7
「…あんたって、バカでしょ」
同刻。
酒場で未だ項垂れるように倒れ込んでいるアスレイへ投げかけられた言葉。小馬鹿にしていると言うよりは呆れたといった口振りで、その少女は現れた。
現れた、と言うよりも偶々アスレイが吹き飛ばされた場所近くのテーブルに彼女がいたのだが。彼女は椅子から立つとアスレイの前へ移動ししゃがみ込む。食事中だったらしく、彼女の口にはフォークが咥えられていた。
「ツッコミたい所は山ほどあるんだけど、とりあえず…」
と、そうぼやく少女の傍らへ丁度ウエイトレスがやってきた。頼んでいたのだろう水入りグラスを受け取り、アスレイの手にそれを握らせる。
「さっきの子が言ったように単純バカは一個もいいことないから、その悪いクセは止めなってすっごく言いたい。見てるこっちが気分悪くなるし」
アスレイは受け取ったグラスをグイッと傾け、勢いよく水を飲み干す。彼の顔色は先程までとは比べ物にならないくらい青白く、如何にも具合の悪そうな顔になっていた。
「バカって…俺にしたら本気で大真面目のつもりなんだけどなぁ…」
そうぼやきながらアスレイは立ち上がろうとする。が、くらりとバランスを崩しよろめいてしまう。再度倒れそうになったが、目の前の少女に支えられ、何とか転倒せずには済んだ。
「あ、ありがとう…」
アスレイは少女に支えられながら近くの椅子へと腰掛ける。ぐるぐるとした眩暈の様な気持ち悪さに思わずアスレイは嗚咽を繰り返す。周囲の客の嫌な視線が目に付くが、そんなものを気にしている余裕もなかった。
「気持ち悪い…何だこれ」
「当たり前でしょ、魔道士相手にそれくらいで済んだだけでも良かったってもんよ」
少女は深いため息を吐きながらアスレイが座った席の正面―――元の自分の席に座る。咥えていたフォークを目の前の皿に突き刺し、彼女は食事を再会させた。
深い呼吸を繰り返し、徐々に気持ち悪さが治まってくると、アスレイはおもむろに少女を見つめた。
茶色の髪を右方に結い上げており、瞳は髪と同色。タンクトップにスカーフ。ショートパンツ姿とラフな格好であるが、その傍らには大きな革製のリュックサックが置かれている。どうやら旅人のようだった。
華奢で小柄、若い出で立ちながら一人旅とは物騒な。というのが少女に対しての第一印象だった。
「そもそもあんたさ、魔道士ってどんだけ凄いかわかってる?」
と、突如少女は握っていたフォークをアスレイに向けながらそう尋ねた。
彼女の質問にアスレイは首を傾げていると、彼の席へ料理が運ばれてくる。
「ご注文のボロネーゼです」
「え、えっと…俺は頼んでないけど」
突然並べられた料理に戸惑うアスレイ。すると少女は呆れたため息をもう一度漏らし、強めの口調で言った。
「良いから先ずは食べなって」
アスレイは少し悩んだものの多少の空腹感もあったため、お言葉に甘えて食事を始めることにした。
「あ、ありがとう。いただきます」
「…で、あんたはさ―――」
「アスレイ・ブロード。こういうときは先ず自己紹介から。だろ?」
そう言ってアスレイは少女を見つめ遠回しに名前を聞こうとする。
「はいはい、アスレイね」
しかし、少女は軽くあしらうだけで名乗ろうとはせず。
アスレイは僅かに不満顔を見せる。
「いや、その…君の名前も教えてくれると嬉しいんだけど」
「えー…」
「まあそんな嫌な顔しないで…」
少女はもう一度、深い深いため息を漏らしてから答えた。
「…あたしはレンナよ」
「へえ、可愛い名前だな」
「それもしかしてナンパ?」
「そんなつもりはなかったんだけど」
きょとんとした顔でアスレイはその真っ直ぐな眼差しを少女レンナへ向ける。彼女顔を背けると大きな咳払いを一つ出した。
「そ・れ・で! アスレイは『魔道士』については何処まで知ってるのって話でしょ?」
これ以上話を折られたくないという睨むような視線に、苦笑いを浮かべてからアスレイは軽く頬を掻いてみせた。
「えっと、手や口から火や水を出したりする能力を使える人間が魔道士だろ?」
「50点」
「えー」
低く冷たいレンナの言葉にアスレイは眉を顰める。
が、 直ぐにある事を思い出しキョロキョロと辺りを見回した後、後方の壁に掛けられていたそれを指差した。
「あ、確かあれも魔道士が作ったものなんだよね?」
そう言うアスレイの指す方向へレンナは視線を向ける。その壁には壁掛け式の灯り―――ランタンがこうこうと店内を灯している。
ただし、その炎は木や蝋といったものが燃えているわけではなく。ガラス球の中では火の玉がまるで躍っているように燃えていた。
「まあ合ってるけど…それでも70点ってとこかな」
惜しいと告げる彼女は呆れ顔を見せている一方で、何処か楽しげにも見える。
「確かに間違ってはないけど、まだまだ知識不足」
そう言うとレンナはテーブルの上にある物を取り出す。
革製の鞘に収められたナイフ。細やかな装飾が施されており、アンティークとして部屋に飾られていてもおかしくない代物と思われた。
「自然界に存在する属性―――地水火風なんかを自在に操作・変化・強化できる力を総称して『魔力』って言うんだけど…昔々にその魔力を武器や道具なんかに充填して、誰でも魔力を扱える技術が生み出されたの。それが『魔道具』。そのおかげで今じゃ殆どの人が『魔道具』を利用して生活している」
そうした『魔道具』を取り扱うには専門的な技術や知識が必要とされており、それらを扱う資格を得た者が『魔道士』と呼ばれる。
「なるほど。村でランプの灯りが切れたときはいっつもラーナおばさんに頼んでたけど…つまりはラーナおばさんが『魔道士』だったからってことか」
「あー。それはまたちょっと違うかな。魔力って結局は燃料と同じでいつかは空になるわけじゃん。その場合に魔力を充填出来る人…つまり、魔力が使える人が必要なわけ」
レンナはそう言って水の入っていないアスレイのグラスへ自分の水を注ぎ、例えて見せる。
「魔力が使えるって人は結構限られてて、そういう人たち…つまりあんたがさっき言ってた手から火を出せるような人たちのことは更に特別に『魔術士』って呼ばれてんのよ」
「そうかつまり! 例えるなら乳を搾って牛乳を作る牛農家は『魔道士』だけど、乳を生み出せるわけじゃない。乳を生み出せる牛さんたちが『魔術士』ってことだろ!」
「なんか例えがキモイけど…まあそんな感じ」
顔を顰めつつ、レンナはおもむろに鞘からナイフを抜き出してみせた。
銀色の艶やかな刀身。柄頭の部分には黄色い宝石―――トパーズが埋め込まれており、ギラリと光輝いている。
その鋭い刃にアスレイは思わず息を呑む。
「ちなみにこのナイフは『魔道具』。特別にこの子の力を見せてあげる」
と、レンナはナイフの先端を水の入ったグラスに浸した。何をするのかと思いながら見つめていると、次の瞬間。グラス内の水が一瞬にして土色へと変色する。
否、よく見るとそれは変色ではなく、土そのものへと変化したのだ。
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