#6.お買い物は計画的に、いったためしがないもので



「デカい物はキャンプに集めてもらう手筈てはずになってるから、私らは手分けして物資を買うぞお!」


 慧摺えーちゃんはいそいそと硬貨を山分けすると、緯兎いーちゃんを連れて人混みに飛び込んでいった。


 買い物し放題だっー!といった様子の背中からは犯罪者としての自覚を感じない。オリオン通りの運営委員会に勘付かれる前に仕事を終わらせないといけないのに。


 財布を開くと、ずいぶんと目減りしてしまった10万円が覗き、


「こんなに軽くなっちゃって……」

 と喪失感を呟く。


あーちゃん。犯罪ってね、下っ端がハイリスクを負って、ハイリターンを首領ボスが独り占めするものなの」


 往子おーちゃんはそう言う。

「ひどい役割分担だね……」


 まあ、げんなりしていても仕方がない。

 そもそもえーちゃんがいなければ手に入らなかった物だ、と自分に言い聞かせる。


「買い物行こうか、あーちゃん」

 おーちゃんとふたり、食料品と医薬品を求めてオリオン通りを物色し始めた。



 ――♺――



 本当に色々なお店があって、眺めているだけで時間が潰せてしまう。


 肉屋が羊をさばいている隣のお店で、廃品ジャンク屋がチェーンソーのエンジンをかけている。排気ガスで燻製にでもするのだろうか。血と鉄とガソリンと脂の臭いが混ざってまったく食欲がかない。


 おーちゃんは、彼女にしては珍しく筋力補助靴下モーションアシストタイツのバッテリーを気にすることなく動き回っている。


 ふと、タイツに包まれた足が1台のバイクの前で止まった。小柄でところどころの青い塗装が良い感じの、オフロードバイクだ。


 おーちゃんが乗り物全般を好んでいるのは知っている。


 財布をちらと見てから、「買っても良いよ」と耳打ちした。すると無表情が少し緩み、店のおばさんに声をかけてから、バイクにまたがったり、エンジンの調子をみたりし始めた。


 おーちゃんには日々お世話になっているし、こういうタイミングで恩返ししていかないと。


「よし。今のうちにできることは――」


 医薬品を買ってしまおう。

 露店で扇風機に顔を向けている店主のおじさんに50円玉を見せると、こんがりと日焼けした顔で目を見開いた。


「組を離れて、4人で旅をするんです。ちょっと強行軍になりそうなんですけど、見繕みつくろってくれませんか? これで」


「旅に出るんか? へえ、若いのに偉いなあ。気を付けてなあ」

 と、いそいそと箱に薬やら包帯やらを詰め始めてくれる。


「解熱鎮痛剤に、胃腸薬、消毒用アルコールと……お、そうだ。フェンタニルとLSDもサービスで入れとくでな」

「あ、ありがと、う?」

 

 出来上がった医療箱を受け取って店から離れ、「他に買うものは」と呟きながら財布を開いたところで、


「へえ、景気良いね」

 声をかけられた。


 ばっと財布の口を閉じて振り向くと、私の手元を覗き込む二人組の女性がいた。


 焦りを顔に出さないように、一呼吸置く。


「何か用ですか」

「こんにちは。私は明日花あすかで、こっちは海美うみ。君の名前は?」


 私と同じ「ア」型と、宇々うーちゃんと同じ「ウ」型ハイパーアキュムレーター。


「……あや

「絢ちゃん、旅に出るんだあ。どう? 私たちとも取引しない?」

 話を聞かれていて、お金も見られた。


 まずいかもしれない。



 年上。

 引き締まった身体にレザーの一揃ひとそろい。金属のピアスやアクセサリー。刈り上げた髪型。このパンクな感じはオリオン通りのハイパーアキュムレーターじゃない。多分、私たちと同じ旅人だ。


「私たちもずっと二人で行商人してるから、色々とお手伝いできると思うなあ」


 ひええ。たたき上げだ。ちょっと怖い。


 ピンク色のウルフカットを指で払いながら、明日花さんは人当たりの良い笑顔を浮かべる。とりあえず話だけ聞いた方がいいか。気を悪くさせて運営委員会にでも行かれたら非常に良くない。


「じゃあ、ちょっとだけ」


 広場に付いて行って、場所を確保した。

 荷物をテキパキと出す海美さんは、見惚みとれてしまうほど美しいウ型だ。ガッツリ刈り上げたツーブロックが良く似合っている。


 広げられた大きなバックパックの中身は、見たことのある物から、何に使うのか分からない物まで雑多に入っていた。


 明日花さんはその商品の中からひとつまみげると、

「じゃーん。ダイヤモンド電池~」

「聞いたことない」

 見た目は電子基板に乗っていそうなチップだ。平たくて固い蜘蛛のように端子が何本か生えている。


「1000年は動くよ」

「1000年!?」

「放射性物質がね、こう、ダイヤモンドの中に入ってるの。放射線を電力にしてくれるから、半減期まで安定したエネルギーソースになる」


「ほ、放射線? 大丈夫なの?」

「ダイヤモンドが閉じ込めてくれるから安全」


 長期間に渡って安全に電力を安定供給してくれる電池。確かにいいかも。


「今なら大特価の1000円! どう? 1000年使えるとしたら、1年あたり1円!」

 明日花さんは人当たりの良い笑みを浮かべている。海美さんは無表情に私を見ている。


「た、高いけど、それなら安いかも」

「衝撃にも強いし、良いお供になると思うよ」


「ええっと……」

「これが最後の1個、絢ちゃんが買わないなら、他のところに行こうかな」


 どうしよう。良いかもしれない。持ち合わせもある。


「買――」

「どこ製?」

 聞き覚えのある涼やかな声が、明日花さんに向けられた。


「イギリス。大戦中期のね」

「出所はちゃんとしてる」


 声の主はおーちゃんだった。さっき見ていたバイクを押している。


「もちろん。品質は保証するよ」

 明日花さんの顔からは笑顔が消えて、冷たい口調になっていた。ふたりの間にピリついた空気が流れている。海美さんもおーちゃんから目を離さない。


「でも、このタイプの電池は出力が小さい。この大きさなら腕時計を動かせるくらい――違う?」

「え?」


 そうだったのか。腕時計を動かせるくらいだと分かると、1000円――1年分くらいの食費は払いたくない。


「商売の邪魔しにきたの? どこのモンよ」

 険のある声で明日花さんが言うと、海美さんが立ち上がった。指先ひとつ動かしたら攻撃してきそうな「ウ」型の眼光を受けても、おーちゃんはまったくおくすることなく、


「石塚組」

「――石塚って、石塚六道ろくどうの?」

「そう」

「かぁー。大手かよ」


 瞬間、空気が緩んだのが分かった。海美さんもしゃがみこんで、私も自然とほっと息を吐く。


「やりあう?」

「まさか! ちょっとぼったくろうとしただけじゃん! 絢ちゃんも人が悪いなあ。早く言ってよお」


 ちょっとぼったくられるところだったのか。危なかった。


「そんなに大きな組から離れて、良いことないでしょ? 何しに行くの?」

 明日花さんはあの人の良さそうな笑みを浮かべてそんなことを聞いてきた。話題を変えようとしているのだろう。


 取引でぼったくられたとしたら、騙された方が悪い。守ってくれる法律などないのだから。それよりも喧嘩にならないなら、私としてはそれでいい。


「家出した友達を探しに」

「へえ、どんな子? 知ってるかも」


「ウ型。宇々ううって名前の、15歳」

「う~ん。残念。知らない。あてはあるの?」


「それは……」


 そうだ。

 探しに行くと言っても、私たちはうーちゃんがどこにいるのか見当もついていない。闇雲に旅に出たとして、それで、どうなるのか。


「離れて寂しいよね。こんなスクラップの山で生き別れたら、なかなか会えるもんじゃないし」

 明日花さんは優しい表情を浮かべた、なんとなく、今の顔がこの人の本性ほんしょうな気がした。


「その子、どこで楽しそうだった?」

「海美?」

 ……黙っていた海美さんがしゃべった。


 きれいな声だ。

「喋る猛獣」と形容されるウ型ハイパーアキュムレーターの多くは、嘘を吐くことや黙っていることが苦手だ。


 彼女たちには裏表がない。だから余計な意思が介在せず、言葉に清らかさを感じてしまう。


「どこで……」


 そのままの意味を考える。


 楽しそう、だった……?


 崩れたアーケードの隙間から陽光が射し、風景が白く染められる。脳裏に映ったのは、あの山にいた時、皆でキノコや鹿を取ってご飯を食べていた、あの時のこと。


「――日光にっこう


 3か月ほど前、立ち寄った日光でしばらく過ごした。


 ジャンク屋としての商売はからっきしだったけれど、自然の山で暮したおかげで食べる物には困らなくて、そこでうーちゃんは輝くような笑顔を浮かべていた。


「お腹いっぱい食べられた。我慢なんかしなくて良くって」

「きっとそこにいるよ」

 海美さんは断言する。


「楽しかった思い出は色褪いろあせないから」


 うーちゃんは日光にいる。


「――明日花さん。やっぱり取引する」

「え? まじ?」


「うん、情報貰ったし。海美さん、素敵な人だから。明日花さんも、きっと悪い人じゃない」

「あらら……」


 明日花さんと海美さんがきょとんとした顔で目を合わせる。

 ウ型は放っておけば服も着なくなる。興味の先はほとんど食事で、それ以外には頓着とんちゃくがないから。


 海美さんが奇麗きれいにしているということは、それだけ明日花さんが世話を焼いているということだ。ウ型が生き生きしている組織は、強い組織で、良い組織。


 二人は良いコンビなんだろう。 


「絢」

 海美さんは覗き込むように私の眼を見た。


「絢、大丈夫。きっと会えるよ」


 海美さんの腕が伸びて、私を抱きしめた。不思議、あの子と同じ匂いだ。

 匂いは一気に時間を巻き戻してくれるようで、うーちゃんと一緒にいた時のことをはっきりと思い出して、目頭が熱くなった。


「ありがとう、海美さん」



 ――♺――



「ばいばーい」


 明日花さん、海美さんとオリオン通りの入り口で手を振って別れる。キャンプに戻って、数日間を準備に費やした。


「さあ、出発だ!」

 えーちゃんは全員が車に乗ったことを確認すると、エンジンに火を入れる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る