5.始まった
*****
言わばステレオタイプ、坊主頭の芋くさい男子生徒――「自分は下っ端中の下っ端ッスから」などとのたまう謙虚な彼が上階――目的地まで導いてくれるというので、後に続いた。じつに優しい人物だ。事あるごとに他校の生徒のボンタン狩りに遭うのだという。だがそのたび先輩に助けられるのだという。どうやらウチの学校は正義感に溢れるニンゲンに溢れているようである。微笑ましい、あるいは頼もしい事実である。
坊主頭の彼はしっかり四階まで案内してくれた。「ありがとう」と言い、そしたら坊主頭の彼は「ひゃあぁっ」と急いた様子で階段を駆け下りていった。なるほど、そうか。このフロアはそこまで危なっかしいのか。
まあいい。
やってやろう。
まずは序列四位だとかいう奴だ。
キックボクシング部の長なのだという。
キックボクシング。
非常に万能で、すなわち汎用性が高い格闘技だ。
特に肘と膝が強い、肘と膝が。
その人物は席に――椅子に座っていた。
真ん前に立った俺のことを見上げてくる。
「ふへへへへっ。そうか、おまえか、おまえが噂の新入生か。俺は知ってるぜ? 知っているんだぜ? 耳が早いんでな。だがあっちは早くないぜ? きちんと女のコはイカせてやるんだぜ? そうだ。俺は我が鏡学園の序列四位なんだぜ? ふっはは。おまえごときが敵う相手じゃねーんだよ。だからいますぐ跪いて靴先でも舐めろってんだ、ぶげらっぱっ!!」
あまりに話が長いので途中でぶん殴ってやった。序列四位はまあ序列四位だったのかもしれないが、にしたって詳細までの自己紹介など望んでいない。椅子ごと向こうにぶっ飛んでいく様はそれなりに清々しく気持ちがいい。俺は近くにいた上級生に「次に案内していただいてもいいですか?」と笑顔とともにお願いした――案内してくれると言う。ただ、あまりにびっくりした顔をされると気が引けてしまうというものだ――俺はとにかく人が良く、また人当たりもいい。もちろん、主観的な物言いだ。
*****
ボクシング部の長なのだと言う。
ボクシング。
なんだかんだ言っても立ち技最強であるように思う。
マイク・タイソンの壮絶なミット打ちをネットで見つけたときには鳥肌が立ったものだ。
「へへっ、馬鹿じゃねーの。俺、三位なんだけど? マジで序列三位なんですけど? げひゃはははははっ!! って、ぐへらっぱっ!」
話が長くなりそうな予感があったのでまた話の途中でぶん殴ってやった。先ほどの序列四位の奴からしてそうだが、どうしてつまらん口を利くのか。そしてどうして二人揃って椅子ごと後ろにぶっ飛ぶだけでしぶとく立ち上がってはくれないのか。打たれ弱さは歴然らしく、近づき見下ろした際にはすでに気を失っていた。
ああ、ほんとうに、これが序列三位なのか?
だったら悲しみすら覚えるぞ。
少なくとも現状、当校はつまらない。
*****
続いては総合格闘技、それすなわちММA部の長らしい。部長であると同時に生徒会長でもあるらしい。いずれも大げさな肩書きであるように思うが、なにもないよりはずっといい――のではないだろうか。
当該男性も椅子の上でしゃべるのだ。やはり「ふははははは、きみが噂の転校生か、ふはははは」などと述べ笑うのだ。さっき誰かも言っていたが俺のことを知っているニンゲンはそれなりにいるらしい。
「よし、相手をしてやろう。ちなみに私に負けたからと言って恥じることはないぞ。なにせ私はこの学園で最強を誇るにふさわしい無敵の男なのだからな、ふはは――ぶらげっぱ!!」
また発言の途中でつい殴ってしまい、くだんの人物はやはり椅子ごと向こうにぶっ飛んでしまった。
俺はのっしのっしと歩いて生徒会長の胸ぐらを掴み上げた。「誰が序列一位なんだ?」と強く問う。
「ままっ、待ちたまえ。私は目下出血している。鼻血を出している。鼻血が止まってから今一度話を聞こう」
「もう二、三発、くれてやってもいいんだが?」
「きみはダメだ。美しくない。物騒すぎるぞ。そして休み時間はもう終わる」
たしかにまもなくキーンコーンカーンコーン、チャイムが鳴った。
「だが、俺の気持ち的に、とっとと上に火傷を負わせたいんだよ。生徒会長殿、わかってくれないか?」
「だ、だが、どうあれ私は序列二位なんだぞ」
「おまえの相手はもう終わった」
「ご、傲慢だ――ぐぇっ!」
両襟を掴む格好で絞め技を使ってやったので、生徒会長は醜い声を上げた。
「すまないな、生徒会長。俺は気が短いんだ」
「わわっ、わかった。きみのクラスの担任に伝えておく」
「担任になにを伝えるんだ?」
「だ、だから、序列一位の情報をきみに教えろということをだ。問題ない。そういうものなんだよ、ウチの学校は」
「そういうもの?」
「そういうものなんだっ」
「わかった」
俺は案外、物分かりがいい。
生徒会長を解放してやった。
*****
放課後。
生徒会長の言葉を信じるならなにかしら動きがあるだろうと思い、自席にて待機していると、担任の美人教諭、桜井が、教壇の上からちょいちょいと手招きを見せた。桜井は「うふふ、うふふ」と笑っており、俺が正面に立つと「ひゃあぁ、ひゃあぁっ」などと悲鳴にも似た声を上げ――。
「ひゃあぁ、神取くんってば近くでみるとより美男子だね。ひゃあぁっ、ひゃあぁぁぁっ」
諸手を上げての褒め言葉には目眩を覚える。
「用件をお伺いしたく存じます」
「ひゃあぁっ、ひゃあぁぁっ!」
しかめ面をしつつ嘆きたいところだ。
しかし、桜井はいきなり真面目な顔をして。
「トップ・オブ・トップ。最強・オブ・最強。知りたい? そのコのこと」
だから、知りたいと言っているんだが?
「その人物の名は、カザマ・クレナイといいます」
カザマ・クレナイ?
おぉ、なんとも大仰で強そうな名ではないか。
「なお、そのコは放課後はバイトに勤しむ人物なので、今は学校にいませーん」
「どこにいるんですか?」
「ですから、バイト先でーす」
だから、そのバイト先を訊いているのだが……。
桜井は教壇の机の上に置いてあった手帳を開くとなにやらさらさら書き記し、それをちぎると俺に渡してきた。
住所だ。
あと……なんだ、これは。
店の、名前……?
「プリティー・プリンセス」などというアホみたいな名前が……。
「神取くん、ウチの序列一位には、たとえきみでも敵わないよ?」
うふふふふと、桜井は愉快そうに含み笑いをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます