27 幼馴染と悪役令嬢とのお泊まり会。

 小学生の頃までは月に一度ほどの頻度で明希をうちに泊めていたりしたものである。

 今と同じで明希の親が仕事などで日比野家に不在の際、明希を一人にしておくわけにはいかない。そして当時の俺たちは非常に距離感が近かったものだから、一緒のベッドで寝ても違和感はそこまでなかった。


 ……が、高校生の今は当時と事情はまるで違う。

 しかも今回のお泊まり会は二人きりではないのだ。


「セイヤ、どうして気まずそうな顔をしておりますのよ。護衛たる者、令嬢の傍に常にあるのは普通でしょう」


「もしかして煩悩刺激されちゃってるのー? まったくもう、誠哉も男の子だなぁ」


 薄青のネグリジェを着たダニエラが叱りつけるように、そしてピンクの下着姿の明希がケラケラと笑う。

 観光の際の着物にも相当煩悩をやられたが、これは誘っているのかと言いたくなるくらいやばい。

 明希はふざけているのだと思うが、ダニエラが純粋過ぎるのが困る。何かの間違いで俺に襲われるという心配を全くしていない顔だった。

 さすが侯爵令嬢だった。


「なんで二人が俺の部屋に来てるんだ。ちゃんと部屋は用意してやっただろ」


「だって、誠哉と一緒に寝たいんだもん!」

「それにアキ様を危険に晒すわけにはまいりませんわ。それに三人で眠った方がセイヤも安心だと思いませんこと? ――ワタクシを奪ったの何だのと言いがかりをつけてお兄様が襲いかかって来ないとも限りませんわよ?」


 ダニエラの脅しめいた言葉に、俺は背筋を寒くする。

 確かにすでにダニエラの兄にはこの家を知られているわけだから、来ないとは限らない。というか間違いなく来る気がする。

 言われてみれば、三人で固まった寝た方がいいような気がしてきた。俺の煩悩が暴走しさえしなければ大丈夫だろう。


 ――そう思っていたのだが。


「まさか床で寝かされることになるとは……」


 俺は板張りの床の上でゴロンとなりながら、愚痴をこぼした。

 明希とダニエラは俺のベッドに二人並んで腰掛けている。男のベッドにいることに対して抵抗とかないのだろうか、彼女らは。


 そんな風に考える俺をよそに、女子二人組はトークに花を咲かせていた。


「それでさ、誠哉ったらね、私の裸を見ちゃってさぁ」


「アキ様、はしたないですわ! およしになってくださいませ」


「えーそういう話興味あるんじゃないのー?」


「興味はございますけれど」


「でしょー? それで誠哉、なんて言ったと思う?」


 ……何の話をしているんだ、こいつら。

 明希が言っているのは俺たちが互いに小学校低学年だった時の恥ずかしエピソードだ。

 傍から聞いている俺の方が顔から火が出そうになる。


 ああ、いたたまれない。

 早く部屋から逃げてしまいたい気持ちでいっぱいになったが、そうもいかない。

 だから俺は、我慢した。

 目をギュッと閉じ、頭の中から今日あったこと――本当に短時間で色々あり過ぎたと思う――を追い出し、眠ることに集中する。

 それでも二人の少女の寝巻き姿と恥ずかしい記憶が頭から消えず、大変だった。


 ――これからできるだけ穏やかな毎日が過ごせますように。


 そんな、ますます叶いそうもなくなった願いごとを思い出しながら、俺は小さく苦笑する。

 明日からもきっと平穏とは無縁な日常が始まるのだろうと思わずにはいられなかった。


 だがまあ今は、徐々に強まってきた眠気と疲労感に任せてこのまま泥のように眠ってしまうとしよう。

 寝ている間だけは、何の気負いもなく夢の世界を漂うことができるだろうから。

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