4-7 ドバードの秘密都市 バルガス・ストライク

 もんどりを打ってエネルが吹っ飛ばされた。衝突で勢いが殺されエーテルが地面に前のめりに滑り込んだ。プラチナは呆気に取られてしまった。


 スターとエネルと同じ、太陽の騎士団と思われる黒髪の少女エーテル。

 その彼女が何故、出会った瞬間、突撃チョップをしてきたのか全くもって分からなかった。


「はい! ボクに何か言わないといけない事があるよねっ!!」


 すぐに起き上がった少女を近くで見れば自分と同年代ぐらいの感じだ。黒髪で明るい紫色の瞳。可愛らしい顔は今、プンスカと怒っている。


 エネルも身体を起こして、服に着いた砂を払って少し気まずそうに答えた。


「いや、わらわとスター色々と事情があってだね……」

「まずはごめんなさいでしょ! 半年も行方不明になって、心配したんだよ!」

「それは確かに。誠にごめんなさい」

「うん、よろしい。……それで事情って?」

「えっと……極秘、任務?」

「何で疑問形なのさ?」


 どうやらエーテルは、心配してクロスチョップをかましてきたらしい。

 喧喧諤々、とまではいかないが騒がしく元気に会話している。同じ組織に所属するもの同士仲が良いのだろう。

 しかし行方不明とはどういう意味なのかプラチナは気になった。確かエネルが太陽の騎士団に連絡を入れているため行方不明になっていないはずで……。


「良くないけどまあいいや、それでさ」


 プラチナが首を傾げて見ていると、エーテルの視線がこちらに向けられ、思わず身体が強張ってしてしまった。


「あの子は一体……?」

「わらわとスターの要保護対象者。詳細は省くけど太陽の騎士団で保護する事になったから」

「はえ〜」


 上から下へと眺められて、プラチナは気恥ずかしくなった。

 観察を終えてエーテルがにっこりと笑って自己紹介をした。


「初めまして、ボクは太陽の騎士団所属のエーテル・ブラスト。エーテルって呼ばれています。えっと名前は……」

「プラチナ・アリエール」エネルが言った。

「そうなの? それじゃよろしくね、プラチナ」

「あっ、はい……よろしく、お願いします」

「別に敬語じゃなくていいよー」


 エーテルは手をひらひらと振って答えた。

 フランクで気さくでボクっ娘で、初対面だがとっつきやすく、プラチナは内心ホッとした。


「アリエール?」


 しかし、もう一人太陽の騎士団がいたのを思い出してまた緊張してしまった。エーテルに注意が向いて、いつの間にか近くに佇んでいた。

 見ればスターより背が高い男。疑問の声で男だと思った。

 銀の鉄兜に団服姿。ジクルドという名前。


「ゾルダンディーの王の名前が確か……レスティア・アリエールだったはずだが?」

「合ってる。プラチナはレスティア王の娘だよ」


 エーテルが驚きの声を出した。


「えっ、プラチナって王女様なの!?」

「えっ、あっ、……う、うん」

「はえ〜」


 ジクルドの兜はプラチナの方に向けられている。兜の中の顔がどんな表情をしているのかは分からないが、少なくとも警戒している感じはしなかった。

 エネルが紹介してくれた。


「こいつはジクルド・ハーツラスト。素顔はわらわもスターも知らない。太陽の騎士団初期のメンバーに……なるのかな?」


 ジクルドが首を横に振った。


「いや、途中参加だ。よろしく頼むプラチナ」

「はい……よろしくお願いします」


 お互いの紹介が終わって情報交換に移行した。

 先程エネルが言っていたように、太陽の騎士団の方でも秘密都市の噂が耳に入ってきたため、偶々近くにいたエーテルとジクルドに派遣されたとの事だった。


「それでやって来たらびっくり。既に荒くれっぽいのが金目の物探しててさ、それを咎めるのもどうなのだったし、適当な民家に入って方針を決めようとしたんだよ。そしたら……」

「本棚の裏に地下に続く隠し階段を見つけた。降りてこの地下都市に辿り着いて探索をしていた。今から約二時間前だ」

「二時間前……多分他の建物にも地下都市に続く隠し通路やらがあるだろうなあ」


 とエネルが息を吐くとジクルドが聞いてきた。


「それでエネル。スターは何処だ?」

「そうそう、スターは何処なのさ」

「わらわがイーブックの罠に引っ掛かって逸れちゃった。今合流を目指していたところ。非常に迂闊でした」


 エネルが嘆息して今日の、秘密都市での過程を簡単に説明した。二人は割とすぐ民家に入ったためガチオーガを見ていなかったらしい。

 口を挟むか悩んだが、気になっていた事をプラチナは質問した。


「えっと、あの巨大な白い犬は……?」


 少し離れた位置にいる超大型犬は、未だ目を回して気絶している。まだまだ起きそうにない。

 エーテルが答えた。


「知らないの? あれファングだよ。ついさっき、襲われてね。極力傷つけないように戦ってたんだけどジクさんが……」

「殴って気絶させた方が早いと判断した」

「ファング……?」


 エネルが補足した。


「ファングも召喚生物だよ。比較的多くの人間が発現できる割と哀れな犬。あんなクソデカサイズは初めて見るけど」

「……哀れ?」

「召喚して盾にされたりとか、呪文の練習台にされたりとか色々とね……」

「……そんな」


 聞き間違えかと思ってしまうほどの酷い言葉を聞いてプラチナは眉を顰めた。嫌な想像が頭の中に浮かんでしまい、首を振ってかき消した。

 そんなプラチナを観察しつつ、ジクルドが話を進めた。


「無力化した以上ファングは無視でいい。エネル、スター合流の目星は付いているのか?」

「付いてるし剣の引き寄せ的にスターもこの地下都市にいるよ。運良くジクルドとエーテルに会えたし、ここからは走って合流を目指すべき」

「分かった。なら俺が先頭を走る。エーテルもそれでいいか?」

「オッケー。早くスターに会わないとね」


 エネルがプラチナを見て言った。


「とまあプラチナ、勝手に方針決めちゃったけど……いいかな?」

「うん大丈夫。でもスターが心配。一人で大丈夫かな……」

「……そういや結構な高さから落下したからダメージあるか。まだ見ぬドバードの人間もいるかもだしさっさと行動開始だ」


 エネルの声で全員が顔を引き締めた。そうして気絶中のファングを放置してスターの元へ駆けて行った。



○○○



 程なくして水色髪のドバードの兵士の、背嚢を背負ったままの後ろ姿を、遠目から視認できる距離までスターとジクルドは追いついた。兵士はこちらに気付いた様子はない。


 地下都市の一画。兵舎や簡易的な詰所、武器兵器が収納されていると思われる建物が散見される軍事区画に三人は入り込んでいた。

 周辺に人の気配は依然感じない。剣引き寄せの呪文も何回も発現済みだ。


 スターに担がれている老兵はぐったりしている。早く適切な治療を受けさせなければならない。


(迷っている時間はない……戦闘になるかもしれないがまずは接触だ)


 剣で地面を叩き存在を知らせてから、スターは兵士の元に駆け出した。ジクルドも続く。

 丁度扉を開けて建物の中に入ろうとした兵士は振り返りスターを視認した。

 その端正な顔立ちと長髪から再度女かと思ったが、背丈や体格から見るに男で、その野戦服姿でドバードの兵士で間違いなかった。


「待った! 戦闘する気は全くない。この老人を届けに来ただけだ!」


 優男な水色髪の兵士がアクションを起こす前にスターが制した。兵士の目がスターから担がれた老兵に向く。


「グラフ……」


 しかし兵士は目を細めて悲しげに呟くだけだった。


「……?」


 最悪戦闘になると思っていたスターにとって、予想外の展開だったため少しの間、困惑してしまった。

 右腕で担いでいる老兵と同じドバードの兵士なら、先程と同様に襲いかかってくる可能性が高いと踏んでいたがそうではない。

 目の前の兵士の目は、変わらず老兵に注がれている。


(グラフ……? 呪文か? いや、普通にこの老兵の名前か)


 数秒後、兵士はスターとジクルドに視線を移し言った。


「グラフに処置を施さなければなりません。こちらへ」


 そう言って扉を開けたままの建物内に入って行った。

 横に立っていたジクルドが言った。


「……罠か?」

「分からない。だが今はこの老人が先だ。入るぞ」

「……ああ、分かった」


 建物内部は兵舎のような内装をしていた。

 大勢の兵士が集団で生活できるよう一つの大部屋にベッドが均等に置いてある宿舎や、座学を行う教室らしき部屋が目的地に到着するまで確認できた。


 案内の元、医務室らしき部屋に辿り着きベット上にグラフと呼ばれた老兵を寝かせた。スターはその姿を見て、つい先日の死期が近いアルマンの姿を思い出した。


 兵士の処置は素早く正確だった。瞬く間に薬の投与や点滴を施していく。

 ベットに横になる老兵は今や重篤の患者にしか見えなかった。もって数日といった所だ。


 一通りの処置が終了し、兵士が頭を下げてきた。


「まずはお礼を。グラフを連れて来ていただきありがとうございました」


 その頭を下げる所作に敵意はなく、エネルとプラチナとの合流という目的を果たせると判断しスターは情報収集に努めた。


「それは問題ない。それで……ここはドバードの秘密都市で合っているのか?」


 頭を上げた兵士が首肯した。


「はい、その通りです。ここはドバード秘密都市の地下施設。武器や兵器の格納。戦闘訓練……主に呪文使いの育成を行っていました」


 呪文使いの育成は人目がつかない場所で行われる。呪文は適正があれば超常現象を発現できる不思議な言葉。誰がどんな呪文を発現できるのか、それを敵に把握される事は軍ならば阻止しなくてはならないからだ。

 場所は地下がほとんどである。ドバードの秘密都市でも、それは同じだった。


「しかし今となっては、私とグラフしかいません。この秘密都市は事実上放棄され、地上も地下も廃墟と化してしまいました」


 その言葉に希望が湧いたスターが質問した。


「いないのか? 二人以外誰も?」

「ええ。本国との通信が途絶えた約一年後に、この都市で内乱が起こり、住人は散り散りになってしまいましたから」

「内乱が……?」

「アカムとドバードの戦争の行方や世界情勢の確認を主張する者たちと、行動せず本国から来る連絡を待つべきと主張する者たちの衝突で発生した内乱です」

「なるほど」


 静観していたジクルドが口を挟んだ。


「秘密都市を秘匿する性質上、内から外に出る情報も厳重に制限、管理していたわけか」

「そうです。最初のうちは皆、連絡を待ち続け仕事に従事していました。ですが一年が経過しても本国からの知らせは変わらず届きませんでした。……秘密都市にいる人間のほとんどは、本国いる家族や友人を残してやって来ています。確認を望む側の不満は溜まる一方でした」


 ましてや当時はアカムとドバードの戦争の最中だ。家族の安否は気にもなる。事の次第を説明してくれているこの兵士も、本国に家族がいたのだろう。


「そして不満が爆発し内乱に発展、結果的に大勢の死傷者を出して秘密都市の機能は失われました」

「……そうか、なら地上の建物に損傷が多く残っていたのも」

「はい。内乱による戦闘の痕跡になります。武器や兵器、呪文による衝突でしたから。……スター・スタイリッシュ。ジクルド・ハーツラスト」

「むっ……」


 やはり自分の事を知っていたのか、とスターは少しだけ唸った。兵士が自己紹介をした。


「そう言えば自己紹介がまだでしたね。私はアルス。アルス・リザードと申します。そして彼はグラフトン・リザード」


 と兵士アルスはベッドに横たわる老兵グラフトンに目線を移した。その目はまた、悲しげに細められている。

 この二人は親族の間柄なのだろうとスターは思った。

 アルスが目線をスターとジクルドに戻して言った。


「お二人にお聞きします。アカムとドバード。この両国間の戦争はまだ続いていますか?」

「……いや、戦争は終結した。アカムとドバードは滅ぶ形で」


 スターは迷ったが、滅んだ事も含めて伝える選択をした。遅かれ早かれ二人の兵士は真実を知ってしまう。地上にはまだ探索者たちが多く存在し、そのうち地下都市にやって来るのだし。


「……そうですか」


 落胆するかもと思ったがアルスの反応は薄かった。目を閉じて開けて、呟くだけの感想だった。声も淡々としているように聞こえた。

 ジクルドがほんの少し非難を含んだ言葉を口にした。


「随分と冷めてるんだな。自国が滅んだというのに」


 アルスはジクルドを見た後、ふるふると首を振った。


「いえ……私はグラフに拾われる形でドバードという国の住人になったので、悲しみはそれほど多くないのです。それに正直の所、戦争は終結しているだろうと思っていましたし……ですが」


 もう一度アルスはグラフトンに目を向けて言った。


「グラフは違います。彼は今もなお、戦争は続いていると信じています。いつの日か本国から連絡が届き、そしてその時までに、物資や武器が必要になると集め整備し、この地下都市で持久に徹して……」

「そうか、だからか」


 だから老兵グラフトンはあのような言動を取ったのか、とスターは合点がいった。

 まだ戦争は続いていると考えその準備をする。それがいつ必要になるかは本人は分からない。そもそもゴールが存在しない選択。

 そしてその選択に目の前のアルス・リザードは、仲間がいなくなった都市で数年も付き合っている。


(…………)


 先程グラフトンに言われた言葉が頭に浮かび、スターは胸がズキリと痛んだ。

 アカムの軍に入り、戦争でドバードの兵士を多く殺した事。大勢の人間の未来と、その家族や友人など親しい者たちの幸せを奪ってしまった事。それらが頭の中でぐるぐると回ってしまう。


 そんなスターの様子に首を傾げながらアルスが聞いてきた。ジクルドの鉄兜はスターを見ている。


「ところで……お二人は何故、この秘密都市に?」

「……逸れてしまった仲間を探している」


 しかしエネルとプラチナの合流を思い出して、スターは感情を押し潰して答えた。

 戦争からの復興した事、戦争が終結して五年経過している事、ハゲが治る洞窟、太陽の騎士団、秘密都市の調査に来てイーブックの罠に掛かった事。金目の物を探す荒くれたちがいる事、それらを簡潔に説明した。

 流石にハゲが治る洞窟に関しては、アルスは思わず聞き返し困惑したが、受け入れて話を聞いてくれた。


「なるほど……そういうわけでしたか。少々お待ちを」


 と言ってアルスは医務室の隅に置いていた背嚢に手を伸ばして漁り始めた。そして中から用紙を二枚を取り出して渡してきた。


「これは……地図か。秘密都市の地上と地下の」

「はい。都市が建設された当時に作られた地図です。古い物になりますが、内容は正確です」


 所々、薄れている箇所や劣化が見られるが問題なく読む事ができた。アルスに教えられて現在地や地上へのルートも確認し、イーブックのような罠が仕掛けられている場所も把握した。これで二人と合流ができる。


「……それで、そっちはどうするんだ?」

「え?」


 ふと、気になってスターがアルスに聞いた。


「さっきも言ったように、秘密都市は既に荒らされている。時間が経てばこの地下にも探索の手は及ぶ事になる。荒くれたちが金目の物を探しに」


 そうなってしまった場合、おそらく老兵グラフトンは戦闘に転じるだろう。秘密都市に侵入してきた者を排除するために。

 あまりにも多勢に無勢で勝負にならない。最悪アルスとグラフトンは殺されてしまう。そうなる前に行動を共にしようとスターは考えた。


「……その時になれば、私はグラフの意向に従います」


 アルスはスターの気持ちを察して、苦笑気味に首を振った。


「彼は私の命を救い、居場所を与えてくれました。その恩は返さなければなりません。彼の命が尽きるまで……」

「……分かった」


 アルス・リザードの決意は絶対に揺るがない。スターはグラフトンを悲しげに眺めるその顔を見てそう思った。

 


○○○



 建物を出てスターは天井を見上げた。変わらず天井は高く、鍾乳石が何本も垂れ下がっている。四個のユーラシア・フォスンも同じく変わらない。台座の上で光り輝き、人の気配がない静かな地下都市を明るく照らしている。


 しかし直に、探索者たちがやって来てここは荒らされてしまうのは明白だ。地上のような無秩序が広がってしまう。

 そうなる前にエネルとプラチナと合流を目指す。そして可能ならドバードの兵士二人も保護する。


 行動の方針は決まった。身体はダメージと疲労で重く、左腕は折れたままだ。

 だがまだ何とかなる。ジクルドもいる。剣引き寄せの呪文も引き続き発現済みだ。


 スターは息を吸って吐いて、動こうとした。


「スター、無理はするな」

「ジクルド……?」


 そのスターをジクルドが声を掛けて止めた。


「お前は本当に良くやってるんだ。あまり自分を責めるなよ」

「どうしたんだジクルド。いきなり……?」

「悪いのは戦争する選択をした大人だ。子供だったお前は巻き込まれただけ。お前はハゲが治る洞窟を見つけて、戦争からの復興を成し遂げたじゃないか」

「……」

「スター。お前は何も悪くない」


 気持ちが籠った声で語りかけられた。普段の基本無口で必要な事しか話さないジクルドとは違う、別人のような違和感。励まされたのは今回が初めてになる。


(……こいつ、本物か?)


 次第に違和感が疑念に変わり、スターは即応できるように脚に力を入れた。変身呪文で接触してきた偽物かもしれない。

 しかし先程、グラフトンの襲撃から守ってくれた場面が頭に浮かんでしまう。守った理由は見当も付かない。

 

 目の前のジクルドの姿をした怪しげな人物も、スターの様子を察して、ただただ言葉を発さずにこちらを見るだけになった。


「…………」

「…………」


 両者とも無言のまま睨み合う形になった。聞こえるのは地下に流れる空気の音くらいだ。

 いや遠くから自分が知る、複数の人間が会話しながら駆けてくる音が聞こえてきた。音は徐々に大きく騒がしくなっていく。


「ねえエネル。方角こっちで合ってる?」

「合ってる。だってわらわ剣だしスターに何回も引き寄せられてるから間違いない」

「それならさ、もっとスピード出した方ががいいんじゃない? 罠も人の気配も今の所全然ないし早く合流できるよ」

「正直わらわもそう考えてました。ジクルド、どう思う?」

「……俺もそれでいい、と思う。多分、おそらく、自信はないが」

「「ないんかい!!」」

「二人とも、声は小さいほうがいいんじゃ……」


 聞こえる声は間違いなくエネルとエーテルの声だった。プラチナとジクルドの声も微かに聞こえた気がした。

 そしてすぐに、その四人がスターがいる場所に現れた。


「あっスター、見つけた!! ってええええっ!!?」

「ジクルド……だと!?」


 直後、エネルが驚愕の声を上げた。やっとスターを合流できたと思ったらジクルドがいた。

 スターも自分の目を疑った。エネルとプラチナだけではなく、エーテルとジクルドもいた。

 ならば今近くに佇むこのジクルド・ハーツラストは何者なのか。いや両方偽物の可能性もあるかもしれない。


「「「「「………………」」」」」


 その場の全員がまるで時間が停止したかのように呆然と立ち尽くした。誰もが次の行動に移せずにいた。

 いや、一人だけ即座に地を蹴り肉薄してくる人物がいた。エネル側にいたジクルドだ。


「カロン・ニカ」


 人体収納呪文を唱え、身体から無骨な大剣を取り出し、勢いよく逆袈裟に切り掛かる。

 ゴッ、と殴打のような音がしてスター側のジクルドが吹っ飛ばされていった。


 その光景で我に返ったスターが困惑の声を出した。


「これは……どういう事だ?」

「いやわらわが聞きたいよ」

「エネル、プラチナ無事か?」

「はい、大丈夫です」


 エネルとプラチナがスターの元へと合流を果たした。

 スターは二人の状態を観察し、怪我はしていないと判断して、前に出たエーテルと大剣を持ったジクルドに呼びかけた。


「エーテル、ジクルド! 何故ここにいる!?」


 吹っ飛ばされた偽ジクルドを警戒しつつエーテルが答えた。


「太陽の騎士団として秘密都市の調査に来たんだよ。ベネットとカインから連絡を受けてね……そうしたらエネルとプラチナに会って、もう一人のジグさんがいて……」


 エーテルも困惑しているようだった。スターは二人を確かめようと続けた。


「エーテル、ジクルド。自己紹介をしろ」

「えっ、うん。ボク人造人間で多重人格です」

「俺は全ての人間の事を気持ち悪いと思っている」

「えっ、ジクさんそうなの!?」

「よし、二人とも本物か……」


 仮の本人確認で、とりあえず偽物ではないと判断したスターにエーテルが言った。


「いやスターも何か言ってよ。本物かどうか」

「……数年前、エーテル・ブラスト計画。火山弾火山灰。ヴァニラのアノマリー」

「間違いない。本物だ」

「いやボク、その時気絶してたし……まあジクさんが言うなら本物か」

「本人確認やってないで前見て、前!!」


 エネルの指摘で、三人は前方に視線を向けた。偽ジクルドは吹っ飛ばされ、うつ伏せに地面に倒れたままだった。


 しかし突然、その姿は変わり始めた。頭に被った鉄兜が溶けるように消え、橙色の髪がある後頭部が顕になった。太陽の騎士団の団服も同様に消えて、黒コートを身に纏った姿になった。背丈はそのままだ。

 その黒コートをスターは見覚えがあった。デイパーマーと同じコミタバのコートだ。


 太陽の騎士団側の注目が集まる中、姿を変えた何者かは、地面から起き上がった。その顔を見てスター、ジクルド、エネルが驚愕の表情で固まる。


 目の前のジクルドに扮していた人物は、スターが長年探し続けてきた人物。バルガス・ストライクだった。

 

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