70話  イブの悶々

ケイニスの童貞をもらえる。


その言葉を当人から聞いた後、3姉妹はそれぞれの部屋で、どうやったら効果的にケイニスを襲えられるかを考えていた。



『ご、ご主人様はああ見えてドSな部分があるからむ……鞭を準備したら!?』



セシリアは、めでたい初体験に鞭で打たれたいと思っていて。



『ふふふっ、よもや剣にまで浮気を……?これはダメですね、旦那様……とっとと子供を持って責任を持たせなきゃ……』



クロリアは、割とマジで夜這いをして既成事実を作ろうとしていて。



『よし、お姉様たちより先にやっちゃおうか』



女神が勧めた聖女候補であるイブニアは。


とても聖女だとは思えないことを考えながら、女神から聞いた言葉をゆっくり反芻していた。


神聖力とは生命力から来るもの。だとしたら、お兄ちゃんの生命力を一杯にもらえたら神聖力が上がって、早く聖女になれるのでは?


だったら、神聖魔法でお兄ちゃんの体力を回復させて、搾り取って。


また補充させて、また搾り取って……あれ?そうすれば私は早く聖女になれるんじゃないかな?


インフェルノの姿を見て頭が狂ってしまったイブは、死んだ目で性のスパイラルに陥ってしまったのである。



『どんどんライバルが増えて行く……なんなの、あの剣は!!あ、あんな美少女だったなんて聞いてないじゃん!!うぅ………』



先日に見たインフェルノの姿を思い出しながら、イブはモヤモヤする。


認めたくないけど、あの剣―――炎の精霊やらなんとやらは、確かに綺麗だった。


腰まで伸びている赤い髪に、同じ色の瞳。


背は自分よりよっぽど高くて、胸は大きくて、女性としての魅力に溢れていて………どうも、イブとは違うタイプの女性だったのだ。


あの精霊とお兄ちゃんが、これからずっと一緒だなんて。一緒に、戦うだなんて……。



『うぅ…………お兄ちゃん………』



どんどん大好きな人が遠くなっていくようで、心が落ち着かない。イブは憂鬱になっていた。


先日、その好きな人は確かに自分にキスしてくれたものの―――やっぱり、満たされなくて。


唇だけじゃなく、体を重ねながら愛してくれないと……安心できそうになくて。



『……やっぱり先にやっちゃおうか。よし、先ずは邪魔な剣を窓の外にぶん投げて、キスするふりをしてお兄ちゃんの口に持ってきた薬を――――』



ヤバいを超えて頭が痛くなる想像をしながら、イブは徐々に病んでいった。


そんな中、3王女たちがいるサンスリアの要塞は、女王の書信しょしんが届いたおかげでまたもや騒がしくなっていた。


アーサーとケイニスは、会議室で女王の手紙を読み終えた後、互いを見つめ合う。



「決まりだな。帝国の首都までおもむいて、首都を奪還することが」

「ですね……帝国の人たちと一緒に戦うなんて、ちょっと違和感ありますけど」

「まあ、このまま皇帝が追放されればこちらとしても損はないからな。帝国に大きな恩を売ることになるだろうし、これを機に両国の関係も良好になれるだろう」



アーサーの言葉にケイニスは頷く。それに、帝国で苦しんでいる人たちも助けられるから……彼としては拒否する理由のない命令だった。


ケイニスがゆっくり頷いていると、アーサーは手紙の末尾にある文章にもう一度目を配る。


それから、ゆっくりと顔を上げて―――ケイニスがあえて知らんぷりをする文章を、わざと読み上げた。



「で、最後に娘たちをよろしくお願いします、と女王様からの伝言があったんだが?」

「空気を読んでください、師匠。今は真面目な場面じゃないですか」

「帝国もいいですけど、子作りより大事なことはありませんからね?とも書かれているけど」

「なんでそれを読むんですか!!嫌な予感がしてあえて読まなかったのに!!」

「まあ、女王様もそれほど期待していらっしゃるってことだろ」

「娘を抱いてくださいとお願いする母親だなんて……!!この国は一体どうなってるんだ!」



ケイニスはまたもや涙を流した。


最近、あまりにも周りからのセクハラと好き好き執着攻撃を受け続けたせいで、とにかく涙腺るいせんが弱くなってしまったのだ。


それに、彼の頭の中には結局誰と先に行為に及ぶかの問題がずっと入り浸っていて―――とても、まともな状態にはいられないのである。



「まあ、とにかく女王様の命令が下りたわけだし、すぐにでも準備をしなくちゃな。ケイニス、お前はどうするつもりだ?」

「俺が先発隊になります!!俺が最初に行きます、俺を行かせてください!!お願いします、師匠。俺を帝国に!!」

「そんな風に逃げ続けても結果は変わらないからな?」

「なんで……なんで俺の周りには味方が一人もいないんだ!!」



そうやって、アーサーとケイニスが微笑ましい会話を繰り広げていたところで。


突然、会議室の中でノックの音が響き渡る。



「入れ」



アーサーが短く命令すると、騎士の一人に続いて―――やや緊張しているように見えるイブニアが、姿を現した。



「えっ、イブ……?」

「イブニア様、一体どのようなご用件で……?」



イブニアを護衛していた騎士が会議室を出る。


残りの二人が目を丸くしていたところで、イブニアは生唾を飲み込んでから言う。



「お母様からの書信が届いたと聞きました。そして、お母様ならきっと、帝国の首都を奪還することを命じたのでしょう。違いますか?」

「い、イブニア様……確かにその通りですが」

「……そして、その戦闘には当然、お兄―――ケイニスさんも参戦することになるでしょう。そうですよね、アーサー様?」

「………イブ」

「なら、私もお兄ちゃんと一緒に行動したいです」



しれっと出てきたその発言に、アーサーとケイニスの口があんぐり開けられる。


最初に反応をしたのは他でもない、アーサーだった。



「い、いけません、イブニア様!!私たちが今から行こうとしているところは、かつての敵国の首都!化け物がのさばっている、この世でもっとも危険な地域なのです!そのようなところにイブニア様をお連れするわけにはいきません!」

「分かっています。分かっていますけど!!」



イブニアはもう一度声を上げて、固く決断した声で語り掛ける。



「私は、どうしても行きたいんです……お兄ちゃんと一緒に、帝国に行きたいんです」



そうしないと、お兄ちゃんに振り向いてもらえないかもしれないから。


そして、当のお兄ちゃんは―――酷く慌てた顔で、イブニアを見つめるだけだった。

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