追いかけっこ

「久しぶりだな?元気そうで何よりだ」


 そう言って、私はニヤリと口元を歪めた。

怯えたように仰け反るイーサンを一瞥し、そっと口元に手を当てる。


 天井に隠れているやつも合わせて、護衛は二十人か。


 『案外少なかったな』と思いつつ、私は一歩前へ踏み出す。

その瞬間、近衛騎士が抜刀し、的確に急所を狙ってきた。

天井に潜んでいた影の者も、短刀を私の頭上に落とす。

一瞬の躊躇いもなく殺しに掛かってきた彼らを前に、私は『プハッ……!』と吹き出した。

あまりにも予想通りの展開すぎて。


「もうちょっと捻りが欲しかったな」


「「「!!?」」」


 風と結界の応用で全ての攻撃を跳ね返すと、彼らは目を剥いて固まった。

まさか、この集中攻撃を意図も簡単に回避するとは思わなかったらしい。


「ほら、さっさと次の手を考えろ。敵は待ってくれないぞ」


 『早く構えろ』と促す私に、彼らはハッとする。


「へ、陛下を安全なところへ!ここは私が……!」


 近衛騎士団の団長と思しき男性が、勇敢にも一対一の決闘を試みた。

『お前の相手は私だ!』とでも言うように立ちはだかる大男を前に、私はクスクスと笑う。


「その勇気と度胸には敬意を表すが、貴様一人で私を足止めなど不可能に決まっているだろう」


 『分析力と判断力は猿にも劣るな』と吐き捨て、私は大男を氷漬けにする。

一矢報いることすら許されず戦闘不能を余儀なくされた彼に、私は『ご苦労様』と告げた。


 例の暗殺集団に使った魔法と同じものだから、殺してはいない。

用が済んだら、解放するさ。

まあ、その頃には仕える主人を失っているだろうが。


 『くくっ……』と低く笑い、私は大男の横を通り過ぎる。

と同時に、またもや短刀が落ちてきたが……気にせず歩を進めた。

そして、頭部に直撃する寸前────短刀が急に方向転換し、私の肩を狙う。

恐らく、先程の反射を警戒してこのような小細工を仕掛けたんだろうが……


「無駄だったな」


 落ちてきた短刀を普通に手で掴み、私はポイッと天井へ投げた。

すると、真上から『うっ……ぐっ……』とくぐもった声が降ってくる。

どうやら、命中したらしい。


 短刀には毒が塗られていたから、想像を絶する苦痛に見舞われている筈。

まあ、解毒薬は所持しているだろうし、死ぬ心配はないだろう。

ただ、直ぐに戦闘へ復帰するのは難しいだけで。


 解毒薬を飲んでもすぐ元気になる訳じゃないと知っているため、私は放置を決め込んだ。

『完全に回復するまで丸一日は掛かるだろうな』と推測しつつ、逃亡したイーサンを追う。

廊下に出ると、案の定衛兵や刺客に襲われたが、魔法を駆使して適当に倒した。

電気ショックにより痙攣する奴や窒息により気絶した奴を一瞥し、私はどんどん前へ進む。


 そろそろ、追いかけっこにも飽きてきたな。

皇城に結界を張り、国外逃亡の可能性を潰したからといって、少し悠長にしすぎたか。


「城の者達への実力誇示も充分出来たし、茶番はここら辺で終わりにするか」


 半ば自分に言い聞かせるようにそう呟くと、私は目の前を走るイーサンへ手のひらを向けた。

と同時に、水の縄を生成する。

独りでに動くソレはまるで蛇のようにスルスルと伸び、イーサンの体を拘束した。

喉元から足首までグルグル巻きにし、体の自由を奪われたイーサンは走れなくなり、ビタンと床に倒れ込む。


「ま、待ってくれ……!前公爵夫妻の件はきちんと謝る……!私が悪かった!」


 本格的に身の危険を感じたのか、イーサンはここに来て自分の罪を認める。

────が、あまりにも遅すぎた。


 貴様は本物のイザベラが私なぞの手を取る前に、陳謝すべきだった。

そうすれば────死ぬだけで済んだかもしれない。


 死の間際に抱いたイザベラの殺意と憎悪を胸に、私はイーサンへ近づく。

『ラスボスに相応しい最期をくれてやる』と心の中で呟き、ゆるりと口角を上げた。


「本当に悪かったと思うなら、きっちり罪を償うんだな」


「あ、ああ……!それはもちろん!でも、贖罪の方法については一度話し合いを……」


「却下だ」


 イーサンの懇願を一蹴し、私はふと足を止める。

そして、足元に転がるイーサンを宙に浮かせると、腰から下を跳ね飛ばした。


「ああああぁぁぁぁああ!!!!」


 痛みのあまり絶叫するイーサンは、早くも意識を手放しそうになる。

が、上から冷水を被せて阻止した。


 せっかくこれから面白いことを始めるというのに、眠っていてはつまらないだろう?


 奥へ転がったイーサンの下半身と床についた血痕を一瞥し、私はニヤリと笑う。

『よし、これで大体同じくらいの身長になったな』と考え、イーサンの目線を自分に合わせた。

痛みと恐怖で混乱している様子の彼を視界に捉え、私は黒の革手袋を脱ぐ。


「なあ、イーサンよ。この世で最も辛く、苦しく、惨い行いはなんだと思う?」


「ぁ……ぐっ……」


 ショックのあまり口も利けなくなったのか、イーサンは嗚咽を漏らすだけだった。

でも、何となく言いたいことは分かる。


「違う、死ぬことではない。死は回生であり、一種の転換点はじまりだ」


 『全てをリセットして行う転生って、知らないか?』と問い掛け、私は革手袋を亜空間へ放り込む。

異様なほど白く小さな手を、私は水の縄越しにイーサンの胸元へ当てた。

すると、イーサンはカタカタ震えながら首を横に振る。

心臓をくり抜かれるとでも思っているのか、随分と怯えていた。


 まあ、『くり抜く』というのはある意味合っているかもしれないが。


「イーサン、私はな────つい最近まで、命について研究していたんだ。で、その副産物としてある手法を編み出してしまった。それが何だか分かるか?」


「ぅぐ……っ……」


 必死になって首を横に振るイーサンに、私はスッと目を細める。


「それはな────魂の具現化だ」


「?」


 魂という存在を知らないのか、イーサンは怪訝そうに眉を顰める。

『なんだ、それは?』と不審がる彼の前で、私は神経を研ぎ澄ました。

と同時に────私の手がイーサンの胸の奥へ入り込む。

別に皮膚や血管を突き破った訳じゃない。

恐らく、肉体的な異常は何もないだろう。

だって、私が入り込んだのは生物それぞれが秘める四次元的空間だから。

私はこれを魂の間と呼んでいる。


「いいか?イーサン。魂というのは、生物の核だ。これがなければ転生は出来ないし、生者として生きていくことも叶わない。つまり、心臓より大事なものなんだ」


「!!」


「では、そんな大事なものを壊したらどうなると思う?」


 ようやく事態を呑み込んできたイーサンに、私は更なる質問を投げ掛ける。

────が、そんなの想像もしたくないのか彼は答えない。

ただじっとしているだけ。

なので、早々に答えを教えることにした。


「まず体から意識を引き離され、天へ昇ることも許されず、一生辺りを彷徨う。無論、一人でな。幽霊に近い存在と言えば、分かるか?」


 こちらの世界にもある死者の概念を話題に出し、私は思わず頬を緩める。

何故なら────魂の間へ入れた指先に、コツンと何かが当たったから。


「で、これの恐ろしいところが生前負った傷をまるっと受け継ぎ、一生付き合わなければならないこと。また、眠ることも出来ないから永遠に苦痛を味わうことになる。どうだ、恐ろしいだろう?」


 淡々とした口調で半ばおどけるように言い、私はコテリと首を傾げる。

そして────イーサンのをそっと掴むと、中から引き出した。

私の拳よりやや大きいソレは、白いもやのような……炎のような物質で真ん丸。


 一応、存在の具現化と固定化は出来ているんだが……まだ不安定。

時間が出来たら、もうちょっと改善するか。

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