21話  なんでもできてしまう主人公

ケイニスはとても充実な時間を送っていた。


上司のえげつないセクハラから解放され、毎日のように剣を振るいながら気持ちいい汗をかく毎日!


見習い騎士たちに自分の裏技や些細な剣術を教え、魔力を体内に循環させる方法を丁寧に講義していたら、いつの間にか騎士たちも彼を認めるようになったのである。


たった三日しか経ってないというのに、彼の性格の良さと教えることの上手さが相まって、彼は一気に騎士団の人気者になっていた。



「心臓の下あたりに力を入れる感じで、ゆっくり呼吸を重ねて……そうです、その感覚です!いや、上手いですね~~さすがは王室騎士!」



そして、護衛騎士という身分を全く鼻にかけない彼を見て、多くの騎士たちは涙を流しながら謝罪行列を作っていた。



「くっ……お、お許しを……!今までケイニス様を誤解しておりました!」

「うん?ああ、いいですよ~~全然気にしなくて大丈夫ですから!あははっ」



そうだった。この男、諸悪しょあくの根源であるヤンデレ王女イブニアから脱出して、目に見えるすべてが輝かしいのである。


貞操の危機を感じず、バッドエンドにたどり着く確率も極めて低い毎日。騎士たちを教えながらしみじみと感じられる嬉しさ!


ケイニスの顔には、派遣されてからずっと笑顔しか咲いていなかった。



「……なんでちょっといい人なの?」



そして、彼がこっぴどくいじめられて本性を表せると思い込んでいたクロリアは、首を傾げながらボソッと呟いた。


あれ?おかしいな。聞いた限りだとイブと同様に頭が終わっている人だったのに?


その天才性はさておき、とにかく普通の人間とは思えない行動をよく取るって言ってたのに?



「リエラ、彼の監視した内容をすべて報告してください」

「は、ケイニス・デスカールは王室内の噂とは違って非常に堅実で真面目な人物かと。騎士たち一人一人を丁寧に教えながら、毎晩のように訓練場で誰かの写真を貼ったダミーを殴りながら何時間も、剣の練習をしているようです。そして、これは離宮のメイドから直接聞きつけた情報ですが……」

「はい、言ってみてください」

「彼が以前言った通り、彼の股間はまだ純潔だそうです」

「……そういうことを聞きたかったわけじゃありません!!」



ていうか、おかしくない?イブは確かに中古って言ったのに?王国にも二人がもう一晩中ヤったって噂が立つくらいなのに!?


なんだ、まだ新品なんだ……ふうん、そっか。むやみに女を抱く男ではないんだ……ふうん。


と、ちょっとだけケイニスを見直したクロリアであった。



「いかがなさいますか?あのままだと普通に、王女様もイブニア様のようにちゅきちゅき言いながら彼に惚れてしまいそうなんですが」

「……リエラ?」

「こほん、失礼いたしました。前に聞かせてくださった内容があまりにも面白かったので」



内容というのはもちろん、水晶玉で覗いた運命のことである。


突然の監視命令をしたせいでリエラに申し訳が立たなくて、クロリアはケイニスに関するすべてを説明したのだ。



『ぷふっ、ぷふふっ……王女様が、あのケイニスに……ぷふっ、ぷふふふっ……!』



もちろん、リエラはこれを聞いて死ぬほど笑いながらクロリアをからかっていた。ちょうど今のように。



「……このままじゃダメ」



クロリアは拳をぶるぶる震わせながら、遠くで笑っているケイニスを見つめた。


自分が裸で抱きつく男が、大勢の前で股間の純潔を主張する男だなんて、彼女は到底納得できなかったのである。



「何としてでも、彼を嫌いになって無理やり運命を捻じ曲げなければ!」

「無駄なことを……」

「リエラ?」

「なにも言っておりません」



いつもの不愛想な顔をしている護衛騎士を一度睨んでから、クロリアはじっくり考えを巡らせた。どうすれば嫌いになるための言いがかりをつけられる?


個人の戦闘力についてはあのカーバンを圧倒的に潰したんだから、もはや疑いようがない。


性格もよくて、他人に何かを教えるのも上手で、あんなに多くの騎士たちに懐かれているんだからリーダーシップも備わっていると見た方が正しい。


それに、あのソードマスターのアーサーの唯一の弟子で、若干16歳で王女の護衛騎士になって、貞操観念もちゃんとあって………あれ?


あれ?本当に割といい人かも?あれれ?


……という考えを必死に押し殺しながら、クロリアは痛くなるほど頭を捻りだした。


そして、彼女はある結論にたどり着く。



「そうだ……!ふふっ、覚悟してください、ケイニス・デスカール……!あなたのことなんか、絶対に好きにはならないから!」



クロリアが好きを超えてケイニスを愛して執着するようになる、ちょうど4日前の出来事だった。









「騎士団の行政業務ですか?」

「そうです!ちょうどリエラ一人じゃ手に負えなくなったところなんですよ!最近は、帝国の怪しい動きもあって志願者数も増えてきましたし、解決すべきことがもう山積みなんです。ケイニスさんには、ぜひこちらを手伝っていただきたいんですが」



もちろん、ウソである。


いくら騎士団の志願者数が増えたと言っても、クロリアは一国の王女。


その王女を守るために騎士団が存在するのに、人手不足で仕事を回せなくなるなんて、言語道断である。


それでも、クロリアはあえて彼に行政業務を任せたのには、もちろん理由があった。



『いくら剣の天才で性格も良くてリーダーシップもあるとはいえ、まだ彼の知性は確認されていないじゃないですか……!ふふっ、いくらあなたでも初めての業務を完璧にこなせることはできないでしょう!ケイニス・デスカール!!』



目を丸くしているケイニスに向けて、クロリアは不敵な笑みを浮かべた。


そう、いくら完璧に見える彼でも、弱点の一つ二つくらいは存在するはず。その弱点を掘り出すことで、彼への好感度を下げ続けていくのだ!


と、思っていたクロリアだったが。



「あ、リエラさん。これはこうすればいいんですよね?はい……はいはい、ありがとうございます!」

「難しくないかって?いやいや、魔力の仕組みを理解して暗記するよりは全然マシですよ~」



クロリアは、全然知らなかったのである。


魔力の複雑な構造とそれを活用する方法を、初心者の目線で分かりやすく解説するのがどれだけ難しいことなのかを。


流れる剣の動きを正確に目で捉え、適切なアドバイスをするのが、どれだけ集中力を要求することなのかを。


それができてしまうケイニスにとって、騎士団の行政業務なんかは当然、相手にもならず。



「クロリア様、ケイニスをウチの騎士団に入団させるのはいかがでしょう?」



2日後、しれっとした顔でそんなことを言ってくるリエラを見て。



「……なんで?なんでぇえええ!?!?!?!?」



クロリアはまた、拳をぶるぶる震わせながら変な叫び声を上げてしまうのだった。

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