後日談第二話 失ったものと得たものと後悔と① 〜sideシェナ〜

 彼女のせいでわたくしの人生は狂ってしまった。

 エメリィ・アロッタ。彼女さえいなければ、わたくしは今頃ケヴィン様と二人、帝城で庭園でも眺めながらゆっくり過ごせていたはずなのに。


 一体どこで間違えたのか、わたくしにはわからないけれど。

 気づけばわたくしの手にはもう何も残っていなかった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 きっとあの時油断したのが最大の敗因。

 エメリィ・アロッタに口の中に木刀を突っ込まれた時、全てが変わってしまったのかも知れない。


(ケヴィン様のお役に立てるどころか、ご迷惑にしかなりませんでしたわ。そしてケヴィン様は)


 わたくしの命と引き換えに、降伏を選んでしまった。

 わたくしさえいなければ間違いなくケヴィン様は勝てた。わたくしを見捨てれば、わたくしを人質に取ったエメリィ・アロッタを躊躇なく殺すことができた。

 けれどケヴィン様は心優しい方だからそれができなくて。

 そんなところも素敵なのだけれど、そのせいでわたくしたちは彼女に敗北し、今ここにいる。


 着の身着のまま、荒野の真ん中に。


「……申し訳っ、申し訳、ございません。わたくしの失態のせいでケヴィン様がこんな、こんなこと……」


「余の力が及ばなかっただけだ。決してシェナのせいではない。帝位にこだわりがないわけではないが、民が余を望まぬのであれば仕方があるまい」


 はしたなくも泣きじゃくるわたくしの肩を抱き、慰めるケヴィン様。

 ケヴィン様だって不安に違いないのに、なんてお優しいのか。惚れ直してしまう。でも、


「ケヴィン様はただ、あの悪女に騙されただけ。なのに……なのにこんなのって、おかしいですわっ……!」


 ケヴィン様はインフェに敗した責を取らされる形で皇太子の座を追われ、従妹である皇女が皇太子となったらしい。

 そしてケヴィン様の最愛であるわたくしも共にこうして荒野に投げ出されたわけだった。


 わたくしはもう何の身分もない。持っているものも今着ている紅のドレスが一着だけ。

 この先どうやって生きていけばいいのか。このままでは野垂れ死ぬ未来しか見えなかった。

 罪深いわたくしのことなどもはやどうでもいい。せめてケヴィン様だけでも生きていただかねば……。


 そう考えた時、わたくしに浮かんだ考えはたった一つだけだった。

 わたくしは涙を拭き、決心を固める。そして震える声で言った。


「ケヴィン様、この荒野を超えた先にミーチェンという小さな王国がございますわ。そこまで行けばきっとケヴィン様なら活路を見出せるはずです。わたくしはここより東のバリ皇国へ向かいます故、ここでお別れいたしましょう」


「一体何を言い出すのだ」


「このままわたくしがケヴィン様のお傍にあっても負担に、迷惑になってしまうだけ。そのくらいなら、そのくらいならお別れした方がマシですわ」


 ケヴィン様をお支えできるのはわたくしだとずっと思っていた。

 それ相応の努力はして来たつもりだった。でも足りない。足りないことが証明されてしまった今、わたくしが傍にあれる理由など何もないのだから。


「だから、お別れを――」


「馬鹿なことを言うでないぞ、シェナ」


「ですがケヴィン様にとってわたくしは不要な存在で」


「そんなはずあるわけがなかろう。余はシェナを愛している。たとえこの命を失おうとも、最期まで共にありたい」


 ただただ真っ直ぐな真紅の瞳に射抜かれ、わたくしは否定を返せなくなってしまう。


(ああ、素敵)


 そんなことを思っている場合ではないのに、胸の底から湧き上がってしまう愛しさ。

 やはり無理だ。いくらわたくしの存在がケヴィン様に害をなすのだとしても、どうやら離れられそうにない。この胸に宿る激情を抑えられることは、できなかった。


「……本当に、よろしいのですか」


「シェナが一緒なのであれば何も恐ろしくはない」


「わたくしはもう何も持ってはおりません。ケヴィン様のお力になることも、できませんわ」


「それでもだ。シェナ、余……いいや、について来てくれるな?」


「わかりましたわ。ケヴィン様のご命令であれば」


「これは命令ではない。願いだ」


 ぎゅっと抱きしめられ、低く優しい声で紡がれたその言葉に。

 わたくしは小さく頷いて……それからまた泣き出してしまったのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 ――そしてそれから数年の歳月が経った。


 失ったもの、それは帝城を追いやられたあの日まで築き上げてきた全て。

 後悔……これは数え切れない。あの時ああしていれば、と悔やむこともまだある。

 けれど得たものの方がずっと多い。


 わたくしとケヴィン様はミーチェン王国の小さな屋敷で暮らし、とある商会を営んでいる。

 汗水垂らして必死で働いて得た生活だが、以前……帝城にいた頃のそれと比べれば決して裕福とは言えない。しかしわたくしたちはこれだけで満足だった。


 衣食住があり、そして愛する人と共にいられる。

 それだけで充分に恵まれているのだと、近頃はそう思うようになったから。


「愛しています、ケヴィン様」

「……私もだ」

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