第10話 楽しき冒険者生活

「じゃぁ、カズトさん、またあとで。」


ある建物の前に着くと、ミィナはそう言って、先に扉をくぐっていく。


「あぁ、またあとでな。」


俺は頷くと、ミィナがくぐった扉の横にある別の扉をくぐる。


入り口でカード認証して奥に進む。


そこでは、何人かの男たちが、裸体を晒している……。


……誤解がないように言っておこう。


ここは公衆浴場の男湯だ。


だから裸身の男たちがいたって不思議でも何でもない。むしろ、裸体の女性がいた方が問題だ。


ミィナが相手をしてくれなくて男に走ったわけではないという事を、はっきりと告げておく。


いいか、男に走ったわけじゃないんだぞ。大事な事だから二回言っておくぞ。



……ふぅ……やっぱり風呂はいい。


周りでも、同じようにくつろぐオッサンたち。


壁一枚隔てた向う側では、ミィナや他の女性の皆さまが、麗しい裸体を晒しているに違いない。


うんうん、ミィナさんや、そのお姉さんの胸を見て羨ましそうな顔をしないの。

……だからと言って、隣の女の子にドヤ顔しない。その子どう見ても10歳以下でしょ?

まだまだこれからなのだよ。


……えっ、何の話かって?


そりゃぁ、壁の向こうの桃源郷のお話ですよ。


俺の視覚拡張にかかれば、こんな壁一枚透視することなど訳ないのさ。


……もっとも、相変わらず、肝心なところは、謎の光線が邪魔して全く見えないんだけどね。



ここはツヴァイの村。


アインの街があったエルクラード王国から、間に二つほど小さな国を挟んだところにある、トリニティ共和国の外れにあるオクト自治領の、更に外れの外れに位置する小さな村だ。


逃げ出してから3か月。

旅をしながら、流れ着いたのがこの村という訳だ。


そして、今、俺達が入っている公衆浴場。これは、なんと俺が作ったものなのだ!


何故作ろうと思ったか?


それは俺が入りたかったという事もあるが、それ以上にっ!


女湯を覗くのは男のロマンだろっ!


……いや、ウン、分かってますよ、言いたいことは。


でもね、自分で言っておいてなんだけど、その理由を聞いて、即座にOKを出すどころか、全面バックアップしてくれた村長さんにも問題あると思うんだよね?


そして、俺と村長さん、そして有志による、浴場建設が始まったのはいいんだけど、どこからか実情を聞きつけたミィナと村長さんの奥さん及びその娘他、有志の女性たちによって、設計が大幅に見直され、建設することになった。


勿論、設計の際にあった……というかわざと開けておいた穴は(物理的な物も含めて)全部潰されました。


一応混浴可能な、貸し切りの家族風呂なんかも併設してあるけど、村長さんか、新婚さん以外には使っていない。


ただ混浴が関係あるのか、新婚さんのご家庭が一気に子宝に恵まれ、近々出産ラッシュが起きるというのはおめでたい話であり、また、そのせいで「子宝に恵まれる効能がある」という妙な噂が広まってしまい、近隣の町や村から訪れる人も増え、村は急速に活性化しつつある。


余談ではあるが、村長さんの娘の話によれば、近々、年の離れた弟か妹が出来るという。


そう報告してくれた娘さんは何故か複雑な顔をしていたけど。


とまぁ、色々あった浴場も、今ではこうして村人たちの癒しスポットとして、人気があり、建設した俺には、毎月少々の売り上げが入ってくるため、村の中で小さな家を建て、ミィナと二人で暮らすには何の問題もなく、日々平和に過ごしているのだった。


問題があるとすれば……。


「勝負にゃぁぁぁぁ!」


公衆浴場を出たところで襲い掛かってくる小柄な影。


俺はひょいッと横に割け、脚を突き出す。


「にょわわわわっ!」


俺の出した脚に引っかかり盛大にこけるその影の正体は、ネコ耳の少女、マーニャだった。


「アクアボール」


俺はその少女に数発の水の玉をぶつける。


「ふにゃぁぁぁ……。」


水浸しになって、その場に座り込むマーニャ。


「ほらほら、冷たいだろ?一緒にお風呂入るか?」


俺はそう言ってマーニャに手を差し伸べる。


「何やってんですかっ!」


ゴンっと、後ろ頭をメイスで殴られる。


……いたいよ。金剛不壊がなければ大怪我してるよ?


俺は頭を押さえながら振り返る。


そこには怖い顔をして俺を睨むミィナと、村長の娘のレイナ、そして、レイナとマーニャの友達のアイナが立っていた。


ちなみに、叫んだのはレイナで、俺をメイスで殴ったのはアイナだ。


「いや、俺は飛び掛かってきたマーニャをだなぁ……」


「カズトさん、言い訳は家でたっぷりと聞きますからね。」


「い、痛い、痛いですミィナさん……。」


ミィナが俺の耳を引っ張る。

これ、マジで痛いんだよ。


それより、問題なのは、マーニャを含む三人娘。


三人ともミィナの事が好きらしく、いつもまとわりついている。そして、一緒に暮らしている俺の事が気にくわないらしい。


特にマーニャは考えなしで、俺の姿を見ると飛び掛かってくる。


その都度俺に倒されてドロドロになり、それを見た俺は、可哀想になってお風呂で洗ってあげようとするのだが、そこに他の二人が現れて俺をタコ殴りにするという、理不尽極まりないことが、日常茶飯事になりつつある。


「カズトさん、ロリコンだからと言って、襲うのは犯罪ですからね。」


「襲ってないわっ!」


くぅ~、人に不名誉な称号を与えやがって……。


「ほら、マーニャ、いくよ。」


レイナが水浸しのマーニャの手を取り、出てきたばかりの浴場へもどっていく。

その後とアイナもついて行く……俺もついていきたい。


「カズトさん……」


そんな俺を毛虫を見るような目で見るミィナ。


「覗きと混浴は男のロマンなんだよっっ!みんな口に出さないだけでそう思っているはずさっ!」


俺がそう叫ぶと、丁度出てきた男性客が、気まずそうに目をそらし、駆け足で逃げていった。


「男の人って……」


はぁ…と、大げさにため息をつくミィナ。


「じゃぁ、カズトさん、私と一緒に入りますか?今なら丁度家族風呂が空いているはずですし。」


「いいのかっ!」


思いもかけないミィナの申し出に、俺は飛びつきそうになる。

しかし、……


『落ち着きなさいよ、あのミィナがそんな事言いだすなんて、きっと裏があるわよ。』


脳内の天使ちゃんが、舞い上がりそうな俺にブレーキをかける。


『いや、思惑がどうあれ、これはチャンスだ!やってしまえばコッチのものさ。』


そこにいつもの如く悪魔君が反論する。


『今まで、そう言って考えなしで行動するから、騙されてきたんでしょ、ちょっとは学習しなさいよ。』


『何言ってるんだ、昔の偉い人も「信じられないって嘆くより信じて傷ついた方がいい」って言ってるだろ?』


『だからといって、考えなしに行動するのは……』


『ミィナを信じろよ』


脳内で、天使ちゃんと悪魔くんのバトルが続く……


眼の前には、心なしか頬が赤く見えるミィナの顔が………


「……あ、そういえば、醤油買い忘れてた。……ゴメンっ!」


俺は、そう言って、逃げるように村の商店街の方へ駆け出す。


脳内では、悪魔くんを踏みつけた天使ちゃんが、勝利のポーズを決めている。


「………ショウユって何よ?………ヘタレ。」


ミィナのそんなつぶやきが、俺に聞こえるはずもなかった。

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