第37話 デビューの日

 本番の日は驚くほど早くやってきた。


 公演は盛況で、午後の開演1時間前からテントの前に行列ができていた。雨季ならではの曇天に似合わず列に並ぶ人々の顔は皆晴れやかで、これから始まるショーへの期待と興奮に輝いている。


 前夜のテント設営の前も最中もずっと緊張で気が気でなかった。ショーのことばかりが気がかりだった。夜もまともに寝られず、リングで動き回るイメージばかりしていた。


 本番前の控室で袴に着替え、鏡に向かい白塗りの化粧をしている私の肩を突然ルーファスが叩いた。


「わっ、ビックリした!!」


「緊張してるだろ」


「そりゃあね、初ステージだから。心臓が今にも口から飛び出してきそうさ」


「やるべきことはやった。あとは自信を持ってリングに立つだけだ。お前のショーだ、目いっぱい楽しめ。お前が楽しめば自然にお客さんも楽しんでくれるだろう」


 練習にばかり夢中になって、一番大切なことを忘れかけていた。何で気づかなかったんだろう。私が固くなっていればお客さんも緊張してしまう。クラウンはポジティブなエネルギーを発する存在だ。笑わせるためには明るい、楽しい気持ちでいないと。


 まずは全力で楽しもう。お客さんを楽しませるのはそこからだ。


 開演時間が刻々と迫る。あと10分で照明が落とされ、ピアジェの口上が始まる。最初の出番はクリーの綱渡りのあとだ。


 エントランスの奥で待機しながら大きく深呼吸をした。


 パチンというライトの落ちる音がする。リング中央が照明に照らされる。


" Ladies and gentleman!!"


 ピアジェの声がマイクに乗って届く。


 口上が終わり、紫色の服に身を包んだダンサーたちが通路を駆け抜け舞台に散っていく。


 長い間奏のあとでジュリエッタの歌が始まる。


 曲芸師たちがリングを飛び回り、早送りをしているみたいにあっという間にオープニングショーが終わる。


 今回、最初のパフォーマンスは空中ブランコではなく新しくお披露目されるヒュージ・ホイールだ。


 濃紺の闇の中で天気輪の輪を模したタワーが、黄色と橙色の仄かな灯りを放って明滅する。


 その塔に架けられた回転する軸の両側についた巨大な車輪の中や上を曲芸師たちが懸命に駆ける。スリル満点のパフォーマンスに観客たちは熱狂している。


 緊張している私の横でケニーが言った。


「子どもの頃僕の周りの友達は皆負けず嫌いでさ。スポーツや勉強で競って、負ければ泣いて悔しがった。大人になると多くの人は出世競争に巻き込まれてく。だけど君は違った。僕にゲームで負けてもあまり悔しがらなかった。『負けちゃった』って笑うくらいでさ。僕にとってのゲームみたいに、君が夢中になれるものができたらいいなって思ってたんだ、ずっと。だけど君は見つけた。本気になれる、誰よりも好きだと胸を張れるようなことを」


 ケニーのつぶらな瞳の奥が光っている。アーチ型のエントランスの向こうは既に驚きと感動を詰め込んだ歓声に支配されている。


 見つけられないと思っていた。心から夢中になれることなんか。乾いた心を持て余して24年余りを生きていて、初めて出会ったサーカスに私は恋をしたのだ。身も心も捧げてもいい。そう思えた。


ーー今度は私が恋をさせる番だ。


 ヒュージ・ホイールが喝采の中無事終わり、間を置かずしてアルフレッドとミラーの空中ブランコが始まる。宙を飛び交う2人を観ながら、緊張が高まってゆく。


 やがてテントが暗転する。


 スポットライトが再び上空に当たり、クリーの綱渡りが始まる。天の川のような透明なトランポリンの上に張り巡らされたロープを、カンスーを持った小さい身体がゆっくり前へと進んでゆく。


 クリーが向こう岸に辿りつく。新しくショーに追加された自転車での綱渡りを披露し、歓声に包まれながら退場する。


「よし、行くぞ」


 ルーファスが私の背中を叩く。


 照明がリングを照らしている。


 大きく深呼吸をする。


「リングは君のものだ。君にしかできないことをやれ」


 ケニーの大きな手が背中に触れる。


 リングに出れば私はアヴリルでもネロでもない。クラウンの詩だ。


 長い時間ががかったけれど、やっと念願の舞台に出られる。


 背筋をピンと伸ばしてアーチを潜り、白い光が降り注ぐ中を丸いサーカスリングへ歩いていく。観客の視線が一斉に私に注がれている。声はない。拍手も笑い声も消えた空間に、カラン、コロンという下駄の音だけが響いている。


 沈黙の中、丸いリングの中央がとても遠くに感じる。まるでそこが砂漠の中、近く見えて遥か遠い場所にあるかのように。肩にかけた三味線がずっしりと重い。


 ゆっくり近づいてきたリングに足を踏み入れる。リングセンターに辿り着く。


 観客の方に身体を向ける。4000の目が今リングに立つ私に向けられている。それらはあまりに正直で、未知のものを目にしたときに宿る諸々に彩られている。好奇心、驚き、関心、嘆息ーー。そういった全てが剥き出しに観え、聴こえる。 


 観客からしたら日本人じゃない私が和装で、しかも三味線を持って現れたらそれこそ奇異で滑稽に映るに違いない。だがそれも道化芝居のうちと思えばいい。教室や会社、または街中でこんな格好をしていたら物笑いの種にしかならないけれど、リングの上では笑われてなんぼ、可笑しな奴と思われれば勝ちだ。

 

 大丈夫、私はやれる。


 固いリングの上にゆっくり正座して呼吸を整える。


 棹にピンと張った弦を左指で押さえ、右手に持ったプラスチックの撥で弾く。練習した通りにやればいい。何度も練習した『さくら さくら』。上手すぎず、下手すぎない絶妙の場所で音を外すのだ。


 ベン、ベン、ベンと三味線の音が響く。桜の散るような儚い音色などでは全くない。 


 高音が間抜けに外れるたびにクスクスと笑いが起こる。よかった、成功だ。


 曲の1番を演奏し終わり、胸を張って得意に、ゆっくりとお辞儀をする。パチパチと拍手が上がる。さきほどまで感じていた強い緊張は引いて、大きく鳴っていた心臓の鼓動は聴こえない。送られる惜しみない拍手と温かい視線。それだけが私を強くしてくれる。


 お役御免となった三味線を置き、桜柄の直径5センチの鞠を袴のポケットから一つ取り出す。


 最初は鞠を手でついて遊ぶ従来通りの遊びをしたあと、鞠を手に取りいいことを思いついたという得意顔をして見せる。やがてを弧を描くように右手から左手へ投げてキャッチする。それを何度か繰り返したら、ポケットから白い蓮の柄の手毬を取り出す。それを内側に向けて弧を描くように放る基本技のカスケードを披露し、今度は鞠を3つに増やして挑戦する。3つ目の鞠は紫色のりんどうの柄だ。3ボールカスケード、カスケードの投げ方から一つのボールを外側に向けて頭の上まで投げるオーバーザトップ、三角に観えるように投げるシャワーを披露し、クローキャッチという、猫が壁を引っ掻くように手のひらを動かしてキャッチする技を披露した。難しい技ではないが、観客たちは美しい和柄の鞠が飛び交うのを心酔したように眺めていた。


 ジャグリングが終わると背中に背負っていた傘を広げる。竹の傘骨を覆う、桜の柄の美しい紫色の布の上にそっとりんどうの鞠を置き、右手で傘の中棒を持ち上げ少し斜めに傾けて左手を添え、右手を軸にして回し始める。


 りんどうの鞠が傘の上で弾けるように転がる。鞠の重み、動きが指に伝わる。


「綺麗な傘ね」


「上手だわ」


「アレは日本の着物か?」


「あのボールのようなものは何でいうんだろう?」


「すごい!! 僕もやりたい!」


「俺にもできそうだな」


「できないわよ、見た目より難しいわよきっと」


 いろんな感想が聴こえる。反応は上々だ。不敵な笑顔を作ってキャラクターを印象づける。


 鞠が終わると今度は枡でチャレンジだ。そのときには観客の雰囲気が和やかになり、皆観たことのない傘を使ったパフォーマンスに釘付けになっている。くるくる高速で回る傘の上で跳ねる正方形の木箱。コロンビアでは滅多に観られない光景だ。


 最後、天をつくように傘を動かし枡を天高く放り、落下してきたそれを傘を逆さまにしてキャッチする。


ーー成功だ!!


 どっと歓声に包まれる。


 思わずいつもの笑いが溢れそうになるが、堪えて得意げな顔のまま礼をして退場をする。温かい拍手、激励の台詞が耳を打つ。全身を揺るがすような群衆の声と拍手の音の響きに、私は圧倒的な陶酔にも似た快感をおぼえていた。


「よかったわよ、ネロ!」


 オフ・ステージに戻った私にジュリエッタがウィンクをした。


「ありがとう、ひとまずは成功して安心したよ」


 先ほどまでの不安感と恐怖はどこへやら。パフォーマンスを終え、ひと時の安堵と達成感を享受する。まだ終わりではないから気は抜けない。でも一つ目の出番は終わった。


 再び暗闇に包まれたリングに目をやる。スタッフの手によってオートバイショーの準備が着々と進められている。


 オートバイショーが始まると観客の興奮が最高潮に達する。


「ネロ、控え室に行って着替えるぞ」


 ルーファスに声をかけられ控え室へ急ぐ。中では仲間たちが衣装に着替えたりメイクをしている。


 急いで茶色の作業着に着替える。今日やる寸劇のための衣装だ。目の周りと口の周りだけ白く塗ったルーファスには赤鼻がついている。


 パイプレットショーもスムーズに進み、次のヤスミーナとジェロニモのジャグリングショーのあとに私が出ていく予定だ。


「頑張れよ、ネロ!」


 ジェロニモは私の肩をポンと叩いてヤスミーナとリングに出て行く。


 2人のジャグリングが終わると、今度は私とルーファスの出番だ。


「行くぞ」とルーファスが私の肩に手を置いた。


『お前ら、早く集合しろ〜!』


 録音していた音声が再生され、テントに響く。これは隊長の声という設定になっている。いつもピアジェの物真似をするジャンの声を本人に許可を取り録音させてもらったものだ。


 作業着を纏ったホワイトフェイスと小人のオーギュスト。このチグハグなコンビがツルハシを担いリングに掛けてくると、それだけで笑いが起こる。


 ルーファスは観客に手を振ってハローをし、私はやる気がなさそうにツルハシを持った手を軽く挙げて見せた。


 笑いが起こると安堵感から緊張がほぐれる。


 今日やるのは、『銀河鉄道の夜』と関係のある寸劇だ。


 この寸劇の大事な箇所については、ピアジェには内緒で作っている。




※下記のパフォーマンスは宮沢賢治作『銀河鉄道の夜』プリシオン海岸のクルミ発掘場面をモチーフにしていますが、実際の内容とはかけ離れた寸劇になっていることをご了承ください。




 私たちはプリシオン海岸のクルミの掘削隊の作業員という設定だ。私とルーファスはリングセンターで2人でクルミの化石を発掘するために、ツルハシを使って地面を掘る振りをする。ちなみにクルミに使われるのは2つに割いたのをマジックテープでくっつけたラグビーボールだ。


 私はルーファスと一緒にツルハシを地面に振り下ろし作業を続けていたが、疲れた私は扇子を取り出して地面に座り顔を仰ぐ。


『真面目にやらんかぁ〜!!』


 内部の事情など全く知らない観客から笑い声が上がる。


 怒られた私は仕方なく作業を開始するが、途中で飽きてクルミでジャグリングをし始める。


『お前、何をやっている?! ワシを馬鹿にしてるのか?!』


 また隊長の怒鳴り声が響く。


 エントランスの前でピアジェが止めろと私たちに向かって口を動かしているが、知らないふりをして寸劇を続けた。


 ルーファスが手のひらをポンと拳で叩き、いいことを思いついたという顔をして地面に置かれたラグビーボールを手に取り、割って食べようとジェスチャーで私に伝える。ルーファスは地面にクルミを置いてツルハシで割ろうとするが、間違って私の足に刺さってしまう。私は足を押さえピョンピョンと飛び跳ねる。観客は皆その滑稽な様に笑いを堪えられない。


 怒った私はルーファスにスラップする。頭に来たルーファスがお返しにジャンプしてスラップしようとするが届かない。ここでもまた笑いが起こる。


 今度はルーファスがクルミに向かって振り下ろしたツルハシが地面に刺さってしまい、必死に抜こうとする。私は呆れた顔をして、協力しようと膝をついてルーファスの身体を引っ張る。ツルハシは抜けたものの、勢い余って2人で仰向けに倒れてしまう。数秒間仰向けのまま倒れていたが、私の方が先に意識を取り戻し、練習でやった要領でしゃがんで肩の間に手を入れ、ルーファスの身体を後ろからゆっくり起こす。


 ルーファスが今度はリング右の離れた場所に落ちている鞭(実際は黒く塗ったリボン)を指さして、アレで割ろうと言い出す。


 お前が取りに行け、いやお前だと相手と鞭を指差してジェスチャーだけの喧嘩が勃発し、また私がルーファスにスラップをする。怒ったルーファスは私の膝に蹴りを入れ、私は膝を抑えてピョンピョン飛び跳ねて痛がる。伝染した笑いは次の笑いを生み、このときには爆笑の渦になっていた。


 結局ジャンケンで負けた私がそろりそろりと近づく。が、見つかりかけてヤバい! という表情をしながら手脚を大袈裟に振り駆け戻ってきて2人で真面目に発掘作業をするフリをする。それを2度繰り返し、最後匍匐前進で鞭を手に入れた私は鞭を掲げて観客に不敵に笑いかけ、リングセンターに戻ってくる。


 そして『鞭使い』クルミ割りバージョンが始まる。


 クルミを持って私にくっついて歩くルーファス、怒って正しい立ち位置を教える私というやりとりを2回繰り返したあと、ルーファスは離れてクルミを持って立つ。


 私は鞭を振り上げ、振り下ろす。するとクルミが上手く2つに割れる。


 調子に乗って鏡に映して割る。割ったクルミを2人で食べているときに、隊長に見つかってしまう。


『こらっ、お前ら何やってるんだぁ〜!!』


 私は慌てて逃げ出すが、ルーファスは捕まってしまい、パントマイムで前傾姿勢でムーンウォークのように両脚を交互に動かしながら後退する。


「待て! 置いて行くな!」と叫んで手を伸ばすルーファスを尻目に、薄情な私はエントランスへ逃げてしまう。


 笑い声に包まれたリングは暗転する。


 明転したリングの上は研究施設のようになっていて、ビーカーや緑色の液体の入った三角フラスコ、試験管などが台の上に置かれている。


 逃げ出した私はリング右からマイムでドアノブを回し、その研究所らしき場所に入る。


 試験管に入った液体の匂いを手で仰いで嗅ぎ、試しに飲んでみて大袈裟に吐きだす動作をする。


『どこに行った〜!! 出てこい!!』


 隊長の声が響く。


 慌てた私は部屋の隅に置かれた正方形で真ん中に丸いフタのついた謎の大きな箱を見つけて穴の中に入る。中には前もって扮装したルーファスが高速で顔にメイクをしながら入っている。


 蓋を閉めるとウィーン! という大きな音がする。2人で中から箱をごとごと揺らす。


 揺れが止まり、しばらくして出て行ったのは私ではなく、箱に入り縮んだ私ーー私と全く同じ格好と白塗りメイクをしたルーファスだ。


 このトリックに観客からは爆笑以上の拍手が送られた。それは次第に大きくなり、1人が席を立ちつられて10人、100人と立ち上がり、最後にはスタンディングオベーションになった。


 降り注ぐ大喝采と拍手の嵐に、私は信じられない気持ちと恍惚とした高揚感、興奮、歓喜、いろんな感情が胸に込み上げてきた。視界に映る全てが宝石みたいに輝いていた。今ある全ての感情が熱を持って、現実と幻想の間をふわふわと漂うみたいな浮遊感をもたらしていた。今までの辛い練習の数々のことも、このあと団長に怒られるだろうことも、全てを忘れてしまうほどに。

 

 「面白かったぞ! ナイス!」


「よくやった!」


 紙吹雪のように降り注ぐスタンディングオベーションの中を退場した私たちに仲間たちの声がかかる。


 全てが夢のようだった。まだ鳴り止まぬ拍手の中、シンディのパフォーマンスの準備が進んでいく。


 控え室で一息ついていたとき、ツカツカとピアジェがやってきて私の後ろ首を掴んだ。


「お前、さっきのアレは何だ?! 俺を馬鹿にしてるのか?! え?!」


 軽々と持ち上げられた私の身体は椅子から引き摺り下ろされ、仲間たちが止める間もなく拳が襲いかかる。


 殴られた私の身体はロッカーに叩きつけられた。左頬に鋭い痛みが走る。


「辞めろ、アレをやろうと言い出したのは俺だ。ネロを責めないでくれ」


「何だと?!」


 ピアジェが止めに入ったルーファスを睨みつけ、胸ぐらを掴む。小さなルーファスの身体は軽々と持ち上げられた。

 

 あれをやろうと言い出したのは他でもない私だ。ルーファスは悪くない。ルーファスが殴られるのは嫌だ。殴られるのは私1人でいい。


「僕が悪いんです、言い出したのも僕です! ルーファスは僕を庇ってくれたんだ、頼むからやめてください!」


 ピアジェは腕を掴んだ私を振り払って飛ばし、ルーファスから乱暴に手を離した。ルーファスは床に尻餅をついてひっくり返った。


「隊長!! 違う団長、あの物真似をしたのは俺だ!! 殴るなら俺を殴れ!!」


 ジャンが腕を広げ、私とルーファスを庇うように立った。


「どいつもこいつも愚か者ばかりだ!! あんなショーはクソ以下だ!! もう2度とやるな!!」

 

 延々と続く説教を聞き流しているうち口上の時間になり、ピアジェは「あの劇はボツだ!」と言い残し荒い足取りで控え室を出て行った。


 ジャンが駆け寄ってきて大丈夫かと私とルーファスに訊ねた。


「大丈夫だよ、ありがとう」


「少し尻が痛いが怪我はないぞ」とルーファスが乱れた服を整えながら言う。


 殴られてもちろん痛いが、私が悪いんだから仕方ない。さっきまで感じていた達成感と喜びは半分以上萎んでしまった。だが不思議と罪悪感はない。誰かをいじること、傷つけることはいけないことだし私の倫理観に反する。だがピアジェは別だ。ピアジェを懲らしめてやろうという気持ちが強く働いてあの寸劇を考えだした。ルーファスは「あとが怖いぞ、覚悟しとけ」と忠告したが止めなかった。


 だが確実に後味の悪さは残った。あの劇を演じたせいでルーファスは怒られ、痛い思いをさせてしまった。


「ごめんねルーファス、僕を庇ったばかりに」


「大したことはない、尻は痛いがな」


「しかし、可笑しかったなぁ! まさか本当に俺の声使うとはな!」


 ジャンがケタケタ笑い、「確かに。でも傑作だったよ。あんな凄いスキットをよく考えだしたもんだ」とアルフレッドが感心したように言った。


 あのスキットは気に入っていた。特にラストは。だから、できることなら違う形でーーピアジェの物真似の音声を使わない形で続けたかった。でも、ボツになるんだろうな。


 寝る間も惜しんで書いた脚本なだけに、行く末を思ってかなり落ち込んだ。

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