11.チャーハン半額、小競り合い
*****
部室。
風間は上座の席。俺の隣には香田がいて、正面には桐敷の姿がある。その桐敷の隣席にはフツウの後輩――むしろ生真面目すぎるくらいのきらいがある七三分けの男子生徒が座っている。
フツウの後輩、男子生徒――彼の顔はでこぼこだ。
誰も口を開かない。風間は腕を組んでいるだけだし、香田はバイクスーツ姿で読書中、桐敷はスケバンルックのままである。申し訳なさそうに首を前にもたげている彼の頭を桐敷がばしっと叩いた。なんの意味があっての行動かはわらかないが、いきなりそんな真似をされたら多くのニンゲンはびっくりする。実際、男子生徒はぶたれて目を白黒させた。
「彼、あたしは初対面」と風間は言った。「リリは?」
香田はぶんぶんと首を左右に振った。知らないらしい。
「だったらやっぱりサキのお友だち?」
「うるせーよ、ばーか。友だちなんかであってたまるかよ、ばーかばーか」
「でも、あんたの知り合いなんでしょ?」
「案外、神取坊やの客かもしれないぜぇ?」
風間が俺のほうに流し目をくれた。
俺は目を閉じ、肩をすくめてみせたのだった。
「ほら、やっぱりあんたの知り合いなんじゃない」
「あー、うるせーうるせーうるせー。知り合いだったらなんだってんだよ」
「なにがあったか言ってごらん。じゃないとゆるさないから」
「けっ。テメーになに言われたところでいまさらビビったりしねーよ」
「言いな。ほんとうにぶつよ」
「ぅぐっ……」
まったくもって醜い言い争いだ。
どちらかが一歩引いて謙虚に切り出す。
交渉事における基本だろうが、馬鹿女どもめ。
「風間は黙れ。桐敷だけ答えろ。なにがあったんだ?」
「雅孝、あんた、なんの権利があってあたしにそんな偉そうなこと――」
「黙れ。桐敷、なにがあったんだ?」
桐敷は申し訳なさそうな表情を浮かべたのち、俯いた。
「そこの七三。七三なんだし、七三でいいよな?」
桐敷がそんなふうに訊くと、男子生徒は「は、はい。七三ですっ」と答え忙しなく頷いたのである。頭は良さそうだし誠実そうでもあるが腕っぷしだけは到底そうでもなさそうだ――量産型の匂いがすると言っては失礼か。
「白状してやる。近所のラーメン屋に昼飯食べに出たんだよ」
「シュリ軒」というのだと言う。じつは俺は知っている。俺が知っているくらいだから、風間も香田も熟知していることだろう。近所の有名店なのだ。
「昨日、メシ食いに行ったんだよ。月一のチャーハン半額イベントだったんだ。じつは朝から楽しみにしてたんだ。だっていつもの倍食えるわけだからな」
「あんたの楽しみうんぬんはどうだっていいんだけど?」
「ぐっ、風間、てめぇ……っ」
「どういうことなの?」
桐敷はめんどくさそうな顔をして、右手で頭を掻いた。
「人気店だ。メチャクチャ並ぶんだよ。で、割り込みがあった。主な被害者は七三くんだ。ここまで言ったらもうわかっだろ? あたいはそいつらを排除しようとしたんだ」
割り込んだのは誰?
明白なんでしょ?
そんなふうに、風間は訊いた。
「グレーの学ランだ。どっちもつるっぱげだったな。間違いなくパネコーの奴らだよ」
風間は額に右手をやり、呆れたようにゆっくりと首を左右に振った。
「サキ、あんた、前にあたし、言ったでしょ? 連中とは揉めるなって」
「しつけーしめんどくせーからってんだろ? でもよ、だからって、ウチの生徒を見殺しにするなんてダメじゃんかよ。違うか?」
「違わない。あんたは偉いよ、サキ」
「だろうが。つーか、テメーに褒められたところで嬉しくねーよ、ばーかばーか、ばーか」
文字通り、俺は黙って聞いていただけだったのだが、興味が生じたので、訊いてみることにした。
「風間、桐敷でもいい、パネコーとはなんだ?」
風間と桐敷が目を見合わせる。
「あたいが答えてやるよ」と桐敷が言った。「『はねざきこうぎょうこうこう』だからパネコーだ。漢字は後で自分で調べろよな」
「それほどまでに厄介なのか?」
「自分たちでパネコーとか謳うんだからやべーだろ。おつむの出来も揃って悪いらしいしな」
「そういう場合、やり返しに乗り込んでくるんじゃないのか?」
あんたばかぁ?
風間に言われた。
「だから困ったんだって言ってるじゃない。パネコーってほんと、馬鹿ばっかりなんだよ? へたしたらウチの生徒がまんべんなく襲われかねないんだから」
「どうすれば解決する?」
「さしあたり、あたしにリリ、それにサキがまわされてやればいいんじゃない?」
「ば、馬鹿いってんじゃねーぞ、風間。そんなのゆるせっかよ」
「だったら、どうすればいいっていうの?」
「そ、それは……」
俺はこくこくと頷き、「わかった」と言った。
「俺が先方と話をつけてこよう」
風間と桐敷は「えっ」と声を発し、香田は香田で大きくした目を寄越した。
「馬鹿言うな、雅孝。簡単な話じゃないんだよ?」
「そ、そうだぜ、神取。シャレが通じる相手じゃないんだぜ?」
「だったら、ほかにどうすればいいんだ?」
桐敷は押し黙った。
風間が静かにするのは珍しい。
香田がなにも述べないのはいつものことだ。
「ま、待てよ」と桐敷は言い。「あたいが蒔いた種だ。あたいがなんとかする。そうじゃなきゃあたいの気が済まねーよ」
「あるいは、おまえならやり遂げるのかもしれない」
「だったら――」
「今回は俺に任せてくれないか? 悪いようにはしない」
桐敷はいっそう深く、首を前にもたげた。
「あのな、神取、あたい、ろくにヒトに甘えたことなんてないから、甘え方がよくわからねーんだ……」
「気にするな。俺だって慣れっことは言えないからな。が、俺にはやれないことなんてないと思ってる」
「どこから来るんだよ、その自信はよ」桐敷は「ははっ」と笑った――すぐに顔を俯け。「……わりぃ。頼む。あたいはおまえを信じてみるよ。でも、どうしもダメだってんなら――」
「心配無用だ」
俺は席を立ち、出入り口へと向かう。
後ろから風間に「生きて帰ってこなきゃゆるさないよ!」とはっぱをかけられた。
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