第18話:カインとレイン
ゲーム内で剣を使っていた時の動きを思い出しながら、ひたすら剣を振り続ける。
どれだけそうしていただろう。息が上がり、全身から汗が噴き出してきた頃、家の玄関のドアが開いた。
「精が出るな、レイン」
「父さん……?」
そこにはカインが立っていた。手には訓練用の木剣が握られている。
「ごめん、うるさかったか……?」
「いいや。母さんやアリスちゃんは眠っているよ。俺もさっき、偶然起きただけだ」
そう言ってカインは静かに扉を閉め、こちらに歩み寄ってくる。
月の明かりを雪が反射して、夜なのにカインの表情がよくわかった。夜更かししていることに怒っているのだろうかと思ったが、どうも違う。
カインは優しく微笑んでいた。
「何をそんなに焦っているんだ?」
「……っ! べ、別に」
胸の内の一瞬で見透かされて動揺してしまう。誤魔化そうかと思ったが、上手い言い訳が浮かばなかった。
「なに、責めているわけじゃないんだ。お前にはお前なりの考えや目標があるんだろう。そうだな……。もしかして、アリスちゃんの旅について行きたいんじゃないか?」
「…………」
「図星か。アリスちゃんは可愛いものな。お前が惚れるのも無理はない」
「…………そういうわけじゃ」
「違うのか?」
…………違うとも、完全には言い切れない。師匠の事は、正直好きだ。好きにならない理由がない。
冬が明ければ師匠は北へ旅立つ。そのことは家族の全員が知っていた。
だから、このタイミングで俺が焦った様子で剣を振っていたら、師匠と共に旅立ちたいと思っているようにしか見えないだろう。
カインが勘違いするのも無理のない話だ。
「……もしそうだと言ったら、父さんは反対するか?」
「そりゃ、親として子供を危険な旅には送り出せないからな。反対するに決まっている」
「だよな……」
「だが、俺個人としてはお前を応援してやりたい気持ちもあるんだ。元冒険者として、一人の男として、お前の冒険と恋路を後押ししてやりたいってな」
「父さん……?」
カインは俺から少し離れた位置で剣を構えていた。顔つきが真剣なものに代わり、どことなく殺気のようなものを放っているようにも感じる。
「来なさい、レイン。俺と手合わせしよう。お前が父さんを倒せるようになったら、俺はお前の旅立ちを応援する。母さんの説得も請け負おう」
「えっと……」
何だか勘違いだと説明できる空気じゃなくなってしまった。汗が冷えて寒くなったから帰りたいんだが……。
ただ、父さんを味方につければ後々動きやすくなる。
俺の実力を示せば、父さんの衛兵団の仕事も手伝わせてもらえるかもしれない。そうすれば山でモンスターを狩って効率的にレベル上げすることも出来るだろう。
「……わかった。全力で行かせてもらう……っ!」
俺は剣を構えてカインに斬りかかる。
子供の体に大人用の両手剣というアンバランスさ。ゲーム同様の動きは出来ないが、感覚は素振りをしている間に掴んだ。
体を目いっぱいに使って、剣に体重を乗せて放つ。
「うおっ!?」
受け止めたカインがよろめく。想像を超えた一撃だったのだろう。
だが、防がれた。
「素振りを見た時からまさかと思っていたが、これほどとはな……! 我が息子ながら末恐ろしいものだ!」
「くっ……!」
鍔迫り合いで押し切れず、バックステップで距離を取る。やはりカインは強い。そして、俺のステータスがレベルのわりに低いのもある。
おそらく年齢によるステータス上限に引っかかっているのだ。ゲームだった頃に比べると初期ステータスは3割ほど。ステータスの伸びも同じ割合に減っている。
おそらくステータスではカインの方が上だろう。
だが、
「〈
「おまっ! 魔法はズルいぞ!?」
〈雪球〉はカインの剣に切り払われて粉々に砕け散る。それが目隠しの役割になる。俺は一気にカインとの距離を詰めた。
「元冒険者を舐めるなよ!」
さすがカインの対応も早い。すぐにバックステップを踏んで雪の粉から離れると、迫る俺を万全の体勢で出迎える。
「来い、レイン……っ!」
カインはまたも俺に斬りかかろうとはせず、受け止める構えを見せる。俺はそのままカインに突っ込んだ。
「剣術スキル――〈回転斬り〉!」
体を目いっぱいに捻り、スキルを発動する姿勢を作る。後はゲーム同様、体が自動的に動いた。
木剣を淡い青色のエフェクトが包み込み、体がぐるりと回る。振り抜かれた木剣はカインの木剣と激突し、カインをそのまま後方へ吹っ飛ばした。
カインは尻もちをついて、呆然と俺を見上げている。
「まさか、ここまでとはな……。ハハッ、参ったよまったく……」
カインは自身の手に握られていた木剣が折れているのを見て苦笑していた。
さすがに少し、やりすぎただろうか……。
寒くて早く家に戻りたいから、ついつい剣術スキルまで使ってしまった。使わなければ長い間付き合わされていただろうから、仕方がない。
「やるな、レイン。今のお前は父さんよりずっと強い。きっとアリスちゃんの旅にもついていけるだろう」
「ありがとう、父さん。寒いからそろそろ家に戻ろう」
「最後に一つアドバイスだ」
「まだあるのかよ……」
父さんは立ち上がると、ゆっくりこちらへ歩み寄ってくる。そしてそのまま俺の頭に手を置いて、膝を折って視線を合わせた。
「レイン、躊躇いを捨てなさい」
「躊躇い……?」
「お前は強い上に賢い。これからどんどん強くなって、どんどん賢くなっていくんだろう。だからこんな心配は無用かもしれないが、もし何か問題に直面した時、お前が進むことを躊躇ってしまうんじゃないかと心配なんだ」
「父さん、いくら何でも心配しすぎだ」
「そうか? そうかもしれんなぁ。……だが、強ければ強いほど、賢ければ賢いほど、多くの道が見えてくるものなんだ。そのどれかの道に進むことで、お前は何かを失うかもしれない。賢いお前はそれに気づいてしまう」
「だから、躊躇ってしまう……?」
「そうだ。失うことを恐れて、本当に大切なものを失くしてしまう。……俺も冒険者だったからな。多くの大切なものを失くしてしまったよ。だから父さんがレインに出来るアドバイスはこれしかない。躊躇わずに進みなさい。その道が正解だったか、不正解だったか、それは5年後くらいに考えればいい」
「父さん…………くしゅんっ」
クシャミと同時に鼻水が出た。父さんの長い話の途中から寒くて震えが止まらない。できれば、家の中に戻ってからゆっくりその話をして欲しかった。
翌日、案の定風邪をひいて寝込んだ俺は、父さんが母さんにこっぴどく叱られているのを遠くに聞きながらベッドの上で寝て過ごしたのだった。
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