届かない遺言《マチルダ side》

「貴様のナイトに早く見つけてもらえるよう、綺麗に殺してやる」


 『異例の大サービスだ』と言いながら、イザベラは体に何かを埋め込んだ。

────いや、違う。植え込んだ・・・・・


 何っ……これ!?


 体内にじわじわと何かが伸びていく感覚を覚え、私は身が竦む。

今すぐ植え込まれたものを剥ぎ取りたい衝動に駆られるが、怖くて出来なかった。

悩んでいる間にもソレは体の中を侵していき、震えが止まらない。

今のところ痛みはないが、違和感は半端なかった。


「い、イザベラ……!私に何を……!」


「見て分からないのか?吸血花を植え込んだんだ」


 聞き慣れない単語を口にするイザベラに、私は眉を顰める。


「きゅ、吸血花……?」


「ああ。これは生き物の血を吸って成長する花でな、早ければ二分くらいで全身の血を吸い取るぞ」


「えっ……?」


 言われたことを理解出来ず……いや、理解したくなくて私は目を白黒させる。

恐る恐る自分の体に根を下ろす芽を見つめ、竦み上がった。


「本来、開花には三人分くらいの血液が必要なんだが……アルバート家の分家筋である貴様なら、一人で大輪を探せられるかもな」


 『コントロールはまだ未熟だが、魔力は充分』と語るイザベラに、私は涙目を向ける。


「お、お願い!これ、外して……!」


 自分で引き抜くのはさすがに不味い気がして、イザベラに頼み込んだ。

────が、彼女は笑顔で首を横に振る。


「一度寄生した吸血花を引き離すのは、至難の業だ。だって、こいつはもう────心臓と血管に根を下ろしているんだぞ」


「はっ……?」


「無理やり引き抜けば、それこそ死ぬ。それに上手く切除出来たとしても、大量出血は免れない。まあ、要するにこいつを受け入れた時点で貴様はもう詰んでいるという訳だ」


 淡々と事実を突きつけてくるイザベラに、私は絶望した。

一瞬、『焼き払えば……』と考えるものの……心臓にも根を下ろしている以上、刺激するのは不味い。

何より、体内まで炎を回す訳にはいかないため、どうすることも出来なかった。


 腕のいい魔導師なら、上手く調整して焼き払えるかもしれないけど……私のコントロール能力じゃ、まず不可能。


 『心臓ごと燃やしちゃう……』と判断し、焼却を断念する。

でも、吸血花の切除は……生存は諦め切れなかった。

先程まで漠然と考えていた“死”が具体的になったからか、私は『生きたい』という思いに駆られる。


 イザベラは確かに『吸血花を引き離すのは、至難の業だ』と言った。

決して、不可能とは言っていない。

つまり、彼女なら────吸血花を安全に引き離せるかもしれない。


 単なる言葉の綾かもしれないが、一縷の望みにかけて私は口を開く。


「い、イザベラ……今までのことは悪かったわ。本当に申し訳なく思っている。これからは心を入れ替えて過ごすから、どうか許し……」


「────却下だ」


 最後まで言葉を紡ぐことすら許さず、イザベラは拒絶反応を示した。

『そんな……』と項垂れる私を前に、彼女はやれやれと肩を竦める。


「言っておくが、これでもかなり良心的な対応だぞ。貴様の両親は命に加えて、それぞれ大切なものを失ったからな」


 『貴様の場合、死の苦痛も最小限だし』と説明し、イザベラは一つ息を吐いた。

まるで駄々っ子を見るような目でこちらを見つめ、『あまりワガママを言うな』と諌める。

────が、そんな言い分で到底納得出来る訳もなく……。


「そ、そりゃあ確かに酷いことはたくさんしたけど……でも!殺す必要なんて、ないじゃない!」


 堪らず抗議の声を上げると、イザベラはクスリと笑みを漏らす。

おかしくてしょうがない、とでも言うように。


「今朝の発言、もう忘れたのか?嬉々として、私の死を願っていたじゃないか」


「そ、れは……ほ、本気じゃなかったの!実際、何もしてないでしょ!」


「暗殺者を送り込んでおいて、何を言っている」


「それはお父様が勝手に……!」


「自分は関係ない、と言いたいのか?」


「っ……!」


 『暗殺の件に一切加担してない』とは言い切れず、言葉を詰まらせる。

だって、あの集団を使うよう進言したのは私だから。

全てを父のせいにするには、ちょっと出しゃばりすぎた。

『私の馬鹿……!何であの時……!』と悔いる中、イザベラは僅かに目を見開く。


「おっと────そろそろ時間切れだ」


 私の胸元に生えた吸血花の芽を眺め、イザベラは処刑執行を告げた。

刹那────私の体から、力が抜ける。

その感覚は麻痺というより脱力に近く、一切手足を動かせなかった。


 な、何……?何なの……?


 私は困惑を露わにしながら顔を上げ、自身の手足に視線を移す。

と同時に、驚愕した。

だって────完全に干からびていたから。まるで、ミイラのように……。

木の棒とも言うべき手足を前に、私は『吸血花に血を吸われたんだ……』と理解した。

イザベラの言う通り痛みはあまりないが……とにかく、不安と恐怖でいっぱいになる。

冷静に物事を考えられる余裕がある分、精神的にきた。


 イザベラは確か、『早ければ、二分くらいで全身の血を吸い取る』と言っていた。

じゃあ、私はあと何分……あと何分────で死ねる・・・の?


 苦しみのあまり私は生きていられる時間より、死ぬまでの時間を数えた。

意味する時間はどちらも同じだが、心持ちが違うだけでこんなにも感情を狂わせる。


 嗚呼、お願い!早く……早く死なせて!この悪夢を終わらせて……!

もう全部、嫌なの……!


 と、死に急ぐ私の心情を汲み取ってくれたのか、吸血花はどんどん成長していく。

つい先程まで芽だったソレはやがて蕾となり、開花の兆候を見せた。

その瞬間、私の心臓に下ろされた根が鼓動する。

嗚呼、これでやっと全部終わるのだと私は本能的に悟った。


 ごめんなさい、ロイド様。先立つ不幸をお許しください。

そして────どうか、お気をつけて。イザベラは私達の考える以上に、強力で醜悪な化け物です。


 届かないと分かっていながら愛する人に遺言を残し、私は握り締めたままのペンダントを一瞥した。

────と、ここで一思いに心臓の血液を吸い取られる。

ビクンッと大きく跳ねる体を他所に、吸血花は嫣然と咲き誇った。

桃色の花弁を覗かせるソレは、大きく立派でとても綺麗。

思わず見惚れてしまう程度には。


 あら……血で成長するくせに、花は赤じゃないのね。


 そんなことをぼんやり考えながら、私は静かに息を引き取った。

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