魔法喫茶の甘味な日々

明原星和

Menu1 ~少女と猫とキャラメルと~

01:天才双子と甘い魔法

 世界にまだ、魔法という文化が確立されていなかった時代。



 とある女性が、焼けたパンケーキを前にして、「味付けが足りない」と思ったそうで。



 だけど、女性はパンケーキにトッピングする材料を持っていなかったから、どうすることもできなかったそう。



 甘いものが大好きな女性は、パンケーキにシロップをかけたいと思ったけれど、町から遠く離れた場所に住んでいたからか、買い物に行くのも面倒だったそうだ。



 そんな時ふと、”指先からシロップが出てくればいいのに”なんて、非現実的なことを考えて、馬鹿正直に研究をしてみたそうな。



 すると、あら不思議。



 ひと月ほどの研究の末、女性は見事「指先からシロップを出す」ことに成功した。



 それが、今でいうところの「魔法」の始まりだったという。






* * *






 魔法国家ミリオンは、広大な国土面積を誇った「魔法技術先進国」である。

 その王都であるクォートは、今日も人々と活気で溢れていた。

 照る陽光で人々の笑顔が輝き、白い大理石のタイルが敷き詰められた通りからは、雑多な足音がこつこつ、かぽかぽと清流のように淀みなく進んでいく。

 朝が暮れそうな、昼にもなりきっていない微妙な時間。眠気の残った欠伸の音をかき消すかのように、この町は賑わっている。


 けれど、それも中央通り付近でのお話。


 いくら発展した都市とはいえ、その片隅の空気は田舎とさほど変わりはない。

 騒がしいのがあまり好きではない僕は、そんなわけでクォートの南東辺り。都市の片隅に「魔法喫茶 砂糖の果実シュガービーレン」を建てたのだ。


「なぁミトラ。『指先からミルクを出す魔法』を作ってみたんだけど、ちょっと試してみてくれない?」


 午前十時から開店しているこのお店だが、都の片隅に建っているということもあって、客足は多いとはあまり言えない。

 だけど、ありがたいことに常連客として利用してくれる人は複数いるし、何よりこの静かな雰囲気が好きだから問題はない。

 その分暇な時間も増えるわけだが、僕としてはその暇な時間を大好きな「魔法研究」に費やせるので非常にありがたい。


「それは構わないんだけど……兄さん、その魔法ってなんの需要があるの?」


 カウンター越しに椅子に座っている双子の弟・ミトラに僕は、魔法の記載された皮紙のスクロールを渡す。


「そうだな。そのコーヒーにミルクを入れれば、甘さを調整できるよ」


「なるほど、そういう使い道か」


 適当に言ってみた需要に納得したのか、ミトラは受け取ったスクロールを開き一読する。

 そして、「白の豊潤・牛母の実り・作成クレント」と述べ、人差し指をコーヒーの注がれたアンティークカップに向けた。

 すると、ミトラの指先が淡い白に発光し、ちょろちょろと白い液体がカップに注がれ、茶褐色のコーヒーに渦巻き状に白が混じっていく。

 指先から出る液体が止み、ミトラはカップを手に取ると躊躇う様子もなくコーヒーを喉に通した。


「うん。美味いよ、兄さん!」


「よし、制作成功だな」


 パチンッと指を鳴らすと、どこからともなく飛んできた羽ペンが、付いた二枚の翼を羽ばたかせながら僕の右手に収まる。

 ペン先からじんわりと赤いインクが滲んできて、僕はミトラからスクロールを受け取ると、その裏面に制作成功のしるしである大きな「〇」を記して筒状に丸めた。


「それにしても兄さん、また変な魔法作ったね。これで何個目だよ」


「魔法とはさながらミルフィーユ。知識・扱い方・発想。組み合わせ次第で無限のバリエーションができ、それは層を重ねるごとにさらなる甘みをもたらしてくれる。『ショコレーヌの魔導書 第二章 第二節』の言葉だよ」


「また甘美の魔女? 一部では魔法の祖なんて言われてるけど、それも一説にすぎないし証拠もないでしょ? よくそこまで信じ切れるよね」


「人のバイブルを馬鹿にするものじゃないよ。現に、その本のおかげで僕は魔法研究という素晴らしい分野と出会えたのだからね」


 筒状にしたスクロールでミトラの頭を軽く叩きながら、説教じみた言葉を発する。


「ところで兄さん。俺、いいこと思いついたんだけど」


 身を乗り出すようにこちらに体を向けたミトラ。

 その瞳はどこか不敵で、こういう時のミトラはろくなことを考えていないからな、と内心不安に思う。


「……聞こう」


「そのミルクを出す魔法で商売を始めない? せこせこ牛を飼ってミルクを絞るよりはるかに効率的だし、安価で売れば絶対に成功すると思うんだ」


 案の定、ミトラの提案はろくでもなく、思わず深いため息を零してしまう。


「魔導法第二条、活用の禁。魔法を用いて生産した物品による商業・流通への過度な影響を禁ずる。つい二日前も同じこと言っただろ」


「あれ、そうだっけ?」


 忘れていたのか、ごまかすようにミトラはコーヒーをズズズ、と音を立てながら飲む。


「じゃあ、ギリギリ魔導法に引っかからないように――」


「ダメに決まってるだろ」


 再度、僕はミトラの頭をスクロールで軽く叩いた。


「まったく、兄さんはお堅いな。せっかくいろんな魔法を作れる才能があるんだし、もっと有効活用しないと勿体ないよ」


「お堅いって、法律に従うのは普通のことだぞ。それに目立つのはあまり好きじゃないんだ」


「素性を隠して活動すればいいじゃないか。例えば、『謎の覆面魔法研究者、魔法国家に新たな旋風を巻き起こす!』みたいな感じにすれば?」


「ダサいから却下。いいんだよ、僕はここでひっそり自己満足に魔法研究できれば。表に出るのはミトラだけで十分だよ」


 ぶーっと不機嫌そうに顔をそむけるミトラ。ふと、幼い頃に「将来は一緒に宮廷魔法使いになろうね」と口約束したことを思い出した。


 魔法使いとしてミトラは、たまに王宮から直属の指令を受けて働くことがある。

 それは、ミトラの〝魔法を扱う才能〟によるものだろう。

 その才能は天才的で、国一番と言えるほど。魔法の記載されたスクロールや魔導書を一読するだけで、感覚的にその魔法を扱うことができる。

 その反動なのか、ちょっと常識に欠けたり、魔法理論を理解できなかったりと残念な部分もあるが、それでも魔法を巧みに扱うその才能は唯一無二である。


 対して僕は、まったくと言っていいほど魔法を使えない。

 その代わりに、僕には〝魔法を作り出す才能〟が与えられた。

 双子は「二人一緒で一人前」なんて言われることもあるけど、ここまで対極的な才能を与えられるとその言葉も言い得て妙だなと感じてしまう。

 魔法の制作には、現存する魔法理論を理解し、それらを構築して魔法を形成する。

 もしくは、自身で新たな魔術理論を成立させ、それをもとに魔法を形成することもできる。


 喫茶店を経営しながら、趣味で魔法を研究・制作する。そして、その魔法をミトラに使ってもらって政策に成功したか否かの判断をする。

 それが、ここ砂糖の果実シュガービーレンで働く双子のありきたりな日常だ。

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