第19話 夜会

 その部屋は白と金で統一されていた。


 華奢きゃしゃで優美な猫脚の鏡台も白で、金の渦巻うずまきのような飾りが施されている。

 鏡台の上に飾られた小さな肖像画には、赤い髪を豊かに結い上げた女性が緑色のドレスに身を包んだ姿が描かれている。


 赤い髪、猫のように丸く吊り上がり気味の明るい茶色の目。白い肌に豊かに盛り上がった胸。

 目の色こそ異なるが、肖像画の女性は、鏡台の前に座っている若い女性に、よく似ていた。


 アレキサンドラ・オブライエン。オブライエン公爵のたった1人の愛娘。


 有名な歌姫だった女性を正妻としてめとったオブライエン公爵の娘として生まれたアレキサンドラは、母ゆずりの美貌びぼうと、父から受け継いだ貴族最高位の令嬢の地位に恵まれ、いつも華やかな光に包まれているような女性だった。


 赤いバラを愛する彼女は、『ランスの赤いバラ』と呼ばれ、社交界では彼女を知らない者はいない。

 アレキサンドラはドレスにも赤いバラの紋様を使っていた。


「あのドレスを今度の夜会でお召しになるのですか?」


 1人の侍女が、アレキサンドラの長い髪に香油をすり込みながら言った。

 視線の先には、トルソーに着せつけたエメラルドグリーンのドレスがあった。


 豪華なタフタ地はあでやかでたっぷりとひだが取られ、ドレスに施された赤いバラの刺繍が華やかに目を引く。

 まさに最高級の職人の手仕事を感じさせる、ゴージャスなドレスだ。


「そうよ。皇帝陛下のために、最高に美しく装わなければ」

 アレキサンドラが唇をふっと釣り上げた。


 もう1人の侍女はアレキサンドラの腕を取り、すべらかなクリームを伸ばしながら、首から肩、腕へとマッサージを施していた。


「ドレスに合わせて、亡きお母様のエメラルドの首飾りを付けるつもりよ。肌が艶々つやつやと輝くように、しっかり手入れをしてちょうだい」


「かしこまりました」

 2人の侍女が声を揃えた。


「あの姫巫女とは、いまだに正式に結婚式を挙げていないわ。帝国に到着した時には、陛下は見るからにイライラとして不機嫌なご様子だったと父から聞いているし。本当に皇后になるとは思えない。いつも神殿に行っていて、陛下を放りっぱなしで、お妃教育すら受けていないわ。それに、彼女が着ている、粗末な白い服は何なの? いつもいつも同じ服だわ。まともなドレスの1枚も陛下から贈られていないなんて、哀れとしか言いようがないわね。ともかく、わたくしはしっかりと陛下に自分の気持ちをお伝えするつもりよ」


 侍女はうなづいた。

「それがよろしゅうございます、お嬢様。お嬢様を無視できる殿方など、いないのですから」


「ふふ……」

 アレキサンドラは笑った。

 笑顔のまま、目の前の小箱に並べられた、まるでキャンディのような口紅を物色していく。


 ほっそりとした白い指に選ばれた赤い紅が、侍女の手でアレキサンドラの唇に塗られていく。


 アレキサンドラは鏡の前で、口角を上げて微笑んだ。

 それは、自分の勝利を確信する、そんな微笑みだった。


 コンコン、と軽いノックの音に続いてアレシアの自室に現れたのは、カイルの補佐官であるエドアルドだった。

 エドアルドはアレシアとネティに、夜会への出席について話をしに来たのだった。


「夜会ですか? それは、どのような」

 ネティの声に、エドアルドがふと考えるような仕草を見せた。


「季節毎に行われている、定例の会になります。特に、何かの題目があるわけではないので、陛下の主催ではありますが、気楽な会とお考えください。陛下も出席されるかわかりませんし……。アレシア様は、陛下との正式な結婚式がまだなので、婚約者の姫君としてのご出席となります。アレシア様の正式なお披露目ひろめがまだとはいえ、お輿入れの話はすでに貴族社会に伝わっています。アレシア様にご挨拶したいという貴族達も多いでしょう。身分については、女性の中では、アレシア様は最高位として遇されます。その次が、宰相であるオブライエン公爵のご息女、アレキサンドラ様となります」


 ネティも何か考えながら、うなづいている。

「アレシア様のお支度については?」


「ネティ、わたしは姫巫女よ。いつも通りの格好で行くわ」

 柔らかくネティの質問を遮って、アレシアが声をかけた。


「それで構いません。姫巫女様としての正装ですから。出席者はサラが把握はあくしています。当日は女官として夜会に同行しますので、サラがお会いになる方々についてご紹介いたします」


 そこでエドアルドは声を潜めた。

「夜会には出席した、という事実ができればそれで十分です。カイル様もアレシア様のエスコートはなさらないでしょう。特別扱いをすることはアレシア様にとって危険になるとお考えです。夜会で適宜てきぎ他の出席者とご歓談いただき、後は途中で退出なさっていただいて構いません」


 アレシアは微笑んだ。

「わかりましたわ。ありがとう」


 エドアルドはネティをまっすぐに見つめた。

 ネティはどきりとして、エドアルドの茶色の目を見つめた。

 茶色の目と茶色の目が出会う。


「アレシア様のことがご心配でしょうが、わたしも会場におります。どうぞ、サラとわたしにお任せを」


 ネティはうなづいた。

 その様子を、エドアルドはどこか気恥ずかしそうに眺め、部屋から辞去していった。


 エスコートもなしで、帝国での初めての夜会に姫巫女の正装で臨むアレシアを誰よりも心配していたのは、ネティだった。


 その理由の1つは、エドアルドも言ったように、アレシアの次に位の高い女性となる、アレキサンドラ・オブライエンの存在がある。


 アレキサンドラの父親は、あの宰相、オブライエン公爵である。皇帝の婚約者であるアレシアの目の前で、娘から預かったという贈り物をカイルに手渡し、アレシアに向かってはリオベルデに帰るなら便宜べんぎをはかろう、と臆面おくめんもなく言ってのけた男の娘だ。


 もちろん、オブライエンはそこまであけすけな言い方ではなかったが、要はそういう意味である。

 ネティは彼女の大切な女主人を軽く扱うオブライエンに我慢がならないのだった。


 リオベルデでは、誰もがアレシアに敬意を表し、大切に扱った。そして何よりも、アレシアは愛される存在だったのだ。


 アレシアの兄であるクルスはもとより、アレシアを知る誰もが、この美しい王女を敬愛し、人々の想いに寄り添い、神殿で共に祈るアレシアを尊敬していた。


 ところが、ランス帝国では、アレシアは小国の1王女に過ぎず、皇帝であるカイルも、止むを得ないのはわかっているが、アレシアを大切には扱ってくれていない。


「大丈夫よ、ネティ」


 アレシアがネティをあやすように声を掛ける。

 まるで、ネティの心の中の声が、聞こえたようだった。


「は、申し訳ありません」


 ネティは頭を切り替えて、アレシアの美しい長い銀髪を手に取った。

 アレシアには、帝国風の美しいドレスの1枚も与えられていなかった。しかし、アレシアの美しさがそれで削がれるようなものでないことを、ネティは示そうとしていた。


 ネティは注意深くアレシアの髪を小さな束にすると、白い真珠のビーズを嵌め入れながら、丁寧に編み込み始めた。


「そろそろ集まり始めましたね」


 執務室の窓から、煌びやかに装った紳士淑女が宮殿の大広間に入っていく姿が見える。


 すでに外は暗くなり始めているが、宮殿内は明るく照らされ、車寄せも赤々と松明がいくつも灯り、華やかさを加えている。


 エドアルドは少し疲れた様子のカイルを見ると、そっと言った。

「カイル様はこのまま、参加はされないご予定ですか?」


 カイルはそっとため息をつくと、こめかみを軽く指で押した。

「途中で様子を見に行こうかとは思っている」


 エドアルドはうなづいた。

「アレシア様も大体の状況はおわかりだと思います。サラも付いていますし、状況次第ではすぐ、アレシア様を夜会から連れ出すように言っておきました」


 その時、白馬に引かせた、一際大きく華やかな馬車が到着した。

 馬車から降りてきたのは、豪華なエメラルドグリーンのドレスを身に纏った、アレキサンドラ・オブライエンだった。


 アレキサンドラは、顎をつんと上げ、まるで主役のような堂々とした態度で大広間に向かって行った。


 その頃、アレシアはサラを伴って、すでに会場入りしていた。


 皇帝主催の夜会。しかし、アレシアの装いはいつもと変わらない。

 純白の麻の長衣に、同じく白の絹の丈の長いチュニックを重ねている。

 いつもの服装だったが、普段と違うのは、アレシアの長い銀色の髪が、ネティの手によって、細かく編み上げられていることだった。


 ハーフアップのように、髪の半分をまとめて結い上げ、所々に真珠のビーズが編み込まれていて、それが照明の光を受けて、キラキラと輝いていた。


 そしてもちろん、アレシアの細い腰には、カイルから贈られた金刺繍入りの絹の飾り帯が巻かれていた。

 アレシアの傍には、紺色の襟の詰まったシンプルなドレスを着たサラが付き添っていた。


 アレシアは華やかなドレス姿ではなく、姫巫女としての正装だ。

 神殿では違和感のない装いだったが、宮殿での夜会では、ドレス姿の女性達の中で、一際異質に映ってしまう。


 姫巫女としてのアレシアが認識されているリオベルデの王宮とは全く違う。

 会場でも、人々はアレシアに目を留めると、一瞬、ぎょっとしたように目を見開いている。


 それでも、アレシア自身の持つ、清楚せいそな美しさは鮮烈せんれつで、人目を引いた。

 やがて、アレシアは柔らかな微笑を湛えたまま、近くにいた女性達に話しかけ始めた。


 ランス帝国の公式の席では、身分が高いものには身分が低いものから話しかけることはできない。先の皇后がいない今、最高位となる女性は皇帝の婚約者であるアレシアか公爵家の令嬢アレキサンドラとなる。


 身分の低い女性達は、身分の高い女性の近くに立ち、話しかけられるのを待つのだ。


 皇帝はまだ姿を現してはおらず、アレシアはお付きの女官役を務めてくれているサラとともに、華やかな女性達の元へと回っていた。


 1人ずつ会う度に、サラが女性の名前を教えてくれるが、アレシアの挨拶を受け、女性達は皆、版で押したように「ごきげんよう」としか言わない。サラの顔色が次第に青ざめていく。

 一方、アレシアの方は穏やかな表情が崩れることはない。


 アレキサンドラが会場に入ってきたのは、そんな時だった。


 エメラルドグリーンのたっぷりとしたひだのドレスがまず目を引く。

 ランスの赤いバラと呼ばれる彼女は、その名前の通り、豪華な赤いバラをモチーフにしたドレスを身にまとっていた。


 アレキサンドラ・オブライエンは、自信に満ちた姿で、会場となっている大広間に足を踏み入れたのだった。


「アレシア様、こちらはスペイシク子爵夫人、メアリー様でございます」

「アレシア・リオベルデです。初めまして、メアリー様」


「こちらはランカスター伯爵のご令嬢、セシリア様でございます」

「アレシア・リオベルデです。初めまして、セシリア様」


「……こちらはジョハンソン侯爵夫人アランナ様とご令嬢ハンナ様でございます」

「アレシア・リオベルデです。初めまして、アランナ様、ハンナ様」


 すでに会場入りしていたアレシアは、サラを伴って、大広間で談笑する人々に順に声を掛けていた。


「アレシア様、こちらはベリーズ子爵、ヘンリー様と子爵夫人、ローズマリー様です」

「アレシア・リオベルデです。初めまして、ヘンリー様、ローズマリー様」


 アレシアが近づくと、誰もが行儀の良い笑顔を浮かべて、アレシアに礼を取った。

 しかし、アレシアが自己紹介をしても、誰もがぎこちなく、まるで判で押したように「ごきげんよう」としか言わなかった。


 気のせいか、と最初アレシアは思った。しかし、隣に立つサラの顔色がだんだん青ざめていく様子を見て、それが偶然ではないことを悟った。


「サラ、大丈夫よ」

 人の波が途切れた時に、アレシアはその穏やかな表情を崩すことなく、そっと言った。


 アレキサンドラが会場に到着したのは、そんな時だった。

 宰相の愛娘であり、公爵令嬢であるアレキサンドラの登場に、年頃の近い有力貴族の令嬢達がすぐに集まってくる。


 その中には、先ほどアレシアと会ったジョハンソン侯爵令嬢ハンナの姿もあった。


「皆様、良い夜ですわね」

 アレキサンドラがにこやかに女性達に声をかけた。


「アレキサンドラ様、今日もとても素敵に装っていらっしゃって」

「本当、まるで輝くようですわ」

「さすがアレキサンドラ様」

「ありがとう、皆様」


 アレキサンドラは優雅に微笑みながら、会場を見渡した。

「陛下はまだお見えではないのね。リオベルデの姫巫女様はもう?」


 一同がうなづいた。

「先ほどからいらしていますわ。お1人で、女官を連れていらっしゃいますの。わたしに声をかけられましたのよ」

 ハンナが言った。


 アレキサンドラは会場の中に、アレシアの姿を探した。

 アレシアを見つけるのは、難しくなかった。

 色とりどりの花のような、華やかなドレスをまとった女性達の中で、ただ1人、白一色の、簡素な服を身に付けていたからだ。


 アレシアは彼女のそばに立っていた令嬢に、ちょうど声を掛けているところだった。

(あれはサマランカ男爵令嬢だわ)

 アレシアは一言二言声を掛けて、相手の言葉に何やら耳を傾けた後、微笑みを浮かべたまま、そばにいた年配の女性に声を掛けた。


 落ち着いたえんじ色のドレスを着たその女性とは、アレシアはもう少し長く話していた。


 アレキサンドラは目を見開く。

(珍しいわね。あの方が社交の場においでとは。あれは……もう年だから、と領地にほぼ引退のように引き込まれてしまった、サリヴァン公爵夫人)


 その時、アレキサンドラは不思議なことに気づく。

 アレシアは全員に声をかけているのだ。有力な貴族のみではなく。近くにいる人々からシンプルに順番に声をかけている様子だった。


 アレキサンドラは困惑して、眉をしかめる。

 高位貴族の令嬢であるアレキサンドラの元には、機会あればお近づきになろう、と多くの人々が寄ってくる。


 不要な問題を引き起こさないためにも、アレキサンドラは気心も知れて、普段からお付き合いもある同じく高位貴族の人々と交わるのが普通だったからだ。

 仮に下位貴族の人々と交流するにしても、身分の高い順に声をかけていく。


 アレキサンドラには理解できなかったが、姫巫女であるアレシアにとっては、その場にいる全ての人、彼女を必要としている人と話すのは当たり前のこと。身分で区別もしないし、誰とでも話すのは、当然のことなのだった。


 やがて、アレシアはアレキサンドラの元にやって来た。

 アレキサンドラがアレシアから離れて立っていたために、彼女のところにやってくるのはだいぶ遅くなっていた。


 アレシアの動きを何気なく追っていたアレキサンドラは、身分の順番に挨拶をしないアレシアに呆れ、困惑していた。


 そして、この場でもっとも身分の高い人間の1人である自分にすぐ挨拶に来なかったことにも、気分を害していたのだった。


「アレシア様、こちらは宰相であるオブライエン公爵のご令嬢で、アレキサンドラ様です」

 アレシアに付いている女官らしい若い女性が、アレシアに声をかけた。


 アレキサンドラは扇を開き、あごのあたりにかざしながら、アレシアを見つめた。

「アレシア・リオベルデです。初めまして、アレキサンドラ様」

 アレシアは品よく、アレキサンドラに挨拶をした。


 アレシアとアレキサンドラは、互いに見つめ合った。


 アレキサンドラの目には、アレシアは整った顔立ちはしているけれど、不思議な白の衣装を着て、体の線を隠したアレシアは、そのほっそりとした体型もあって、成人したばかりという年齢よりも幼く見えた。


 彼女が唯一及第点を付けたのは、アレシアの珍しい銀色の髪だった。


 まるで銀色の糸のようなその髪は腰に届くほど長いのだろう、小さな真珠のビーズを編み込んで、複雑な形に結い上げられていた。


 一方、アレキサンドラを静かに見つめるアレシアの目には、どんな表情も浮かんでいなかった。


 姫巫女アレシアと公爵令嬢アレキサンドラ。


 アレシアはリオベルデから来た、皇帝の婚約者であるが、アレキサンドラはそれでも皇帝の妃となることを望んでいるのを、誰もが知っていた。


 夜会で最も身分の高い2人の女性に、注目も集まる。周囲は自然と場所を開け、2人の動向を見守るような形になっていた。


 鮮やかなエメラルドグリーンのドレスに身を包んだ、圧倒的な存在感。

 背が高く、色が白い。そして目を引く、真っ赤な長い髪。

 華やかに装ったアレキサンドラはアレシアの服を不思議そうに見た。


「巫女様らしいお衣装ですわね。カイル様がドレスをお贈りになられたかと思っていましたのに。そちらが正装になりますの? わたくし、目にするのは初めてですわ。先の皇后様は……そういったお衣装ではなかったように思いますの」


 アレキサンドラはアレシアをはずかしめるといった意図はなく、ただ思ったままのことを言っているだけなのだが、周囲の女性達がクスクスと笑い始める。


 誰かが、「まあ、婚約者なのに、初めての夜会で陛下のエスコートもなければ、ドレスの贈り物もないだなんて……」と言い、同意するかのように笑いが広がったのをサラは感じた。


 アレキサンドラには、アレシアを前にして、圧倒的な自信があった。

 だからこそ、自分が思ったままのことを言葉にすることができるのだった。


「わたくしも神殿に参りますのよ。特に、願掛けをする時には、重宝しておりますわ。巫女様がわたくし達のお願いを女神様に取り次いでくださるとか……。直接、お願いする方が良いような気もいたしますけれど……、そうそう、お願いといえば、姫巫女様は数え切れないほどのお願いを女神様に取り次いでいらっしゃいますでしょう? 例えば、少々はしたない言葉で言えば、誰かを蹴落けおとしたい、そういったお祈りや願いも女神様に取り次がれますの? 1人の殿方に多くの女性が想いを寄せる、そんなこともよくありますのよ。そして女神様は叶えてくださるのかしら?」


 アレキサンドラは小首を傾げて、じっとアレシアを眺めた。

 1人の殿方に多くの女性……。

 それはまるで、皇帝であるカイルと、アレシア、アレキサンドラのようではないか?


 今や、女性達の視線は興味深く、王国から来た姫巫女であるアレシアと、帝国随一の令嬢であるアレキサンドラへと向かっている。そして、扇の下でアレシアを眺めてクスクスと笑っている女性達の声は、今や無視できないほどの大きさへと高まっているのだった。


 アレシアは柔らかな表情でアレキサンドラを見つめた。

「どのような状況であれ、その方の願いが何であれ、わたしが願うことは変わりません。その方にとって、そして関係する方にとっても、最善を祈るのです」


 アレシアの深い青の瞳は穏やかで澄んでいた。

「あなたがある人を蹴落けおとして、何かを手に入れたいと望まれたとしても、わたしはその方にとって、そして関係する方にとっても最善を女神に祈ります。あなたは望んだものを手に入れるかもしれない。あるいは、手に入れることはできないかもしれません。しかしそれは、女神が最善と判断されたこと。いずれその理由がわかるでしょう」


 アレシアは静かにそう言った。

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