ウェルキエル学院のセプテット

プロローグ

　燃え盛る炎。響く銃声。ぶちまけられた血華。

　少女が覚えているのは、ただそれだけだった。

　一夜にして火の海と化した故郷を眺め、掴まれたままの自身の腕を振り払う。まだ死後硬直が始まっていなかったのか、力の入らない腕は少女の予想よりも簡単に地に落ちた。数分前までは母だったそれを見下ろし、少女は続いて掴まれていた自身の右手に視線を向ける。

　夥しい量の血液によって赤く染まったその掌は自分のものとは似ても似つかないように、少女には感じられた。ふと、銃声が止んでいることに気が付き少女は行くあてもなく歩き出す。

　家だったものは瓦礫に、人だったものは肉片となって辺りに散らばっていた。噎せ返るような酷い血臭と立ち上る硝煙が目に染みる。

　思わず咳き込んだ少女の瞳から、一筋の涙が溢れ落ちた。それが外部からの刺激によるものなのか、すべてを失った喪失感によるものなのかは判別がつかない。少女はただ声もなく涙を流し続けた。

　呼吸が徐々に荒くなり、未だに足を動かせていることが奇跡のように感じられる。炎と硝煙によって霞む視界では、自身がどこへ向かっているのかさえ少女には理解できていなかった。

　帝国が第二次魔導大戦の戦火に巻き込まれてから早十数年。もはやこの帝国に安全圏などは存在しない。眠りにつき、翌朝目を覚ませば隣に死体が転がっている。そんな非日常が日常になりつつある世界。

　それでも少女の心はどこか他人事だった。自分には何の関係もない話。自分も自分の家族も連日ラジオで伝えられているような悲惨なことにはならない。そんな確証のない思い込みが、一夜の災厄を招いた。

　幸福など刹那の間に崩れ去ってしまうものだったのに。それに気が付くのはいつだってすべてが手遅れになった後なのだ。

　賢い人間は早々にこの小村に見切りをつけ、帝国の首都へと逆疎開していった。いざとなれば、真っ先に切り捨てられるのは他ならぬ自分たちであると、感情ではなく理屈で理解していたのだろう。そして村を出た彼らの決断は結果としてどうしようもなく、正しかったのだ。

　やがて裸足で変わり果てた村を彷徨い歩いていた少女は、急激な眠気と倦怠感に襲われて目を閉じる。どこからか人の気配を感じるが、それに反応するだけの余力を少女は持ち合わせていなかった。だが気配の主は少女の存在に気が付いたらしい。

　瓦礫を踏み潰す耳障りな音に混じり、低い男の声が聞こえてきた。

「……こちら徒雲。例の村で生き残りの少女を一人保護した。近くの部隊に手隙の奴らがいたら緊急で応援を要請してくれ」

　男はまだ無線機を片手に通信を続けているようだったが、少女に聞き取ることができたのはそこまでだった。だがそれはある意味幸運だったのかもしれない。

「あぁ、敵魔導師の無力化には成功した。が、村の方は全滅だ。俺が到着したときにはもう、手遅れだった」

　続けて男の口から吐き出されたのは村が壊滅した知らせ。この日、国境付近の小村はほぼ同時刻に襲撃され、幾つかの村が陥落。これを境に各地の戦闘が激化し、帝国はさらに混迷の時代へと突入することになるのだった。