第2話「友人から偽彼氏へ」
「――いいじゃないっすか。一緒に回りましょうよ」
「先程から何度も、嫌ですとお断りしているではないですか……!」
人が円を描くように立っている中心には、やはり見知った女の子がいた。
どうやら、大学生らしきチャラ男二人に絡まれているようだ。
「そうつれないこと言わないでさ~。ほら、一人で祭り回るのは寂しいでしょ?」
「人を待っているんです……!」
ナンパされている女の子――浴衣を身に
強引な男に怖がっているのだろう。
さすがに、これは見て見ぬふりはできない。
誰か止めに入ってくれればいいが――これだけ見ている人がいるのに、厄介ごとに首を突っ込もうとする奴はいないようだ。
まぁその気持ちもわかるので、仕方がない。
俺も知人じゃなかったら、関わったりしないだろうし。
「――ごめん、待たせちゃったね」
危なくないよう心愛を抱き上げた俺は、明るい雰囲気を作りながら笑顔で輪に入っていった。
そのせいで、全員の視線が俺に向く。
「白井君……?」
黒雪さんの綺麗な瞳が、大きく揺れながら俺の姿を捕らえる。
知り合いが登場したからか、強張っていた彼女の表情が若干緩んだのがわかった。
「なんだよ、お前?」
「今取り込み中だってわからないのか?」
そして、邪魔者の登場により、大学生たちがガラ悪く俺にガンを飛ばしてきた。
その際に黒雪さんの手を放したので、俺は心愛を黒雪さんに差し出す。
彼女は戸惑いながらも、半ば反射的に心愛を受け取ってくれた。
俺は、二人を背に庇うようにして、チャラ男たちに向き直る。
「すみませんね、彼女は俺たちと回る約束をしていたんですよ」
約束をしていたかどうかを、彼らに調べる手段はない。
運悪く黒雪さんの待ち人がこの場に現れない限りは、十分
「彼氏ってことか?」
俺が言葉にせず濁したことを、チャラ男はわざわざ聞いてくる。
彼らにとっては大事なことなのかもしれない。
……仕方ない。
「そうですよ? これから祭りデートなんです」
ここで誤魔化したり否定したりしたら、彼らが
そのため俺は、彼氏のフリをすることにした。
黒雪さんには後で謝ろう。
「ほ~ん? お前みたいなパッとしない男が、その子の彼氏ね~?」
「はは! どう見ても釣り合ってねぇだろ!」
どうやらチャラ男たちは、俺たちのことを疑っているようだ。
まぁ当然だろう。
自分から見ても、黒雪さんには釣り合っていないからな。
「――彼はとても素敵な人です……! 私は彼が大好きなので、馬鹿にしないでください……!」
チャラ男たちが俺を馬鹿にして笑っていると、突然黒雪さんが俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
彼女は賢いので、状況を読んで付き合っているフリをしてくれたのだろう。
そして彼女は、チャラ男たちをキッと睨む。
普段優しい黒雪さんが絶対しないことだ。
……うまいな。
まるで、彼氏を馬鹿にされて怒っている彼女だ。
優しそうな黒雪さんが睨んでくると思っていなかったのか、チャラ男たちは一歩後ずさる。
彼らが攻撃的姿勢から受け身姿勢になったのを、俺は見逃さなかった。
「さて、そろそろ行ってもいいでしょうか? あまり騒いでて、警察のお世話になりたくないので」
俺はそう言いつつ、『周りを見てみろ』と言わんばかりに視線を周囲へと向ける。
俺の視線に釣られたチャラ男たちは、周りに視線を向け――。
「えっ、いつの間にこんな注目されてたんだ……!?」
現状をやっと認識したらしい。
というか、これだけ人が集まっているのに気付いていなかったのか。
よほど黒雪さんに熱中してたんだな。
「お、おい、まずいぞ……!」
「あぁ、もう行こうぜ……!」
自分たちが注目されているとわかると、チャラ男たちはそそくさと逃げていった。
「黒雪さん、妹をありがとう。ちょっと場所移しても大丈夫かな?」
俺は心愛を受け取りながら、再度周囲に視線を向ける。
これだけ注目されている中、付き合っていると言っていた俺たちが解散するわけにはいかない。
せめて場所を移してからがいいだろう。
意図が伝わったのか、彼女はコクコクと頷いた。
待ち合わせをしているみたいだから、後でその相手には連絡してもらおう。
そうして、人通りが少ない場所まで移動すると――。
「ありがとう、助けてくれて」
黒雪さんが先に口を開いた。
「たまたま居合わせただけだから、気にしないでくれ。それよりも、彼氏のフリ――」
「おねえちゃん、にぃにのこいびとしゃんなの!?」
「「――っ!?」」
先程の嘘を謝ろうしたところ――俺の言葉を遮るようにして、心愛が黒雪さんに聞いてしまった。
その瞳はキラキラとしており、とても期待しているのがわかる。
さすがに幼い子には、あの流れで吐いた嘘だ、ということはわからなかったらしい。
「心愛、違うよ。俺たちは付き合っていないんだ」
誤解されるのは後が困る。
そう思い、俺はすぐに訂正した。
しかし――。
「そうなのぉ……?」
目をウルウルとさせ、凄く悲しそうに心愛は黒雪さんを見つめた。
そんな悲しみに満ちた瞳で見つめられた黒雪さんは、困ったように視線を彷徨わせる。
そして――。
「し、白井君は照れ隠しで誤魔化しちゃったんだよ。私たちは、恋人だよ?」
若干心愛から目を逸らしながら、とんでもないことを言ってくれた。
「おい……!? 何を――!」
思わず、ツッコミの言葉が口から洩れてしまう。
「そうなんだぁ! にぃにのこいびとしゃん……!」
しかし、俺の声は心愛によって消されてしまった。
心愛?
なんでお兄ちゃんより、会ったばかりの黒雪さんを信じてるの?
「おねえ――うぅん、ねぇね! おなまえは?」
心愛は黒雪さんに興味津々らしく、グイグイといく。
人見知りしない子だけど、こんなにグイグイと行くのは笹川先生以来だ。
黒雪さんは笹川先生と雰囲気が似ているし、重ねているのかもしれない。
「えっと……改めまして、黒雪美咲です。心愛ちゃん……でいいのかな?」
「んっ! ここあは、ここあだよぉ!」
「よろしくね、心愛ちゃん」
「よろしく~!」
二人はさっそく仲良くなったようで、明るく自己紹介をしていた。
うん……これ、どうしたらいいんだ?
後で嘘だったなんて言ったら、心愛ガン泣きするぞ……?
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