第9話 カップルバレは突然に
「お開きにしましょうか」
予定をすべて終えた。あとはもう帰るだけだ。
さきほど、彩月が消える未来に目を向けてしまった。最悪の未来など、考えるべきではない。それなのに、頭の中に浮かんでから離れてくれない。
「どうしたの、厳しい顔なんかして」
「考えごとだ」
嫌な妄想に囚われていた意識を、現実に引き戻す。彩月は確かにここにいる。いなくなったわけではない。
足元から消えていく。ホログラムがあっさりと光を失うようだ。
そんなイメージが、デジャビュのように襲ってくる。
「難しいことは考えないの。心配事の大半は無駄なのよ」
「設定した最悪のラインを下回ったらどうする」
「そのときはそのとき。『さだめ』ってやつよ」
諦観しているな、と俺は答えた。
「最悪の事態になってから考えましょうよ、いまを生きなきゃ」
「ああ」
「湿ったい話はおしまい? オーケー?」
「オーケー」
気まずくなった空気を入れ替えるように、彩月は話題を転換した。
新たな話題は、きょうのことだ。映画、昼ごはん、買った服などについて。表情をコロコロ変えながら話していく様子は、彩月らしい。
「やっぱり、人と一緒にやるのは楽しいわね」
「喜んでもらえてよかったよ」
「私たちの関係は嘘でも、きょう楽しめたってことは本物の感情よね」
「そうなるね」
「偽装もだいぶ本物らしくなる! 人を騙すのが楽しみ〜」
ここまであっけらかんとしていると、なんだか気持ちも楽になる。不安が先に出てしまうのを、彩月がズバッと切ってのける。気楽なものだ。
「とりあえず、あした以降が山場ね。おそらくきょうは余裕で終わりそうだし」
「そういうのをフラグというらしいよ」
「へぇ、瑛二は怖いんだ」
「怖くないよ。きょう誰かに会ったら、高度な対応がノータイムで求められる。慎重には慎重を期したいだろう?」
「もー、心配事の大半、要するに九割は起こらないって――」
頬を膨らませ、こちらの反論をしようとしていたとき。
上の階から、エスカレーターで降りてくる男女。歩いてくる。
すこし歩けば、自動ドアで外に出る。そんなときに、たまたま振り返ったばかりに見つけてしまった。
仲睦まじそうにしている男女は、よりにもよってクラスメイトだった。
男の名前は
女の名前は
風見と白鳥を前にして、俺はふたたび、緊張の渦に追いやられた。さっそくバレる。最悪はやはり更新されるものらしい。
彩月は気づいている様子もない。恋人のフリとして、肩と肩が触れ合っている。距離感近めだ。
「ねぇ瑛二、手でも繋ごうよ」
「ちょ、いまはいいだろうよ」
「リアリティの追究にはね、多くのケースがいるの」
「だからいまじゃなく……」
「もぅ、恥ずかしがり屋さんなんだから」
きっと、空気を明るくしようとふざけているだけだ。ありがたいが、タイミングが悪い。
いまイチャイチャしていると、勘繰られるのはもはや必須。
「頼むって」
「えぇ、瑛二は彼氏なんだし許してよぉ」
いってすぐ、後ろに人の気配を感じた。
「やぁ、神楽坂さん?」
ビクッ。彩月はおそるおそる振り返る。表情はすぐに固くなっていた。自分の置かれた立場に気付いたのだ。
彩月が反応する前から、俺は絶望を見ていたと思う。立ち直りはその分早い。いい訳をこしらえる時間は確保できた。
「あ、あら! 風見くんにことりちゃん!? こんなところでどうしたの!?」
「驚きすぎだな。俺とことりが付き合っているのは、暗黙の了解じゃなかったのかな」
知らなかった。あまりに情報に疎すぎると実感する。残念ながら、住む世界が違うのだ。
「わかってるわかってる。外で見るのは初だから驚いちゃったの!」
「ふふふ。神楽坂ちゃんだってそうだよ。男の子にはノーマークだと思っていたのに」
白鳥から、目線をロックオンされる。いままでスルーされていた気がする俺だったが、空気にはなりそこねていたらしい。
「あぁ、羽山くんね? 偶然お店であったというかそんなところよ」
「ハハハ、彼氏認定してデレデレしていたのは目の錯覚だったかな」
「……っ!?」
そう驚くことなかれ。もはやいい訳の余地はない。
考えた末、ここは付き合っていることを明かすべきと確信した。
「これは、その、なんというのかしら」
彩月と目を合わせる。目線で示し合わせる。
「俺たちは」
「私たちは」
タイミングを合わせて。
「「実は付き合って――」」
「――るんだ」
「――るわけないんだから!」
なにをしているのか、というより。
素直に折れないのは、彩月らしい、と思った。
「ふふふ。やっぱりそうだよね。私、応援しているから」
「俺も同じくかな。なんだか初々しくて微笑ましいよ」
心配事の大半は起こらない。
事実だったらしい。バレた相手が相手でよかった。
「……頼むから、追及しないこと」
かぁっと赤くなった顔を隠しながら、指をピシッと立てて宣言する。
「大丈夫。神楽坂ちゃんのことは、保護者目線で見守るし。心の中に秘めておく」
「ようやく神楽坂さんも、なんだね。俺もなんだかうれしいな」
どう答えるか迷いながらも、適当に言葉を紡いだ。
そうして風見・白鳥カップルは去っていった。
「あぁあああああああ!!!!」
ふたりがいなくなったのを見越して、彩月はうめいた。
「恥ずかしすぎ! あの演技見られるとか死にたいんだけど!? 私、学校に行けない!!」
「落ち着け彩月。いずれバレることだったじゃないか」
「わかっているけど、恥をかいた経験は消えないのよ!?」
帰り道、ずっと恥ずかしがって早口になっている彩月は、どこか微笑ましかった。
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