第30話

 その夜ヨーゼフ先生のところに急患が運び込まれた。

 4歳くらいの男の子はショック状態だった。

 「夜遅くに申し訳ありません。息子が痙攣をおこしまして…」

 その人は子供の父親でジェラード・バーリントンと名乗った。子供の名前はクリスチャンと言う。

 「いいからすぐ中に…」

 ヨーゼフ先生がすぐに診察を始める。

 私もすぐに呼ばれて部屋から出て先生の手伝いをする。

 

 「先生、何の病気なんでしょうか?」

 「わからない。小さな子供は熱が高いと痙攣をおこすこともある。それで痙攣はいつ頃から?」

 「はい今晩、私は食事の支度をしている時に…」

 「何か心当たりはありませんか?」

 「いいえ、まったく…」

 「とにかく熱も高い、すぐにシャルロット、ドクダミで解熱を」

 「はい、すぐに」

 私はすぐにドクダミを煎じた薬液を持ってくるとクリスチャンにそれを飲ませようとするが、クリスチャンはぐったりして意識もない様子だ。

 私はそれを飲ませるのをやめると精一杯の力を込めてクリスチャンが目を覚ますように手のひらをかざす。

 何度もクリスチャンの身体に手のひらをかざして体内熱を取りだすようなイメージで喉から下腹部に手をかざして身体から熱を引き出すみたいに…

 ”クリスチャンしっかりして、身体中の熱よ下がれ。どこもかしこもクリスチャンの身体から高い熱を取り去って”


 どれくらいの時間がたったのか、クリスチャンが意識を取り戻した。

 「クリスチャン大丈夫か?」

 ヨーゼフ先生はクリスチャンの身体を触診する。

 そして私は煎じ薬を…

 「クリスチャン?辛いね。でもこれを飲んで。匂いが嫌かも知れないけど我慢してね」

 私はクリスチャンにドクダミの煎じた液体を飲むように言う。

 「これを飲むの?」

 クリスチャンは意識は戻っていたが、液体のひどくむせそうな匂いに尻込みする。

 「ごめんね。そうだ。我慢して飲んだらはちみつを上げる」

 「はちみつ?うん、はちみつ大好き」

 クリスチャンはしかめた顔をしてドクダミを飲んだ。

 私はその間にキッチンに走ってはちみつとアビーにもらったクッキーをもって来た。


 クリスチャンが頑張ってドクダミを飲み干して私と目が合った。

 「はい、偉かったね。約束のはちみつ。それからクッキーもどうぞ」

 「わぁ‥お父様クッキー食べてもいい?」

 そばに付き添っていた父親に瞳を向ける。

 「ああ、お礼を言って食べなさい。ありがとうございます。何とお礼を言ったらいいか」

 「とにかく良かったです」


 しばしの沈黙の後バーリントンさんが言った。

 「あなたは魔女なんでしょう?シャルロットがいなかったらうちの子はどうなっていたか…本当にありがとうございました」

 「いえ、とんでもありません。私、魔女と言ってもほんとに大したことなくて…きっとうまくいったのは偶然ですからどうかお気になさらず」

 「バーリントンさんも知ってると思うが魔女と知れたらすぐに王城に連れて行かれる可能性もある。だからこの事は秘密に頼む」

 ヨーゼフ先生がシャルロットの事を誰にも言わないように頼んだ。


 バーリントンさん親子はしばらくして帰って行った。

 明日もドクダミの煎じ薬を飲ませなさいと先生が薬液を持たせた。

 「シャルロット大丈夫か?」

 「はい、でも、もう休みます。おやすみなさい」

 その夜私は疲れていた。アルベルトにも気合を入れて力を使ったし、ベッドに横になると同時に眠っていた。


 翌日私が目を覚ましたのは、かなり遅い時間だったらしい。

 「先生すみません。私、寝坊してしまって…起こしてくださればよかったのに…」

 「いいんだ。昨日は疲れただろうと思ったから、もう大丈夫かい?」

 「はい、すっかり元通りになりました」

 「良かった。それに今晩は夜会だ」

 「はい、そうでした。私マール様が迎えに来て下さるので楽しみです」

 「ああ。そうだったね。こっちの準備は出来ている。夜会でロベルトとふたりきりになって手筈が整ったら…わかってるね?」

 「もちろんです。マール様はロベルト様と仲がいいと伺ったので近づくのは簡単そうです。チャンスを見て薬を飲みものに混ぜるつもりです。ロベルト様に薬が効き始めたら合図しますから…」

 「ああ、だが無理はしないでくれよ。もし無理と思ったらいつでもやめていいからね。僕たちは夜会のスタッフに紛れているから心配しないで、いつでも君のそばにいるから」

 「はい、ありがとうございます」


 私は午後からは眠り薬の準備や在庫のない薬の調合に忙しくした。

 本当は緊張して胃がキリキリしていたけど、なるべく気を紛らわせて落ち着こうと思ったからだ。


 午後3時を過ぎるとアビーのところに行って夜会の準備を始めた。

 夜会は7時頃からだったが、その前に記念式典があるのだ。

 だからマール様が来るのは5時前になると予想する。

 コルセットにドロワーズ、ドレスを身に着けるとアビーにきれいに髪を結ってもらう。


 髪型は今はやりらしい、緩めのシニヨンで淡いピンク色の髪が肩にかかるくらいに結われておくれ毛を耳元でカールさせると、作った造花の小さなユリを髪の間に差し込んだ。

 瞳はもちろんグリーンにしてほんのり頬に紅を入れて薄化粧をしてもらった。

 「すごくお綺麗です。もう、旦那様に見せてあげたい。でも夜会で会えます。きっと旦那様は驚いて…うふふ。あんな風でもあなたの事をすごく気にしてらっしゃるんです」

 「もう‥アビーったら、アルベルト様は私の事なんか…それに今日はマール様がお迎えに来て下さるんですから」



 本当は一番にアルベルト様に見て欲しかった。

 な、何を…そんなこと思ってないから!

 そんな事を思ってしまって私は急いでアルベルト様の事を忘れようと首を振った。

 そうあんな人…嫌いだもの。

 忘れられるはずもないのに、私は虚勢を張っていた。


 それにしても生まれて初めてのドレスはとっても素敵に仕上がりとてもリメイクだとは思えなかった。

 「アビーのおかげよ。本当にありがとう。じゃあ行って来るわ」

 「ええ、すごくきれいですよシャルロット様、みんなが振り向きますね。旦那様に優しくしてあげて下さいね」

 「ええ、そうね。今夜は淑女ですもの…」

 アルベルト様の事を思うとズキンと胸が痛んだ。

 でも、今夜はそんな事を思ってる余裕なんかないわ。


 私は急いでジェルディオン家に帰った。

 今日は先生も夜会に行くので、もちろんスタッフとしてだが、他にも数人知らない顔の人がリビングルームに来ていた。

 その方々と挨拶をして今夜の事をもう一度話し合う。

 ヨーゼフ先生たちは給仕係として中に潜入することになる。



 そしてひと息つくとドアのチャイムが鳴った。

 「シャルロット様のお迎えに参りました」

 「はい、お待ちしておりました…まあ…マール様…凄く素敵ですわ」

 私は迎えにいらしたマール様を見て固まる。

 彼は騎士隊の正装をしていらっしゃいました。

 宵のうちのような紺色のビロードのマントを羽織り、その下には瞳と同じ美しい碧色の上着を着て、その上着には煌びやかな勲章や肩章が付いていてとても男らしいお姿だった。


 「シャルロット…様。そのドレスは…」

 マール様はとても驚かれたご様子で私を見られた。

 「すみません。私…どこか不都合でも…」

 どうしよう。やっぱりリメイクなんていけなかったのかしら…

 何しろ初めての夜会。どんな衣装で行ったらいいのかもわからず失敗したのだと,みるみるうちに顔が真っ赤になった。

 「あっ、すみません。違うんです。あまりにお美しくて…」

 「えっ?では、ドレスが変なわけでは?」

 「どうしてそのような事を?凄く素敵です。ほんとに光栄です。あなたとご一緒出来て…そのネックレスすてきですね」

 「えっ?これはラックス様が貸してくださったものなんです」

 昨夜ラックス様が私にとエメラルドのネックレスを貸して下さった。とても立派なエメラルドはかなり希少な一品かと思われた。


 「とても素敵です。今夜の夜会が楽しみです」

 マール様がとろけるような笑みをこぼされた。

 「ええ。そうですね」

 どうしましょう。マール様を勘違いさせたかも…

 それに今夜の計画をマール様は知らないのだから…


 緊張で大きなため息がひとつこぼれた。

 「緊張していますね」

 「ええ…すみません不慣れなもので…」

 「大丈夫です。さあ、行きましょうか」

 「はい、どうかよろしくお願いします」

 マール様が手を差しだされて私はその手の上にそっと手のひらを乗せた。

 気持ちを引き締めなくては、私はもう後戻りできない。とにかく頑張らなくては… 

 心に秘めた思いにぎゅっと唇を噛んだ。


 マール様が握ってくれた手を思わずぎゅっと握ってしまう。

 マール様が嬉しそうに手を握り返して馬車にエスコートして下さった。

 ち、違うんです。そんな意味ではないんですが…

 そんな事はお構いなしに馬車は王宮に向かって走り始めた。




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