シキサイ奏デテ物語ル~黄昏の魔女と深緑の魔槍士~
緋島礼桜
プロローグ
※
大きな怒号は遠くの山まで轟き、その気迫は他の生き物たちを畏れさせた。
鋭い牙を見せる口から零れ落ちる灼熱のマグマ。羽ばたく翼は熱風を生み出し、大地を焼く。
―――それは黒い鱗の巨大な竜、ドラゴンだった。
ドラゴンの周囲一帯は地面が溶け、瞬く間に溶岩流となっていく。そのため、誰もそいつへと近付くことは叶わず。絶対的な存在を見せつけている。
これが最強の怪物と謳われるものかと、その場にいた誰もが言葉を失っていた。
そんなドラゴンを遠く―――ドラゴンを見下ろせる遠方の崖上―――から静観していたのは、この地で暮らしている民族たちであった。
彼らは秘境とも言うべきこの山間で静かに暮らしていた。だが、そんな平穏を復活したドラゴンが一瞬にして奪おうとしていた。
生まれ育った光景を変貌させて奪っていく怪物。
しかし民族たちはドラゴンに抵抗する術を持っていなかった。そもそも彼らは目覚めたドラゴンが暴れるその様を『運命』として、受け入れていた。諦めていたのだ。
「目覚めた竜を止めることは出来ない…」
「終末の時がきた」
「…神託の通り、これから大陸の全てが終わる」
彼らは口々に絶望を漏らし、最悪の結末を受け入れ、ただただその時が来るのを呆然と傍観していた。
彼らがここまで絶望するのは、彼らがこのドラゴンの封印を代々見守り続けていた民族であったということも起因する。
だからこそこの民族たちは、ドラゴンの目覚めは『終末の時』だと信じて止まなかった。
そこにいた民たちほぼ全てが、これで何もかも終わってしまうと思い込んでいたのだ。
「―――まだ全てが終わったわけではありません」
そう話す声は、絶望に打ちひしがれる民たちの背後から聞こえてきた。
一同が振り返った先には、一人の女性の姿。
顔以外を分厚いローブによって包み隠している神秘的な雰囲気を放つ女性だ。彼女を見つけるなり、民たちは「巫女様」と叫んだ。
「確かに私が受けた神託は『竜の復活』を告げていました。ですが…『終末の時』までは告げられてはいません」
凛と澄まされた声。
巫女はドラゴンのいる方を指差し、ゆっくりと歩き出す。
「何故なら、竜の復活と同時に現れるだろう彼が……大陸を救うとのお告げなのですから」
彼女の指すその先―――ドラゴンと対峙するその場所には、一人の男性が立っていた。流れる金色の髪は緩く三つ編みに編まれ、深緑のコートが熱風により緩やかにはためく。
普通ならば一分一秒と立って居られないはずのその場所に、男性は汗一つ流すことなく涼しげな顔でいた。
切れ長の双眸には恐れの色さえない。片手に槍を持ち、その時を待つかの如く静かに佇んでいた。
「…しかし巫女様、彼一人で何が出来るというのだ」
「相手は伝説の怪物! 抵抗するだけ無駄だろう!」
本来巫女とは神聖な者であり、崇められるべき存在なのだが。冷静さを失っている彼らにとって今や巫女もただの少女であった。彼女の言葉を受け入れられず、怒声をも浴びせるほどだった。
しかし、それでも巫女は至って冷静に、静かに一人の男性を見つめ続ける。
彼が大陸を救う救世主であると信じて。
「お願いします魔道士様…貴方のその力で、民を…大陸をお救いください…」
巫女は両手を合わせ、強く祈った。
と、そのときだった。
「…すげぇ」
一人の男が感嘆した声でそう呟いた。
それを聞いた巫女は急ぎ祈りを中断し、前方を見つめる。彼女は思わず目を見開いてしまった。
周囲を焼き尽くし、破壊し続けていたドラゴンの両腕、両翼が一瞬のうちに切り落とされていたのだ。
片や魔道士の男性に怪我はないようで。まるで舞うが如く槍を振るい続けている。
まさかの一方的な戦力差に、民たちは口を大きく開けたまま、閉口せざるを得ない。
しばらくしてから、思い出したように初老の男が口走った。
「そうか、あの噂は本当であったと言うのか…」
男の言葉が耳に入り、巫女もまた瞼を伏せ、自身の記憶を巡らせる。
「百年に一度の逸材…史上最年少で『魔道士』となり、『
華麗な槍捌き。それにより圧倒されるドラゴン。
この地を偶然訪ねただけであったその男性は、その素性も何も説明していなかった。だが、そこで傍観していた誰もが確信した。間違いなく、彼こそが噂の『天才魔槍士』であると。
疾風の如く薙ぐ槍が風を生み出し、その烈風がドラゴンをまた切り裂いていく。
と、けたたましい程の叫び声を上げた直後、ドラゴンはその場に力無く崩れ落ちた。
それが勝利の合図となった。
動かなくなったドラゴンと時同じく、うねりを上げていた溶岩流は静まり、赤々と燃えていた大地はゆっくりと冷えて黒くなっていく。
地獄絵図のようだった灼熱の光景は消え失せ、そこには寂しげな荒野だけが残された。
それまで『終末の時』だと嘆き悲しんでいた民たちは、その光景に青年の勝利に、歓喜の声を上げた。感激の余りに泣き崩れる者さえいた。
誰もが本当は、絶望を受け入れてはいなかったのだ。
喜び沸き立つ皆々の中で、巫女の瞳にもまた溢れ出るものがあった。予見していた未来だったとは言え、内心不安でたまらなかった。流れる涙をそのままに、震える両手を口元に添えつつ彼女は小さく呟いた。
「本当に、ありがとう…」
―――天才魔槍士が封印されていた伝説の竜を倒す―――
この出来事は瞬く間に噂となり、直ぐ様大陸中へと広がっていった。
こうして『天才魔槍士』の名はより一層と有名になり、今や大陸の誰もが知る、最強の魔導士となっていったのだった。
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