第8話 謎ウサ召喚氏


「おい凄いぞアヒト!」


翌朝、テンション高々にクレハの家に飛び込んできたカイト。

こちらは若干寝不足だというのに。


因みにクレハは洗濯物を干しに外に出ている。


「おはよう。凄いって…何があったんだ?」


カイトは俺の質問に「ふっふっふ」と勿体ぶって見せ、キメ顔で話しだした。


「実はな、他のプレイヤー達にも手を貸してもらえないかと思って、向こうに戻った時にネットの掲示板に書き込みしてたんだよ」


「掲示板に?」


「そ。まぁ流石にゲームの中に入ったなんて言ったら信じてもらえないだろうから、ロジピースト城を攻略できなきゃ悪魔にゲームを奪われる友人を助けてって内容にしたけど」


悪魔にってわりと直球だな。

だが意外にも各々いい感じに解釈してくれたようで、結構な人が食い付いてくれたらしい。


「皆んなロジピースト城攻略に乗り気になってくれてさ。『謎ウサ召喚氏を救え!』ってかなり盛り上がってる」


「…謎ウサ召喚氏?」


「あ、お前の影の二つ名だよ」


「何それ知らんけど!」


カイトは俺の反応を見てニヤニヤしている。

さては以前から知っていて敢えて言わなかったな。


「いやお前さ、フィールドとかで他の人がピンチになってんの見かけたりすると、陰に隠れてルナ召喚して回復してやるってのよくやってるじゃん?それで助けられたって人が割といてさ。でも誰が回復してくれたのか分からないから、正体不明のウサギ召喚術士がいるって前々から騒がれてたんだよ。で、ついた渾名が『謎ウサ召喚氏』」


「へぇ、アヒト君そんな事までしてたんだ」


ちょうど干し終えたのか、ヒョッコリ顔を出して会話に参加するクレハ。

頬を染め、ふやけるような笑顔を作って俺を見る。


「さすがアヒト君!顔も見せずにみんなを助けるなんてヒーローみたいだね」


ガッフゥ!

ヤバい、なんかもう可愛すぎて吐血しそう。


昨晩の出来事のあと、お互い少しばかりギクシャクしたのだがクレハは何かが吹っ切れたのか真っ直ぐ好意を示してくれるようになったのだ。

そんなクレハの様子を見て、カイトは目を丸くしてから俺に小声で詰め寄った。


「え?何があったんだよ!?元よりアヒトへの好感度高いなとは思ってたけど、1日でカンストしてんじゃん!」


「い、いや実はさ…」


簡潔に、デイ爺を俺が送り届けていたのをクレハも見ていたというのを説明する。

カイトは話を聞き、膝から崩れ落ちて床に手を着いた。


「マジかよ…デイ爺を送り届ける毎に美少女NPCの好感度が上がる仕組みだったなんて…。知ってたら俺もやったのに」


動機が不純すぎる。


突然のカイトの謎の行動に、クレハは目を白黒させながら「お、お茶淹れてくるね」と言ってその場をそそくさと離れた。

なんという追い打ち。

カイトは涙を拭うような仕草をしながら、切り替えるように素早く立ち上がった。


「と、とにかく話を戻すぞ!ロジピースト城の一階層攻略、やっぱり俺達が初だったみたいでさ。『さすがは謎ウサ召喚氏!!』って大絶賛で、後に続くぞって皆んなやる気満々になってる。先を越された攻略組も、闘志に火がついたみたいで凄い勢いで攻略に挑んでるらしい」


「おぉ…なんか照れるな。偶然の攻略だったのに」


「な。攻略方法書き込んだら『そんなん分かるわけねーだろ!』『逆に何でわかったんだよwww』ってなってたわ。けど調べてみたら、運営の方でも公式に『ロジピースト城は遊び心満載で作ってます』って宣言してるみたいだぜ。多分みんな色々試すようになるから、攻略も一気に進むんじゃないかな」


それは有り難い話だ。

みんなこんなに頑張ってくれているのだから、自分も頑張らねばと気合が入る。


「よし、じゃあ俺達も攻略頑張らないとな!早速ロジピースト…城、に…」


言いながら、クレハの昨日の涙を思い出し言葉が尻すぼみになった。

もしまた行くと伝えたら、一体どんな顔をするだろう。


カイトは何故俺が言い淀んだのか分からず首を傾げるも、まるで知っているかのように真剣な顔で待ったを掛けた。


「それなんだけど…アヒト、お前は暫くダンジョン攻略は控えろ」


「え!?」


急な親友の発言に驚く。

攻略できなければ帰れないというのに、何故急にそんな事を言うのだろう。


そんな疑問を顔に浮かべていた俺に、カイトはゆっくり説明した。


「アヒト…昨日2回挑戦して2回とも死にかけただろ?次も奇跡的に生き残れるって保証はどこにもない」


「それは…そうだけど」


「よく考えてみろ。確かに攻略しなきゃ帰れないけど、一番最初に攻略しなきゃいけない訳じゃないだろ?」


カイトが何を言いたいのか分かり、「あ、そうか」と言葉が漏れる。

俺が理解したのを見て、ニッと笑うカイト。


「お前と違って、俺達は何度でもやり直せる。だから、攻略方法見付けるのは俺達に任せとけ!アヒトは全部のステージの攻略方法わかってから、もっかい挑めば良い。まだ期間はあるし、安全で確実だろ?」


泣きそうだ。

俺はなんて良い友達を持ったんだろう。

鼻を啜りながらお礼を言う。


「わかった。ありがとな、カイト」


「良いって。その代わり、帰ったら何か奢れよ」


そんな風に笑って応えるカイト。


それからクレハがお茶を持ってきてくれ、お菓子を摘みつつ3人でお茶を楽しんでからカイトだけ攻略へと向かっていった。

野良パーティーで挑んでみるそうだ。

俺が待機状態になった事を伝えると、クレハもホッとした様子だった。



*****



それから数日は穏やかな日々を過ごした。


日課のデイ爺探しをし、家まで送り届けた後はジッとしているのも落ち着かないので危険の少ないクエストをこなす。

クレハも付き合ってくれ、充実感すらある楽しい日々だ。


「アヒト君、そっち行ったわ!」


「オッケー!」


スキルを発動し、雷の精霊トールが敵に向かって雷撃を落とす。

今はクレハと魔物狩りに来ているのだ。

初期も初期のフィールドなので、雑魚敵ばかりでみんな一撃で倒せる。

余程油断でもしてない限りは怪我すらしないだろう。


「こんなもんかな?」


「結構素材集まったね」


毛皮や牙など、全て依頼された個数以上ある事を確認する。

それから村に戻って装備屋の店主に届けに行った。

大きな街になると武器屋・防具屋と分かれているが、小さな村などでは大体1つにまとまっているのであちこち渡り歩かなくて済む。


「おぉ、ちゃんと揃ってるな!ありがとよ、助かったぜ」


口髭を蓄えた厳ついおっちゃんが、その見た目に合わない笑顔でニコニコと受け取ってくれる。

報酬は微々たるものだが、この村で生活する分には十分だった。


「それにしても相変わらず仲が良いねぇ。お似合いだぜ?」


と、俺とクレハを見て揶揄うおっちゃん。

クレハからの好感度が高いからか、時折NPCがこうして冷やかしてくるのだ。

誰だこんな機能までつけたの。


「もうおじさんったら。からかわないでよ」


そう反抗するクレハだが、頬は桃色で幸せそうな顔をしているのだからたまったもんじゃない。


心臓が!今日こそ俺の心臓が破裂する!!

でもって俺の反応見てニヤニヤすんなオッサン!!

言っとくけど付き合ってないんだからね!


「あ、そろそろお昼の時間だね。家に戻ろっか」


「うん、そうだな」


過呼吸気味の俺にクレハが声を掛け直ぐに頷く。

家に戻ると「チャチャっと作ってくるからちょっと待っててね」とクレハは台所に向かっていった。

その後ろ姿を見ているとまた心が温かくなる。


ほんの数日とはいえ、クレハとの生活は驚くほど快適だった。

彼女の1人もいた事がない俺は、たまに同棲を始めたのをキッカケに別れたなんて話を聞く度に「他人との生活って難しいんだな…」と不安に感じたものだが、今のところ何一つ嫌だと思う事がない。


楽しくて、充実していて、とても幸せなのだ。

いっそ、残酷なほどに。


(ずっと…一緒にいたいなぁ)


こんな生活を、ずっと続けられたら良いのに。

そう…時折思ってしまう。


サービス終了の期限が近づく毎に、焦りや不安が襲ってくる。

それなのに、クレハと離れるのが嫌だという気持ちも強くなっていくのだ。

幸せと共に、しんしんと真逆の感情が降り積もっていた。


(このままで良いのかな…)


これ以上一緒にいたら別れが辛くなると思う気持ちと、この限られた時間だけでも一緒にいたい気持ちがせめぎ合う。

それと同時に、クレハにこの世界や今の俺の状況を黙っていて良いのかという気持ちも湧いていた。


この世界があと数日で消滅してしまうこと。


俺はこの世界の人間ではないこと。


全て打ち明けるべきなのか黙っているべきなのか、答えは出そうになかった。






「いや、言わなくて良いだろ」


なんて俺の悩みに即答したのはカイト。

定期的に進捗状況を報告しに来てくれているのだが、その際に相談してみたのだ。


「そ、そうかな?」


「いやだって、相手はNPCだぞ?ここがガチの異世界で、住んでいるのも生きてる人達だったら話は別だけど…。ゲームのキャラなんだからサービス終了で消えるのは当然だし変えられるわけじゃない。わざわざ絶望させる必要無くないか?」


カイトの言っている事はぐうの音も出ない程の正論だった。


「そう…だよな。悪い、どうかしてた」


「いや、アヒトはこの世界に入っちゃってる訳だし、感情移入もするよな」


実際、今の俺はどちらかと言えばNPCに近い状態だ。

それで余計に親近感を持ってしまったのかもしれない。

大きく深呼吸し、気持ちを切り替える。


「それで、ロジピースト城はどんな感じ?」


「お、よくぞ聞いてくれたな」


俺の質問を聞き、ニンマリと笑ってみせるカイト。

その表情だけで期待感が高まる。


「なんと!ついに二階層の攻略に成功したパーティーが出ました!」


「おぉお〜!」


思わずその場で拍手を贈ってしまう。

一体あのゴーレムをどう倒したのだろうか。

知りたくてウズウズする俺に、カイトは直ぐ攻略方法を教えてくれた。


「あのゴーレムって攻撃する度に装甲が厚くなってただろ?みんなやっぱり攻撃する以外の方法とか試してたんだけど、どれもダメでさ。で、途中でブチギレた奴が『ええい、こうなりゃヤケだ!!』ってゴーレムが強くなるのお構いなしに攻撃しまくったんだよ。そのパーティーメンバーも、どうせクリアできないなら一矢報いてやるって後に続いてさ」


「わお、本当にヤケクソだな」


「ところがだ、それが逆に正解だったんだよ」


「え!?」


攻撃すればするほど力や防御、すばやさまで上がってしまうゴーレムを攻撃し続ける事が正解とはどういう事なのか。

頭上に『?』マークを大量に浮かべる俺に説明を重ねるカイト。


「装甲がどんどんどんどん厚くなっていってゴーレムもどんどん強くなったんだけど、ある所までいったら急にゴーレムが動かなくなったんだって。どうやらさ、厚くなった装甲がついに関節部分でぶつかって身動きが取れなくなったらしい」


つまり厚くなった装甲が関節の役割まで奪ってしまったという事だ。

全ての関節が曲げられなくなったら、確かに棒立ちにしかならない。

そうなれば、どんなに敵が硬くとも練習用の木人形と変わりないだろう。


「で、後は制限時間が切れる前にみんなで攻撃しまくってHP削り切ったらクリアになったって訳」


「はぁ〜〜なるほどな」


押してダメでも押してみろ作戦が正解だったとは。

ヤケになった人に乾杯である。


「で、3階・4階なんだけど、割とギミックは予想しやすいらしくてさ。4人以上で協力しないと難しいっぽいんだけど、多分直ぐ攻略できるだろうって話だ。近いうちにダンジョン完全攻略できるかもしれないぜ!」


なんて心強い言葉だろう。

攻略方法さえ分かってしまえば、俺も余裕を持ってダンジョンに臨む事が出来る。


2人で喜び合っていると、クレハも顔を出した。


「あ、いらっしゃいカイト君。お菓子作ったんだけど食べてく?」


手の中のカゴに入っているのは恐らくマドレーヌだ。

焼きたての美味しそうな香りが漂ってくる。


「うわぁ〜…すごい食べたいんだけど、これからダンジョン攻略行く約束してて」


時間を気にしつつ、本当に悔しそうに歯をギリギリするカイト。

食べたいのが伝わり、クレハも笑いを溢す。


「じゃあ包むから、良かったら持っていって」


「うわクレハちゃん優しい!ありがとう!」


お菓子を受け取りながら「悪いねぇアヒト」とふざけて言うカイトに「うっせ、さっさと行け」と返す。

カイトは包みを手に、上機嫌にロジピースト城へと向かっていった。





だが…

その翌日に暗い顔をしたカイトから告げられたのは、思いもよらぬ事態だった。


「最後の五階層まで進んだのに…どうしてかボスが出てこないんだ」


意味が分からず、ただただ頭が混乱する。



サービス終了まで、残り2日を切っていた――。


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