Chapter.22 あなたは私の

「い、いきますよ……?」

「慎重に頼む」


 息を合わせて思い切りよく。激痛を伴う脱臼の応急処置のあと、青ざめた顔をするカトレアが何度も回復魔法らしきものを俺に掛けてくれていた。

 効き目としては正直、誤魔化し程度だな……。


 本当は脱臼を自分で戻すのはよくないのだが、金もないし、金をかけられるのも嫌だったのでこうして済ませることを選ぶ。カトレアが痛みを和らげる魔法を重ね掛けしてくれているから、なんとか乗り越えられた処置だ。


「大丈夫ですか……?」

「ああ、助かるよ」


 俺の怪我の具合を見て、カトレアは本当に心配そうな顔をしてくれる。腫れには「ひぃー」と息を呑み、頬の切り傷には「あああ……」と痛ましそうな顔をしていた。回復魔法らしきものは俺たちが思い描くほど都合のいいものではなく、せいぜい人体の自然治癒速度を加速させるだけのようだ。

 切り傷はすでに瘡蓋のような膜ができている。


 まあ、決して楽じゃないのだが、カトレアの介抱のおかげでだいぶ気持ちが前向きになっていた。


「はぁ……」

「痛かったですか?」

「いや、違う。いちいち反応しないでいいから」


 ため息を吐いてくたびれる。目の前にはタウロスの亡骸があり、後方には完全にのびた様子のガタイのいい男がおり、遠方の草むらにはダメージに苦しんで悶えている二人の盗賊がいる。

 まさかこんな事件に巻き込まれるとは。

 終わってくれてほっとしたものの、まだ俺のなかで現実味が追いついていないところがあった。


「……なあ」


 熱心に俺の体を労り続けてくれるカトレアに、語りかける。


「よく、俺の居場所が分かったな」

「当然です」


 カトレアは胸を張りながら答えた。


「あなたは私の召喚獣なので」

「……ああ、はいはい」


 呆れたように首を振る。なんだかなぁ……。

 複雑な心境ではあるのだが、まあ、おかげで助かったのだと解釈してここはひとまず良しとしよう。


 ぽりぽりと頬を掻く。


 俺のその態度を不思議そうに観察するカトレアがすぐそばにいるもんだから、勘付かれても鬱陶しいので俺は強引に話を切り替えることにした。


「ていうかお前、あの飛び方はなんだよ。助けにしてもすごくダサかったぞ」

「うるさいですね」


 クワっと怒ってくる。よし。

 悟られる前に誤魔化すことができてよかった。

 カトレアは言い訳紛いのことを口にする。


「あれだから私は空を飛ぶのが嫌いなんですよ!」


 ぷりぷりと怒りながら。とは言ってもなあ。

 追い出される前、師匠に持ち上げられたときはあんなふうにはならなかったわけで。くるくるくるくるっ!という目の回りそうな空の飛び方、確実にお前の技術に問題があると思うのだが……。

 あんなふうに飛ぶ魔女こええよ。


「コホン。……まあ、師匠にも呆れられましたねあれは。『なのにちゃんと飛べているから、それでいいよもう』って言われました」


 いい加減すぎる。だいぶ致命的じゃねえか。

 呆れる。カトレアらしいとは思うけど。


「直したほうがいいぞ絶対」

「うるさいですね……」


 不満そうにぶうたれるカトレアを見て、俺は自然は微笑んでしまった。

 咳払いを一つ。


 そろそろ体もマシになってきていたので、頃合いを見てカトレアに回復魔法を止めてもらい、俺は立ち上がる。


「さて、と……」


 目の前の惨状をどうするか。

 余っている縄を使って盗賊たちは縛り上げることとするにしても、目の前のタウロスがな。

 腰に手を当てて考える。まだ右腕は少し関節が痛むので、慎重に動かす必要があった。


「皮でも剥いで金にするか?」

「いえ……それはできないと思います。この魔法は、対象を朽ちさせる古い魔法です。多分、そのうち、ホロホロと崩れて粉になってしまうと思うので……」

「なんだその魔法……」


 思ったより恐ろしくてびっくりする。平然と解説してくれるカトレアを俺は唖然とした表情で見ていたが、彼女もまたやや落ち込んだような顔でタウロスに弔いの情を持っているようであった。


「古い本に書かれていた魔法です。できるとも思わなかったしはじめて使いました。よくない、魔法だとは思います」


 まさかカトレアがそんな隠し玉を持っていたとは。とはいえ、口ぶりからして消極的なところはあるのだろうし、実際気が進まないのも分かる。対象が朽ちるどうこうを置いといて、魔物狩りのときや自衛の手段、咄嗟の攻撃手段として自分の手札には加えていなかったあたり、カトレアのなかの良識も窺える話だ。

 盗賊に対して使わなかったのは、えらい。


「まあ、おかげで俺は助かったよ」

「はい……。それなら、良かったです」


 カトレアの頭に手をぽんと乗せる。今回は特別。そうやって自分たちに言い聞かせて、今回は仕方なかったのだと納得することにした。

 今後、カトレアにその魔法を使わせることを俺は次期待しないし、カトレアも二度と使わなければいいなと思う。


「んじゃ、盗賊縛り上げて後は組合に任せるか」

「そうですね」


 気持ちを切り替え、早いとこ行動に移る。もともと仕事の途中であるし、時間としても日没が近い。ここで盗賊に逃げられ再び復讐の計画を練られても仕方ないので、この件はここで終わらせることにする。

 いやしかし、組合はこれまでなにをしていたんだか。


 この調子ならいくら正義感が働いても、下手に首を突っ込むのは避けるようにさせよう、と思った。

 そんなおり。


 ―――――煌びやかな流星のような光が、突如として現場に駆けつけるように空から俺たちの眼前に落ちてくる。


 盗賊を縛り上げた矢先の俺たちは、不意を突かれて困惑する。

 立ち上がる粉塵の先に人影を見る。

 敵か味方か分からなくて、俺たちは警戒する。


 そいつは、自身の杖で土埃を切り開くと、まるで魔法少女のようなチャーミングな服装におどけたようなポージングを合わせてカトレアのことをビッと指差した。イエローカードを突きつける前の審判のような態度で、笛を吹く真似をする。


「ピピーっ! 違法魔女を発見しました! 取締魔女のキキセラと申します!」

「はあ?」


 な、なんだ?? どういうことだ??

 違法魔女? まさか、最後の魔法はそれほど危ないものだったということか――?

 師匠以来、はじめて目の当たりにする本職の魔女に、俺はただただ戸惑う。現状に心当たりがあるのか、カトレアは苦々しい顔をしていた。


「罰金です!!」

「はあっ? なんでだよ!」


 頼むから今日はもう落ち着かせてくれ、と次々起こる出来事に心底思った。

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