のために死んだのだ」
ナタリアは寂しそうな笑みを浮かべてアイラの髪を梳いた。
「陛下のこの髪は本当に美しいです。来世もこの髪で生まれてくださったら私は陛下のことをすぐに見つけるでしょう」
アイラの髪色は珍しい、紫に近いピンクで初代女王と同じだと言われている。
「そんなロマンチックなことを言って。ナタリアも側室に志願するつもりか」
「できたらいいのですが。仕方がありません。今世では陛下が側室の皆さまをいたぶったり、からかったり、遊んだりするのを指をくわえて見ています。どうせ皆最初は権力目当てで側室になっても陛下に心酔して、愛に狂っていくに決まってますから」
「ナタリアは私をいつも大げさなほど褒めてくれる」
「陛下は給料をしっかりくれますから。ついでにこれから有力貴族の皆さまが陛下のお好みを私に聞いてくると思うので、こっそり教えて小金稼ぎをします。アイラ女王陛下万歳!」
アイラは思わず声を上げて笑った。ナタリアならアイラのでたらめな情報を流してそれと引き換えに小金を稼ぐに違いないからだ。
「会話ができる方がいいし、賢い方がいい。だが、賢すぎたら夫は私を陥れようとするだろう。だから野心のない方がいい。子供が何人かできたタイミングで私を寝たきりにするとか、亡き者にするとか計画しないような男だ」
「ふむふむ。有力貴族なら陛下の最側近である私に必ず聞いてくるはずです。私はこう答えます。陛下は少し抜けていて可愛い男がお好きだと」
「そういうことだな。広めておくといい」
「こういうのは聞いてきた者だけに秘密ですよと言ってこそこそ話すのがいいのですよ」
アイラはナタリアと顔を見合わせてくすくす笑った。積んである書類は明日に回すことにした。
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