前公爵夫妻の死の真相

「我が母は大変お人好しで、子供好きと聞く。彼女を攻略するのは、さぞ簡単だっただろう」


 後ろで両手を組み体ごと傾けると、私は『なあ?』と同意を求める。

────が、当然イーサンは何も答えない。黙って下を向いているだけ。

産まれたての子鹿のようにプルプル震える彼を一瞥し、私は背筋を伸ばした。


「あとは母を人質に、父を殺害し……母には『お前のせいで公爵が死んだ』と自害するまで追い詰める。このような面倒な手段を取ったのは、恐らく『母には手を出さない』といった契約を父と交わしたから」


 前公爵の最後の悪足掻きまで把握している私は、『浮かばれないよな』と語った。


 ちなみに何故こんなに詳しいかと言うと、ギャレット家も何度か前公爵夫妻の死の真相について調べていたから。

で、その調査を頼まれたのが例の暗殺集団だったという訳。

まあ、カルロスの目的はあくまで皇帝の交渉……もとい脅迫の材料にするためだが。


 『カルロスの欲深さが変なところで役に立ったな』と感心しつつ、私は言葉を続ける。


「二人とも、その日のうちに死んだから隠蔽工作は楽だっただろうな」


 『表向きは馬車の暴走事故だったか?』と問い掛ける私に、イーサンはブンブンと首を横に振る。

身の潔白を訴えるかのように。


「そ、そんなの知らん!全くもって事実無根だ!大体、何故我々がそんなことを……!?アルバート家は我が国の貴重な戦力だというのに!」


 『襲う理由がない!』と主張し、イーサンはこちらの言い分を真っ向から否定した。

これには、周囲の人々も納得を示す。

アルバート家の重要性は皆、理解しているから。

風向きの変化を敏感に感じ取りながら、私はニヤリと口元を歪める。


「動機?そんなの決まっているだろう────アルバート家の財産と血筋の独占」


「「「!!」」」


 計画を決行したタイミングや直ぐさま婚約した事実を鑑みても、それしかない。

きっと、皇室はアルバート一族を持て余していたのだろう。

この国にとっては必要不可欠の存在だが、いつ噛み殺してくるか分からない狂犬を飼うのは骨が折れるから。

なので、いっそのこと完全に取り込んでしまおうと考えた。

どんなに凶暴でも幼い頃から、きちんと躾すれば操れると判断したのだろう。


 まあ、ちょっとアルバート家の血筋を甘く見すぎている気もするが。

財産はさておき、ここまで豊富な魔力を持つ家門が権力しかない凡人にコントロール出来るとは思えない。

圧倒的力には、更なる力で対抗するしかないのだから。


 これまでのアルバート家は、優秀な魔導師……もとい両親が傍に居たから理性を鍛えられ、問題なく成長出来ただけ。

イーサン達はそれを理解しているのか?


 『無駄に魔力の多い子供を育てるのは大変なんだぞ』と心の中で呟き、私は過去を振り返る。

『あいつらの生育には、手を焼いたな……』と少し遠い目をしながら。


「まあ、とにかく」


 そこで一度言葉を切ると、私は腰に手を当て真っ直ぐに前を見据えた。


「私は貴様らの黒を確信している。よって────第二皇子ロイド・ザッカリー・ヴァルテンとの婚約を破棄し、独立することを宣言する」


 『あぁ、ついでにアルバート家の爵位も返上する』と付け足し、私は黒いマントを翻す。

そのまま後ろを向き、肩越しにイーサンを見つめると、スッと目を細めた。


「親の仇である貴様らと、仲良く未来を築いていく気は毛頭ない。ヴァルテン帝国とは、今この瞬間をもって完全に決別させてもらう」


 『もう二度と戻る気はない』と断言し、私は視線を前に戻す。

すると、背後から


「ま、待ってくれ……!イザベラ嬢は何か勘違いしている!婚約破棄の件は愚息の怠慢もあるから受け入れるとして、独立はさすがに……!」


「私達もちょっと言い過ぎたわ!大人げなかった!少なくとも、デビュタントも迎えていない子供にする対応じゃなかった!」


 と、イーサンとエステルの声が聞こえてきた。

どうにかして引き止めようと必死だが、私は全く意に介さない。

『面倒だな』と思いながら一歩前へ踏み出し────転移魔法で屋敷に帰った。


「「「きゃっ……!?」」」


 突然現れた私に驚愕し、メイド達はそれぞれモップや雑巾を落とす。

────が、直ぐに正気を取り戻し、慌てて『お帰りなさいませ!』と挨拶した。

私はそれに『ああ』とだけ返し、ソファへ腰を下ろす。


「仕事の途中で悪いが、使用人を全員呼んできてくれ。大至急だ」


「「「は、はい……!」」」


 突然の緊急招集に、メイド達は目を剥くものの……急いで使用人達を呼んでくる。

十分足らずで集まった使用人達を前に、私は足を組んだ。


「単刀直入に言う。我が家は第二皇子との婚約を破棄した上で、独立することになった」


「「「!!?」」」


 案の定とでも言うべきか、使用人達は動揺を示す。

中には腰を抜かす者まで居り、パクパクと口を動かしていた。

『ひょわ……』と変な声を出す彼らの前で、私はソファの背もたれに寄り掛かる。


「貴様らに選択肢を二つやる。私についてくるか、帝国に寝返るか。開戦・・までに決めておけ」


「か、開戦……?戦争するのですか……!?」


 思わずといった様子で声を上げる執事に、私は間髪容れずに頷いた。


「まだ日程は不明だが、近いうちに争うことになるだろう。というか、そうなるようわざと喧嘩を吹っかけてきたからな」


 目的が婚約破棄と独立だけなら、こんな大立ち回りはしなかった。

皇室に絶縁状を叩きつけて、終わりだ。

でも、そうしなかったのは皇室の面子を潰すため。

何よりも名誉を慮るあいつらなら、ここまでやられて無視は出来ない。

最初はこちらに折れるよう交渉を持ち掛けてくるだろうが、和解は無理だと悟れば名誉挽回のため……また、皇室の威厳を示すため戦争を起こすだろう。

まあ、仮に『逃げ』を選択したとしてもこちらから戦争を吹っ掛けるだけだが。


 『裏から手を回して……』などのまどろっこしい事は昔から苦手のため、私は真剣勝負を選ぶ。

これが一番あちらには効くだろうから。


「だ、大丈夫なのですか……!?い、いやイザベラ様の実力を疑っている訳ではないのですが、その……やはり、心配で!」


 慌てたように弁解する執事に、私はフッと笑みを漏らす。


「戦争の勝ち負けのことについて、言っているのか?それなら、問題ない。私が確実に勝つ。これは決定事項だ」


 可能性の段階ですらない勝利宣言に、執事はもちろん他の使用人達も目を剥いた。

『何故、そんなに自信満々なのか?』と。


 私は本物のイザベラと違って、戦争を経験している。

それも普通の人より多く、な。

だから、負ける気はしない。無論、舐めて掛かる気もないが。

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